Act15.「帰還」
「もう一つの……、人格?」
直斗はたくさんの情報を一気に理解しようとしたために、未だに処理が追いついていない思考をどうにか制御しながら、そう問いかけた。
「ああ、お前の今の人格を一時的に凍結させて、代わりに別の人格に中学時代を過ごさせた。そして、その時に得た記憶を全てここのコンピュータにデータとして保存した。俺が話せるのはこれが全てだ」
「つまり、人の記憶を保存するなんていう非人道的なことをしたのは、俺のためだったって言うのか……?」
──全てが、俺のせいだった……、と?
「ああ、そういうことだ。しかも、その事が軍にバレた時なんかは大変だったものだ」
「バレて……、どうなったんだ?」
「まぁ、元を辿れば、戦争の原因を生み出したのは俺だし、ましてや人類初のpsychicerだからな、しばらくは軍に重要参考人として幽閉されたよ」
「…………」
もう、何も考えられなかった。
最初にこの世界に来た時は、あくまで自分が記憶を失った被害者だと思っていた。
だが、事実は違った。全ては直斗自身の責任だった。
母親の死を受け入れられず、自分の精神状態を維持できなくなっていたせいなんだ。
その上、父親まで巻き込んでしまっていたなんて……。
再び意識が遠のきそうになった時、父親の声が頭の中に響いてきた。
「だが直斗、よく聞くんだ。お前はいつも、全てを自分で背負い込み過ぎなんだ。もっと誰かに頼っていいんだよ」
──もっと誰かに頼っていいんだ。
そんなことを言われたのは、いつ以来だろう……。
いや、初めてだな。今までそんなこと誰も言ってくれなかった。
そんなことを考えつつ、俯き気味に答えた。
「ああ、そうしたいのは山々なんだけどな。気がつくと、全部自分で解決しようとしてしまっているんだ。……だからこそ、俺のもう一つの人格が突然出てきたのかもな」
最後は独り言のつもりで言ったのだが、父親はしっかりと聞き取っているようだった。
「“裏”に会ったのかい?」
直斗は少しだけ考え、できる限り理解しやすいように答えた。
「直接会ってはいないけどな。ただ、ほぼ半日俺の体を乗っ取られた、とでも言うべきかな」
その言葉を聞いた父親は少し驚いたような顔を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「まぁ、彼も悪い奴じゃないからね。……おっと、そろそろタイムリミットかな」
「タイムリミット?」
「ああ。今現在、お前に助けを求めている人が現実世界にいる」
その言葉を聞いてから、父親の体に奇妙な現象が起こっていることに気づく。
──そう、彼の体が薄い光を発しながら消えかけているのだ。
「あの……体が……」
直斗の指摘にも驚く素振りも見せず、
「問題ないよ。元々、この世界はお前の無くした記憶の欠片で構成された、いわば『パラレルワールド』ってやつだからね。今ここにいる俺は、あくまで仮想の意識でしかない」
さらに続ける。
「そして、現実世界の俺は……で暮らしている。また会えるさ。
もしお前が、現実世界で俺を見つけることができるほどに成長しているなら、その時は記憶を元に戻してやろう」
途中がよく聞き取れなかったため、直斗は必死に聞き返そうとした。
「えっ? どこに住んで……、っ!」
しかし次の瞬間、彼の足を襲った光よりも遥かに強い閃光に視界を奪われ、思わず言葉を止めてしまった。
直斗は聞き返すのを諦め、体に感じ始めた浮遊感に身を委ねる。
──はぁ……。まぁ、いいか。
ホワイトアウトした視界の中で、浮遊感が上昇に変わるのを感じながら、
──きっと、また会える。どこかで……。
確信はない。けど、そんな気がした。
そして直斗は、仮想時間で十時間後、現実時間で丸一日ぶりに病院のベッドで自分の体を取り戻した。