表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

PL『死闘』


依頼9《たされる約束ヤクソク



PL『死闘』



「うぁ……あああああぁぁっ!!」



 まだ甲高い、けれど獣のような叫びが薄暗い路地に響く。直後、空気が裂かれる悲鳴、皮膚が引きちぎられる音、肉体同士がぶつかり合う轟然。

 積もった白い雪の上の、倒れる人間達が流す紅。二つの人影だけが、まだ立って相手を睨み合っていた。

 人間の限界を遙かに上回る速度で男は跳躍、一気に少年との間合いを詰める。そしてその細い両腕を掴み、壁に押さえつけた。


「目ぇ……、覚ませ……っ!!」


「あぁああっ、がああああああああ!!!」


 男の呼び声も空しく、何か不可思議な力で、少年を押さえつけていた身体が逆に反対側の壁に叩きつけられる。

 「がはっ」という無意識の音と同時に、潰された内臓から血液が這い上がり、口からこぼれ落ちていく。今の一撃で右肩関節も折られたらしく、だらりと力無く右腕が垂れる。



 男は悟った。もう、殺すしかないと。

 この怪物を止めるには、命を絶つしかないと。


 もはや男に選択肢は無い。そんな状況にまで追いつめられた、自分が悔しい。

 アレをあんな怪物にさせてしまった、自分が憎い。



「許してくれ、なんて……言えねぇよな……。すまねぇ、楽に逝かせてやることすら、俺には出来なさそうだ……」



 口内に溜まった血を吐き落とし、男は少年の前で再び構え、片脚で地を蹴る。

 男の渾身の踵落としを、少年はクロスさせた両腕で受け流そうとするが、あまりの威力の大きさに腕が軋んでいくのに驚く。一瞬後、痛々しい音と共に少年の左前腕は粉砕骨折。


「あああぁぁっ」


 それが激痛の悲鳴だったのか、憤りの怒号だったのか、男にはわからなかった。が、隙の生まれた少年の鳩尾目掛けねじ込むような左ストレートをかます。

 軽い少年の身体は勢いよく吹っ飛び、コンクリの壁に全身を強打、更に弾き返されて雪の上に倒れた。少年の小さな口から、限界を超えるように血反吐が溢れ、流れていく。……致命的なほどの、出血。


 男が息切れしている間も、少年の吐血は一向に止まらない。その小さな身体のどこに溜まっていたのか、紅は雪に染みこみ、大きな血だまりを作る。

 少年の虚ろな瞳、苦しそうな表情。全身の激痛に耐えきれない悲鳴は、何度も血と一緒に溢れ出す。


 脚をふらつかせながら、男は少年へ駆け寄り、仰向けに寝かせる。そしてその白い肌、細い首を、両手で掴んだ。

 か細い息で喘ぎ、少年の虚ろな瞳は自分の首を絞めようとする男を映す。一瞬だ、力を込めれば一瞬で、少年の首は折れる。


「動くなよ……すぐ、楽にさせてやる……」


 歯を噛み締めて、男は指に力を入れ始める。その時、少年の表情がふと緩み、微笑みを浮かべて唇が小さく動いた。




「   ……、     」




「っ!」


 男はその言葉に、少年の首を絞めることが出来なかった。ところが、次の瞬間には少年の微笑は苦しみの形相に変わり、また身悶えだす。


「ぐああぁあぁっ、うぅぅぅうぅ……っっ!」


 身体の中からの抑えきれない力の暴発に、少年の神経も肉体も限界をとうに超えている。そして今、彼の最後の理性がついに、途絶えた。

 四肢のあらゆる骨が折れているとは思えない動きで、少年は跳び上がって男から距離をとり、ふと立ち尽くす。


 今までの激しさが嘘のように、静かに空を仰ぐ少年。だがその青い瞳に、もう光は無く。

 次に自分自身を見下ろし、紅に染まりきった両手を見やる。その紅を見て、愉快そうに引き上がる口元。

 最後、無数に倒れた人間達と、彼らが流す紅と、その先に立つ男を見る。男は引き裂かれた右腕を押さえながら、険しい眼で。


「冗談じゃねぇぞ……チビ……!」


 男は右腕の止血行為を放棄、左腕から拳にかけて、あらゆる力を溜め、精神を研ぎ澄ませる。

 少年も直感でわかっていた、次の一撃が最後になることを。激しい風が、舞う雪をもてあそぶ。



「うらあああああああああああぁぁっっ!!」


「ぐあああああああああああああぁっっ!!」



 絶叫、咆哮、断末魔。……全てが正しく、総てが間違い。



 激突した二人の視界は紅一色、肉体が砕ける残響、そして、命が消えゆく。






 風が、止んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ