Act8.「人工知能」
「はぁ〜……、疲れた」
誰もいない部屋で大きな伸び&ため息を同時に行う。
直斗は今まで、コンピュータやそれに準ずる機械類を長時間使い続けた経験はなく、こんな強烈な頭痛や眼痛に襲われたのは、生まれて初めてのことだった。
どこかにこの世界の情報があると踏んで、感覚的には四、五時間──この世界に来て未だに時計なるものに出会ったことはないので、正確な時間はわからないが──もホロキーボードをいじってしまった直斗だったが、結果はただの時間の浪費となってしまった。
「あぁ……体全体が痛い」
こんな時は暗い部屋でゆっくり寝るのがいいと何かで聞いたことがある。さっさとコンピュータの明かりを消して眠ろう。
「えっと、消し方は……っと」
──ダメだ、全然わからない……。機械オンチな自分が憎い。
再び大きなため息をつこうと、息を吸いかけた次の瞬間。
直斗は突然、何者かに髪の毛を強く引っ張られた。
「痛いっ、痛い痛いっ!」
思わず叫んでしまっていた。
まさかこの部屋の住人が帰ってきたのだろうか。
そして、勝手に機械をいじってため息をついている直斗を見つけて、戒めとして髪の毛を引っ張った、と。
だが、先ほどからの疑問がついに解消するのだろうかと後ろを振り返った彼が見たものは、予想を大きく裏切るものだった。
目の前には、元々直斗の頭で育っていたはずの髪の毛を一本だけ抱えて、膨れっ面をした身長約五センチメートルくらいの少女が……、“飛んでいた”。
「うわっ!」
この世界に来てから驚き方がワンパターン化してきた
気がするな……。などと考えている間にも、小柄な少女はこちらに明らかな敵意の目を向けている。
しばらくの睨み合いが続き、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「ど、どうしてこの部屋に侵入できたんですか……?」
見かけに似合う、可愛らしい声で彼女は呟いた。
その上、声が震えていることから察するに「敵の情報を知りたい。けど怖い。だけど意を決して話題を振りました」感が半端ない。
ここで無視するという選択肢もないわけではないが、それではさすがにこの少女がかわいそうだし、本当のことを話した方がよさそうだ。
「い、いや。気がついたら突然……」
直斗の言っていることは正しい。
──さあ……どう返す……?
などと彼が脳内で勝手に行っている質疑など知るはずもない少女は、少しだけ語調を荒らげて、
「そんなはずはっ……! ここのセキュリティは完璧なはず……」
最後の方は半ば独り言のような小声でそう言った。
さらに続ける。
「どうしてっ……どうして入れたんですかっ!」
「うっ……」
これには言葉をつまらせるよりほかない。
何か間違えた返答をしたらすぐさまdead andになりそうな気がするし、何せここは異世界だ(多分)。この少女がいきなり極大魔法を使う可能性だって無いとは言いきれない。
しかも、こんなに小さい少女が顔を近づけてきているわけだし。
「…………」
「…………」
またもしばらくの沈黙が続く。
直斗は先ほどの質問の返答を脳内で模索し、おそらく彼女はそれを待っているのだろう。
だが、その時間は直斗にとってはあまりにも長すぎた。
短く息を吸い、
「えっと……その、俺はここから出たいんだ。迷い込んだとはいえ、勝手に入っちゃったのは事実だし、俺はそのことに対してどうこう言うつもりはない。ただ、もし君がこの世界について何か知っているのであれば教えて欲しいんだ」
という長い文章をどうにか噛まずに言い切った直斗は、祈るような気持ちで少女の返答を待った。
少し複雑な表情を作った少女は、ほんの少しだけ何かを考える素振りを見せたあと、少々意外な答えを返してきた。
「この世界のこと……ですか。多分、あなたの求めている答えはこの部屋のどこかにあると思います」
「俺に知られても大丈夫なものなのか?」
恐る恐る訊ねる。
「大丈夫です。過去にも何人かこの部屋に迷い込んできたんです。そして、その人たちは、みんな何かを探していました……」
どこか寂しげな表情になった少女は続ける。
「人格や感情、これからの自分の未来や待ち人。などなど、とにかく何かを探していたり欲したりしている人がここに来るんです」
そういえば俺は何を探していたんだろう。と一瞬忘れかけたことを思い出そうとした時、少女は静かなこの部屋だからこそ聞こえるような声で、耳を疑ってしまうような驚くべき事を口にした。
「そう……あなたの記憶のように……」
「っ……!?」
──何故知っている? 俺が記憶を探している事を、彼女は何故知っているんだ?
直斗はこの部屋に来て、少女に出会ってから一度たりとも自分の探し物の話などしていないはずだ。
「あ、もしかして驚かせちゃいましたか」
「…………」
返す言葉が見当たらない。
さらに続けられた言葉が、またも驚くべき内容だった。
「私でよければ、探している物を見つける手助けをいたしましょうか?
なん……だと?
確かにこの少女はずっとこの世界にいたみたいだし、未だに右も左もわからない直斗にとっては、非常に都合のいい申し出だ。
けど、さっきまで敵意むき出しだった人間が、突然手助けどうこうと言って、それをあっさり信じるほど直斗は浅はかな人間ではない。
暫し無言で考えていると、少女は直斗の心を読み透かしたかのように、
「別に何もしませんよ。故意にこの部屋に入ったならまだしも、迷い込んだだけですからね。抜け出すための手助けくらいさせて下さい」
再び沈考する。だが、次は答えがすぐに出た。
「信じて……、いいんだな?」
「はいっ!」
ひとまずは休戦協定。ってことでいいのだろうか。
とにかくこの世界について詳しい人物と出会えてよかった。
「あ、自己紹介まだでしたね」
確かにそうだ。ずっと“少女”じゃかわいそうだし。
「おう、そうだったな。俺の名前は結城直斗。少しの間かもしれないけど、よろしくな」
「結城……直斗さん……」
「ん? どうかしたか?」
「あ、いや何でも。私の名前は」
少し深呼吸をして、
「記憶自動制御AIプログラム、ナンバー“C3”、コードネーム“Alice”」
「A……I?」
「そうです。これが私の名前です」