PL『死闘』
依頼9《果たされる約束》
PL『死闘』
「うぁ……あああああぁぁっ!!」
まだ甲高い、けれど獣のような叫びが薄暗い路地に響く。直後、空気が裂かれる悲鳴、皮膚が引きちぎられる音、肉体同士がぶつかり合う轟然。
積もった白い雪の上の、倒れる人間達が流す紅。二つの人影だけが、まだ立って相手を睨み合っていた。
人間の限界を遙かに上回る速度で男は跳躍、一気に少年との間合いを詰める。そしてその細い両腕を掴み、壁に押さえつけた。
「目ぇ……、覚ませ……っ!!」
「あぁああっ、がああああああああ!!!」
男の呼び声も空しく、何か不可思議な力で、少年を押さえつけていた身体が逆に反対側の壁に叩きつけられる。
「がはっ」という無意識の音と同時に、潰された内臓から血液が這い上がり、口からこぼれ落ちていく。今の一撃で右肩関節も折られたらしく、だらりと力無く右腕が垂れる。
男は悟った。もう、殺すしかないと。
この怪物を止めるには、命を絶つしかないと。
もはや男に選択肢は無い。そんな状況にまで追いつめられた、自分が悔しい。
アレをあんな怪物にさせてしまった、自分が憎い。
「許してくれ、なんて……言えねぇよな……。すまねぇ、楽に逝かせてやることすら、俺には出来なさそうだ……」
口内に溜まった血を吐き落とし、男は少年の前で再び構え、片脚で地を蹴る。
男の渾身の踵落としを、少年はクロスさせた両腕で受け流そうとするが、あまりの威力の大きさに腕が軋んでいくのに驚く。一瞬後、痛々しい音と共に少年の左前腕は粉砕骨折。
「あああぁぁっ」
それが激痛の悲鳴だったのか、憤りの怒号だったのか、男にはわからなかった。が、隙の生まれた少年の鳩尾目掛けねじ込むような左ストレートをかます。
軽い少年の身体は勢いよく吹っ飛び、コンクリの壁に全身を強打、更に弾き返されて雪の上に倒れた。少年の小さな口から、限界を超えるように血反吐が溢れ、流れていく。……致命的なほどの、出血。
男が息切れしている間も、少年の吐血は一向に止まらない。その小さな身体のどこに溜まっていたのか、紅は雪に染みこみ、大きな血だまりを作る。
少年の虚ろな瞳、苦しそうな表情。全身の激痛に耐えきれない悲鳴は、何度も血と一緒に溢れ出す。
脚をふらつかせながら、男は少年へ駆け寄り、仰向けに寝かせる。そしてその白い肌、細い首を、両手で掴んだ。
か細い息で喘ぎ、少年の虚ろな瞳は自分の首を絞めようとする男を映す。一瞬だ、力を込めれば一瞬で、少年の首は折れる。
「動くなよ……すぐ、楽にさせてやる……」
歯を噛み締めて、男は指に力を入れ始める。その時、少年の表情がふと緩み、微笑みを浮かべて唇が小さく動いた。
「 ……、 」
「っ!」
男はその言葉に、少年の首を絞めることが出来なかった。ところが、次の瞬間には少年の微笑は苦しみの形相に変わり、また身悶えだす。
「ぐああぁあぁっ、うぅぅぅうぅ……っっ!」
身体の中からの抑えきれない力の暴発に、少年の神経も肉体も限界をとうに超えている。そして今、彼の最後の理性がついに、途絶えた。
四肢のあらゆる骨が折れているとは思えない動きで、少年は跳び上がって男から距離をとり、ふと立ち尽くす。
今までの激しさが嘘のように、静かに空を仰ぐ少年。だがその青い瞳に、もう光は無く。
次に自分自身を見下ろし、紅に染まりきった両手を見やる。その紅を見て、愉快そうに引き上がる口元。
最後、無数に倒れた人間達と、彼らが流す紅と、その先に立つ男を見る。男は引き裂かれた右腕を押さえながら、険しい眼で。
「冗談じゃねぇぞ……チビ……!」
男は右腕の止血行為を放棄、左腕から拳にかけて、あらゆる力を溜め、精神を研ぎ澄ませる。
少年も直感でわかっていた、次の一撃が最後になることを。激しい風が、舞う雪を弄ぶ。
「うらあああああああああああぁぁっっ!!」
「ぐあああああああああああああぁっっ!!」
絶叫、咆哮、断末魔。……全てが正しく、総てが間違い。
激突した二人の視界は紅一色、肉体が砕ける残響、そして、命が消えゆく。
風が、止んだ。