第5話 「主従」
旅の支度を終えたカッツェ、ノエル、ヴァイスの三人は、馴鹿に乗って北の地から南へと向かっていた。
鈍い緑色の甲冑を身に付けたカッツェが、どうどうと大型のトナカイを制しながら先を進む。
それより少し小型のトナカイに乗って後ろを歩むのは、白い兎毛のコートを着た少年――ノエルと、青白銀のローブをまとったエルフ――ヴァイスの二人だった。
「ノエルとヴァイスは二年前からの知り合いと言っていたな。どうやってあのギルドを立ち上げたんだ? リーダーが二人とも魔導士の巨大ギルドなんて、あまり聞かないが」
カッツェは道すがら後ろの二人に尋ねる。
ノエルとヴァイスは、北の地で千人を超えるメンバーを有する「クリスマス・ファミリー」のギルドマスターとサブマスターだった。
「ん~~、ヴァイスが僕に『一緒にギルドを作らないか』って言ったからかな?」
ノエルは組んだ手を頭の上に乗せながら、隣の長身のエルフを見上げた。
「そうですね、私がノエル様の力に見惚れて……と言っておきましょうか」
ヴァイスが軽く眼鏡を持ち上げながら答える。そして、自身の過去について語り始めた。
*
私はもともと、海の向こうの東の王都の出身でした。私の父と、年の離れた兄は、二人とも王都直属の魔導士で、王都を守る部隊で責任ある地位を任されています。
私も、幼い頃はそんな父と兄に憧れて魔導士養成学校に入ったのですが……。入学後の適正検査で『攻撃属性と圧倒的に相性が悪い、白魔導士タイプ』と判断されてしまいました。
王都では近年、医学技術が目覚ましく発展していて、白魔導士はハッキリ言ってあまり必要とされていません。今や白魔導士が役に立てる場所と言えば、医療施設や医師が不足しているような村や町のみ……つまり地方や田舎に限られています。
私も魔道学校を卒業した後は、王都から地方に派遣される形で様々な村での治癒の仕事にあたっていました。
しかし……人族の勤勉さと技術力は目覚ましいものですね。エルフのように魔力に恵まれていなくとも、知恵と団結の力で、次々と自分達の課題を解決していきます。
そんな人族の暮らしを見て、私は自分の存在価値を見失っていました。
そこで束の間の有給休暇を取り、気分転換に偶々(たまたま)ここ北部地方の港町まで旅行に来ていたのです。
港町についてほどなく、「北東の岩地で大鳥が異常繁殖し、小さな村が襲撃を受けている」という噂を聞きました。
私が住んでいた王都周辺や東の地ではそもそも魔物が少なく、魔物の襲撃などという話はあまり聞きません。
私は驚くとともに、自分も何か役に立てればと思い、港町を離れて岩地に向ったのです。
岩地に着くと、そこで陣営を組む有志の撃退部隊はすぐに見つかりました。
私に何か手伝えることはないか尋ねると、彼らは喜んで私を迎え入れてくれました。
*
「退治しても退治しても、次から次へと森から大鳥が飛んでくるんだ。一ヶ月ほどの繁殖期を凌げば何とかなると思うんだが、人手が足りていなくてな。応援は非常に助かる。あちらにいる怪我人を、治してやってくれないか」
ヴァイスがさっそく負傷した兵士の治療にあたっていると、見張り役の叫ぶ声が聞こえた。
「また来ました! 今度は大群です!!」
見ると、その数 二十か三十を超える大鳥の大群がこちらに向かって来ている。
遠目には烏のように見えたが、近付くにつれてその影一つ一つが人間の背丈以上もある巨大な怪鳥であることがわかった。
「村には入れるな! ここで全て食い止める!」
すぐに陣営が迎撃の体制を取る。
あっという間に大鳥の姿が大きくなり、上空を埋め尽くした。
卵が腐ったような強烈な異臭が辺りにたちこめ、大鳥の起こす風が竜巻のように砂埃を巻き上げる。
弓矢、銃、弩、槍、投擲、火炎瓶に、魔法による攻撃……
有志の戦士達が各自あらゆる手段で大鳥に攻撃を仕掛けるが、どれも大鳥を撤退させるほどの効果はない。少しでも攻撃の手を緩めれば、たちまち上空から大鳥の鋭い鉤爪が襲ってくる。
ヴァイスも、魔法障壁や治癒の傍ら攻撃魔法を仕掛けるが、大鳥を一瞬だけ怯ませるのがやっとだった。
(私に、もっと力があれば……!)
自らの無力さにヴァイスが歯ぎしりする思いで大鳥を睨んだ――その時。
「僕に任せて」
背後から聞こえてきたのは、まだ声変わりもしていない子供の声だった。
空耳かと思いながらヴァイスが後ろを振り返ると、齢十にも満たないような華奢な人の少年が立っていた。それがヴァイスとノエルの最初の出会いだった。
*
少年は自分の足元にあった拳大の石を拾うと、ガルーアに投げつけ叫んだ。
「こっちだ! 来い!」
どこから持ってきたのか、血の滴る肉塊を肩袋から取り出して振り回しながら、ガルーアを誘導するように岩場の高い場所を目指して走り出す。
「危ない! やめなさい!」
ヴァイスの叫びも虚しく、ガルーアが肉の匂いに気付いて少年に狙いを定めた。少年の走る速度よりもガルーアの羽ばたきの方が遥かに速い。あっという間に、ガルーアが少年の背後まで迫った。
少年は途中で肉を投げ捨て、丘の上まで全力で走っていた。ヴァイスも後を追うが、岩場のせいで思うように進めない。
丘の上には少年ただ一人。それを取り囲む大鳥の群れ。絶対絶命かと思われたその時――。
『・・・』
少年が、大鳥に両の手のひらを向け、何か短い言葉を発した。
次の瞬間、ごうっという轟音とともに先頭の大鳥が青い炎に包まれる。
『火炎! 業火! 燃え盛れ! 全てを焼き尽くせ!!』
少年が次々と言葉を発するたび、空中に炎が燃え上がり、大鳥から大鳥へと炎が燃え移っていく。
それはヴァイスが聞いたことのない呪文だった。
(これは呪文ではない、詠唱省略……。こんな子供がそのように高度な魔導術を?!)
ヴァイスや他の者があっけに取られている間に、焼け焦げた大鳥が次々と地面に落ちてきた。
少年は、はぁはぁと肩で息をしながら立っている。
『火…炎……』
弱々しく掲げた左手から、ぷすんと黒煙が出ると、少年が気を失って倒れ込んだ。
岩場から転げ落ちそうになるノエルを、すんでのところでヴァイスが受け止める。
残った数羽の大鳥がノエルとヴァイスに襲い掛かるが、ヴァイスの強力な障壁がそれを防ぐ。
「「後は俺たちが!」」
残りの大鳥も他の戦士達によって全て倒され、ようやく岩地に静けさが戻った。
「大丈夫ですか?!」
「あ……ありがと」
ノエルの頬を叩きながら呼びかけたヴァイスに、ノエルが蒼白い顔で弱々しく笑ってみせた。
*
「私は、驚きとともに猛省しました。こんな年端もいかない少年が死力を尽くして戦ったのに、自分は何をやっていたのかと……。そして、ノエル様に一生ついていくと誓ったのです」
そう締めくくり、ヴァイスが昔を懐かしむように遠くを眺める目をした。
「別に、僕だけの力じゃないよ。あれだけのガルーアの大群で死傷者が全く出なかったのは、ヴァイスの障壁のお陰だって、おじさん達が言ってたよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
ノエルの付け足した言葉に、にこりと笑ったヴァイスが律儀に礼を述べた。
「それが、あの噂の大鳥退治伝説か……。攻撃と防御、二つが揃ってちょうど息ピッタリってところだな」
カッツェが感心したように声を上げる。
「はい。私は王都直属の白魔導士を辞任し、北の地でノエル様とギルドを組むことにしました。この地でなら、私の力も役に立つと思ったのです。」
ヴァイスの言葉に、ノエルも明るく応じた。
「僕とヴァイスがいれば、南の国の魔物もきっと退治できるよ。だから安心してね、カッツェ!」
「うむ。期待しているぞ。」
カッツェは力強く頷き、一行はトナカイを急かせ南の地へと先を急ぐのだった。
第5話=第2話「ギルドマスター」冒頭の、ヴァイス目線のお話しです。
短編小説「ギルドマスター」、この連載の第2話部、第5話部……と、このシーンは何度か出ております。
この話の他にも、大鳥は今後も活躍する予定です。