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雪月と王冠 ~ある少年魔導士の冒険譚~  作者: 邑弥 澪
◆第1章:救世の章◆
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第3話 「英雄」 ◆

「ノエル様ヴァイス様、東のギルドからの宣戦布告です! 東側の領地を賭け、明後日、夜明けとともに総攻撃を開始すると……」

 ノエルとヴァイスがいるギルド本部に、血相を変えた兵士が飛び込んできた。


「は~、そろそろ来る頃かと思ってたけど……。僕、戦闘嫌いなのにな。平和主義だから」

 ノエルがため息をつく。金髪碧眼の少年は、見た目にして十二歳程度。その華奢な体つきは確かにどう見ても戦闘向きではない。


「よく言いますね……」

 濃い藍色の髪に眼鏡姿の長身のエルフ・ヴァイスが苦笑する。どうやらこのギルドにおける参謀のようだ。


「……??」

 もう一人、部屋には所在なさげに腰掛ける男がいた。

 一昨日、ノエルと出会ってこの村に来たばかりのカッツェという男だ。彼はまだ、このギルドの一員ではない。まさにその彼のギルド加入許可を巡って、ノエルとヴァイスが朝から口論していたところだった。


「そうだ、あなたは武術に自信があるとおっしゃっていましたね? ……どうでしょう、明後日のギルド戦での彼の働きを見て、加入を決めるというのは」

 ヴァイスは少し目を細めてカッツェの力を測るように見やったあと、ギルド長であるノエルに提案した。


「わかった! じゃあ、カッツェは僕の護衛役ね!」

「「えっ?」」

 ノエルの言葉に、カッツェだけでなくヴァイスも驚きの声を上げる。


「遠くにいたら、カッツェの働き見えないでしょ?」

 ノエルがニッコリと無邪気に笑い、ヴァイスは仕方ないといった表情でそれに従った。


「……わかりました。では、作戦会議に移りましょう。」


*

 二日後。まだ薄闇が広がる東の大平原には、両ギルド軍が互いに千人を超えるギルドメンバーを配置して攻撃に備えていた。

 東の空が薄紫から薄紅(うすくれない)、そして橙色へと徐々に移り変わる。やがて、白く鋭利な山々の影を切り裂くように朝陽が一筋の光となって差し込んだ。


「「うぉおおおおおお!!」」


 夜明けとともに、轟音を上げて両軍が突撃を開始する。先頭に立つのは、高い盾を掲げた鎧兵。その後ろに長槍部隊と騎馬部隊。さらに後方から弓兵と魔導士たちの攻撃が飛んでくる。すぐに前線では敵も味方も入り乱れ、切り合いが始まっていた。


(こりゃあ、敵の数が相当多いな。それに、敵陣の方が良く訓練されている。長引けば、こちらがやられるぞ……)

 ノエル達とともに自陣後方の高台から戦況を見守るカッツェは、いつ何時 攻撃が飛んできても対処できるように身構えていた。


「うわっ、思ったより敵の数が多いな」

 ノエルも、戦況を見ながら声を上げる。


「ノエル様、右手側の陣営が押され気味です。敵も今回は相当の戦力を準備してきたようです」

 ヴァイスが作戦指示と回復・補助魔法の合間を縫って、ノエルに報告する。


「おっけー」

 一言いうと、ノエルがぴょんぴょんと岩場から飛び降りた。


「うわっと」

「おい、危ないな」

「ありがと」

 ノエルが足を滑らせそうになったところをカッツェが支えると、ノエルは笑顔で礼を言った。まるで戦場にいるとは思えない、暢気(のんき)な雰囲気だ。


(おいおい、こんな子供にギルドマスターを任せて、本当に大丈夫なのか……このギルド)

 カッツェが不安げな顔のままノエルの護衛にまわる。

 しかしその直後、彼は相応な理由を目の当たりにすることになった。


*

「わー、あっちはかなりの数の巨人(オーク)やドワーフを動員してる。これは固そうだね……」

 ノエルは呟くと、呪文の詠唱を始めた。


『我が契約せし光の精霊よ 清き光をもって 我が子らを守り給え

 汝 我が精霊よ 我が名の前にその力を示せ』


 透き通る声が響いた瞬間、戦場の空気がぴしりと変わる。かなり高度な呪文詠唱にも関わらず、ノエルの口から紡がれる言葉は、まるで天使の歌のような心地良い余韻を伴って味方の耳に届いた。同時に、自陣の兵士達の体が光に包まれる。


「「おぉ、この守りの光は……ノエル様だ!」」


「そのバリア、ちょっとしかもたないから気を付けてね」

 ノエルはいつもの調子に戻って声を掛けると、続けざまに次の呪文詠唱を始めた。


『我が契約せし光の精霊よ 熱き光にて 我が子らを(まと)

 彼らの身体と武器を支え 熱き心に炎を宿せ

 汝 我が精霊よ 我が名の前にその力を示せ』


「「力が・・・(みなぎ)ってくる! うぉおおお!!」」


「そっちはもっと短いから気を付けてね。今のうちに敵を引きつけて、時間を稼いでおいて。さてと……疾風(ウインド)飛翔(フライ)!」

 高台から飛び降りたノエルが、風の呪文に支えられ、ふわりと自陣に降り立った。その姿は、さながら戦場に舞い降りた白い妖精のようだった。


(詠唱を省略した?! 今のそんな簡単な呪文じゃないだろう!)

「ノエル様! お待ちください!」

 カッツェとヴァイスが急いでノエルの後を追う。


*

「もうちょっと距離を詰めないと、急所に当てられないからさ」

 ノエルはまるで気にする風もなく、すたすたと戦場を歩く。

 守りの魔法が掛かっているとはいえノエルの方に向かって飛んでくる矢を、カッツェは念のため(おもり)つき戦斧(アックス)で全て叩き落した。


『我が契約せし雷の精霊よ 天に(とどろ)く光となりて 裁きの矢を降らせよ

 闇を切り裂く光となりて 怒りの刃を下ろせ・・・』


 ノエルは少しも歩を緩めることなく、まるで呼吸をするように最高難度の呪文を高速で詠唱し続けている。魔力には相当疎いカッツェですら、びりびりと周囲の空気が張り詰めていくのを感じた。


『・・・雷神召喚!!』


 ノエルが最後の呪文(スペル)を唱え終えた直後、敵陣上空に黒雲が蜷局(とぐろ)を巻き集まり始めた。敵が守りを固める隙も与えず、轟音(ごうおん)とともに光の柱と見紛(みまご)うほどの大落雷が敵陣を直撃する。


 一瞬で視界が真っ白になり、もうもうと砂煙が立ち込めた。

 ゆっくりとそれが晴れたときにカッツェの目に飛び込んで来たのは、小さな村一つ埋めるほどの範囲で焼け焦げた黒い大地と、同心円状に倒れた何百という敵ギルドメンバーたちの姿だった。


(これだけの敵を、一人であっさりと倒すとは……)


 敵陣は完全に前後に分断され、後陣は慌てて撤退を始めた。残された敵前衛も、次々と両手を上げて膝をつき降参していた。

 先ほどまでの不利な戦況から、あっけないほどの逆転勝利だった。


「ふぅ……」

「おっと、危ねぇ」

 力を使い果たしたノエルが、ふらりと後ろに倒れ込んだ。

 カッツェはその軽い体を、片腕で再び受け止めた。


*

 ギルド本部に戻ってほどなく、ノエルは目を覚ました。


「あー、ふらふらする~。いつものあれ、お願い」

「はい、どうぞ」

 ノエルが額に手をやりながら、隣にいるヴァイスに(かす)れた声で何かを頼む。

 ヴァイスから大量の瓶が乗ったお盆を渡されると、ベッドに起き上がったノエルは早速ぐびぐびと飲み始めた。オレンジ色の液体に、炭酸の泡が浮かんで消える。


「なんだ、それ?」

魔力回復薬(ソーサリーポーション)の、ソーダ割りです」

 カッツェの問いかけに対し、聞いたことも無い飲み物の名前をヴァイスが答える。魔力回復薬ならば、どこにでもある薬水ではあるが……。


「ソーダ割り……」

「ノエル様は、ソーダで割らないと飲めないのだそうです」


 若干十二歳にして圧倒的な魔導術の才能を持つノエルだが、魔力の力加減が不得意で、瞬発タイプ。すなわち持久力が全くないことが最大の弱点らしい。ヴァイスがカッツェに説明する。


 実は、ノエルとヴァイスの攻撃魔法と補助魔法が強すぎるので、他のギルドメンバーはほぼ無力でも問題ないほどなのだと言う。

 ただ、ノエル達のギルドメンバーは、主にノエルの「いい人そう!」という直観で加入を許可しているので、これまで内部の反乱等が起こったことは無く、皆ノエルを尊敬し一致団結しているのだそうだ。

 ここまで説明して、ヴァイスはため息をつく。


「これは、ギルドの中でも一部の中枢メンバーしか知らない情報です。皆の志気に関わりますからね。……私があなたに我がギルドの情報を開示している意味、わかりますね?」


 ヴァイス自身はカッツェをまだ認めたくないようだが、どんな戦況でも「ノエルを守る」という役割を冷静に堅守したカッツェに対し、一応の信頼を置いたようだ。

 事の重大さを改めて認識したカッツェは、姿勢を正し無言で頷いた。

 ヴァイスが右手を上げ、凛とした声で宣言する。


「カッツェ、あなたを正式に我がギルドのメンバーとして迎えます。ギルドマスター、ノエル様の身をお守りするように。」

「やった!よろしくね、カッツェ!」

 ノエルが、無邪気に顔を(ほころ)ばせる。


 こうして、カッツェの前途多難な日々は始まったのだった。

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