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ふくでん!  作者: 夙多史
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第八話 告白

 避難所になっているかと思えば、神社の境内には誰もいなかった。爆発で混乱して、ここにいた人たちはとっくに逃げ散ってしまったらしいな。

「これを使うがよい」

 今城さんを神社の石段に座らせるように下ろすと、小槌が浴衣の袖から救急箱を取り出した。

「いや待ておかしい。なんでそんなもの持ってんだよ? ていうか『うちでのこづち』もそうだけど、その袖なんなの四次元的なポケットかなんかなの?」

「細かいことをいちいち気にするでない! ふんじゃ、使わぬのなら仕舞うのじゃ!」

「ああ!? 待った待った使うから!?」

 俺はちゅくんと唇を尖らせた小槌から救急箱を受け取ると、包帯を今城さんの足首に巻きつけて固定する。こんな感じでいいんかな、捻挫の応急手当って。

「ありがとう、富海くん。また、助けられちゃったね」

「また?」

 どういうことだ? 俺、前に今城さんを助けたことあったっけ?

 高校で出会って同じクラスになって……うん、やっぱ少し会話したくらいしか記憶にないぞ。

「富海くんは、覚えてない? 私たち前に会ってるんだよ?」

「え?」

「ほら、六年前の夏、川が氾濫して洪水になったことがあるでしょ?」

「あ、ああ」

 それは覚えている。小学校の頃に起こった大洪水だ。この街の住人なら知らない人はいないんじゃないか。家が流されるレベルだったからな。正直、アレは一番思い出したくないトラウマなんだけど。

 ……待てよ、そう言えばあの時俺って、不幸にも・・・・足を滑らせて家の窓から落ちて流されて幸い・・倒れた木の枝かなんかに引っかかってすぐに陸に上がれてそれから――

「その時、流されそうになった私を助けてくれたのって、富海くんだよね?」

 後から流されてきた一人の女の子を、助けた。

「……たぶん」

 思い出した。もう記憶に靄がかかってどんな子だったのかは思い出せないけど、その女の子が今城さんだったのか。

「高校で一緒になって、実はずっとお礼を言おうと思ってたの。でも富海くんは覚えてなさそうだったから、言い出すタイミングが見つけられなくて……」

 俺が味わった中で最大の不幸だからな。記憶に蓋をしていた。今思えばあの洪水も『運命』だったのかもな。そこで俺が今城さんを助けたのは不幸中の幸いだったわけだ。

「だから、今言うね。今回のことも含めて、富海くん、本当にありがとうございます」

 ぺこり、と。

 今城さんは座ったまま深々と頭を下げた。ずっと言いたかったことが言えた、彼女はそんなスッキリとした表情をしていた。

 俺はなんて返事をすればいいかわからなかった。

 助け舟をと思ったところで、近くに小槌がいないことに気づく。

 あいつ、こんな時にどこに…………あ、いた。石段脇の木に隠れてなにやってんだ? ん? なんか手振りで言ってるな。


 は や く こ く は く す る の じゃ。


「……」

 そうだった。当初の目的それだった。完全に忘れてたよ。

 確かに今がチャンスだ。二人きりだし、今城さんグループの女子たちと合流してからだともう不可能になる。

 よ、よし!

「い、今城さん! じ、実は、おおお俺もずっと今城さんに言いたいことが」

「え?」

 きょとんとした顔を上げる今城さん。

「今城さん、俺は――」

 ゴィイイイン!

「ひゃっ!?」

 すぐ隣で金属音が鳴った。続けてガラガラとなにかが転がる音。

 タライだ。憎きタライだ。俺に降ってこなかったのは小槌が逸らしてくれたかららしい。一体どうやったのかは知らないが、木の後ろに隠れてグッとサムズアップしてるよ。

 今城さんが転がるタライを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「ビックリしたぁ。どうしてタライが?」

「ば、爆発で吹っ飛んできたのかなハハハ」


 ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ! ゴィイイイン! ガラガラ!

 

「いっぱい降って来てるけど……」

「そ、そんなことより今城さん!」

 バッと今城さんの注目を切り替えるつもりで俺は勢いよく立ち上がった。タライのことはどうでもいい。小槌がなんとかしてくれている。

「は、はいっ!」

 俺は俺の勢いに良い姿勢で返事をした今城さんを真剣に見詰めて、

「俺は、今城さんのことが――」

 ぐにゃ。

「ぐにゃ?」

 足下にあったなんかを踏んだ。

 そして――つるん。

 滑った。

 前のめりに倒れ込む俺が見たモノは、三日月の形をした黄色い果実の皮――オゥ、バナーナ。

「しまったのじゃ!? タライばかり気を取られて足下を見てなかったのじゃ!?」

 という悲鳴を耳にしながら、俺は今城さんを押し倒すように転んでしまった。バナナの皮で滑るとかなんてベタな。うん、もちろん何度も経験あるよ? なにか?

「――ってごめん! 今城さんだいじょうブッ!?」

 俺の両手はもれなく今城さんの浴衣の胸元に押し当てられていた。おおう、なんだこの手にしっくり馴染むとってもやーらかくて温かな感触は? なんたる至高。国宝にすべき。

「う、ううん……えっ!?」

 ぱちくりと目を見開いた今城さんが現状を把握し、かぁああああああああっとマッハで顔を真っ赤にすると――

「ひ、ひゃああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「おぐふぁ!?」

 悲鳴を上げて、たぶんほとんど反射的に俺を突き飛ばした。

 俺の後ろは石段になっているわけで、そんなに段数はないけどバランスを取れないままゴロゴロと転がり落ちたわけで、なにが言いたいかというと死ぬほど痛いです。

 打ちどころは幸いにも・・・・よかったと思うが……あれ? 意識が……?

「あっ! と、ととと富海くんごめんなさい大丈夫!?」

「我が人生に悔い……ありすぎ……ガクッ」

「富海くん!? 富海くん!?」

 駆け寄った今城さんに体を揺すられながら、俺は強襲してくる闇の前に無力にも意識を手放してしまった。

「おんしの不幸体質、強過ぎるのじゃ……」

 最後に、小槌のそんな嘆き声を聞いた気がした。


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