Act14.「能力者」
「……さん、優奈さん!」
「はっ!」
どうやら優奈はこの場所で気絶していたらしい。セシアの声によって現実に帰還する。
しかし、四人は今目隠しをされているわけで、この部屋がどんな形をしているかはもちろん誰がどこにいるのかすらわからない状況だ。
「せ、セシアさん……どこぉ?」
そんなことを言いながら、優奈は手をぶんぶん振って周りの状況を確認しようと試みた。
すると、
バンッ!
聞き覚えのある音が部屋中に反響した。
──まさか、また私が何か!?
優奈がそう思ったのもつかの間、彼女の頭上からたくさんの何かが降ってきた。……ような感覚がした。
どうか錯覚でありますように。
しかしその願いは届かず、優奈は一瞬にしてたくさんの物体──さっきと同じ音だし、多分ダンボールか何かだろう──の山に埋まってしまった。
「う、うぅ……」
そんな一人芝居を耳だけで聞いていたのであろうセシアは、微笑を含んだような声でこう言った。
「ふふっ……、とりあえず助けが来るまで、ここでじっとしていましょう。あと私のことはセシアでいいですよ」
「そ、それもそうですね。あはは……」
優奈はダンボールの下敷きという、何とも格好のつかない状態になりながらそう言った。
すると、部屋の中の少し遠い位置から別の声が響いた。
「みんな……大丈夫か?」
「優奈、そこにいるの?」
由人、花音の声。
二人とも無事だったようだ。
「島崎君……花音ちゃんも無事で良かった」
優奈がそう言うと、少し遅れてセシアの声が聞こえた。
「みんな、その場でいいから私の話をよく聞いて」
少し間を置いて、
「さっきの二人組……、あいつらは“能力者”よ」
みんなが息を呑む音が聞こえた気がした。
中学生の時、優奈のクラスにもいわゆる“能力者”と呼ばれる友達はたくさんいた。
でも、そんな人たちを妬む子はそれ以上に多かったのだ。
結果、集団的ないじめ等が多発し、不登校になってしまう生徒も少なくはなく、大きな社会問題になりつつあった……。
そんなある日、能力者だけで構成された少数部隊が街に攻め込んで来て、市民を相手に無差別に攻撃を始めた。
その力は圧倒的で、軍事兵器を使ってようやく鎮圧できる程だった。
後に能力者たちは突然姿を消して平和が戻ったのだが、わずか数時間の戦闘で失ったものは多かった。
──直斗君は、確かお母さんを……。
そこで、一つの疑問に思い当たった優奈はぼそっと呟いた。
「能力者は……、今までどこにいたんだろうね」
おそらく、これは私……。いや、誰もが思っていることだろう。
「知りたいですか?」
それに答えたのはセシアだったが、その内容に優奈はさらなる疑問を抱くことになった。
──まるで知っているような口ぶりだけど……。
「うん……ま、まぁ知りたいよね」
素直にそう答える。
「わかりました。では話しましょう。能力者……いや、“psychicer”の居場所と、私の正体を」
「セシアの……、正体?」
ずっとセシアのことを、自分と同じただの女子高生だと思っていた優奈は「正体」という言葉について、思わず聞き返してしまった。
「まず始めに、みなさんに謝らなければならないことがあります……」
少し間を置いて、息を吸う音が聞こえた。
「私は、未来島から来た“psychicer”……能力者です」
「未来……島?」
そう呟いたのは由人だった。
「はい。未来島というのは、私たちpsychicerが差別から逃れるために建設した、安息の地です」
「街から能力者が一気に消えたのは、そこに移り住んだからなのね」
花音が呟く。
「ええ。しかし、さすがに安息の地と言うだけあって、現在では基本的にあなたたち……いや、prototypeの住む都市に私たちの方から行くことはありません」
「確かに、また差別とかされたら嫌だもんね。……でも、それならどうしてセシアたちはここに来たの?」
優奈が改めてそう聞くと、セシアは少し逡巡した後、静かながらも語気を強めてこう言った。
「私は、prototypeの情報を盗んでこいという指令を受けてここに来ました。……つまり、スパイということです」
「っ……!?」
──スパイ……? って言うと、よくドラマとかで見る……、あれだよね?
「先ほどの攻撃、覚えていますか?」
おそらく、優奈を助けるために石を投擲した時のことだろう。
「あれは、ただの小石に“加速系能力”をかけて強化した攻撃だったのです」
「えっ……? あれただの小石だったの!?
てっきり何か加工した石だと思ってたのに」
闇の視界の中でも、セシアの微笑が再び聞こえた。
「たまたま優奈さんを見かけただけなので、急にそんな用意なんかできないですよ。ふふっ」
──セシアって、意外と親しみやすい子なんだなぁ……。
そんなことを考えていると、不意に遠くから足音のような音が聞こえた。
「はっ……! みんな、静かに……」
優奈より先に音に気づいたセシアが、ギリギリみんなに聞こえるような声でそう言った。
だんだん音が大きくなってくる。
──お願い……! どっか行って……!
優奈は思わず心の中でそんなことを叫んでいた。
しかし、願いは届かず足音は部屋の前で止まり、扉が開く音が続いた。
さらに、男の声──。
「おい、起きろ。時間だ」
セシアはそれに臆することなく強気で答えた。
「早く解放してください」
「チッ……、興醒めだな。まぁいい、お前らを殺すことに変わりはないからな」
「殺す……って、私たちが一体何をしたって言うんですかっ!!」
優奈は声を荒らげて叫んだ。
「お前らは“知ってはいけないこと”を知ってしまったからなぁ……。生かしておくわけにはいかねぇんだよ」
「あなたたちが能力者だという事実ですね?」
セシアが口を挟む。
「ああ。そういえばお前も能力者なんだったよなぁ? どうするんだよ、こっちの世界で能力者だってバレようもんなら、確実に死罪は免れられないぜ?」
「覚悟は出来ています。もちろん、あなたたちを逃がすつもりはありませんが」
「はぁ? 逃がさない? 自分の状況をよく考えてから言った方がいいぜ」
確かに四人は今、両手を縄で縛られ、目隠しをされている状態だ。
それでも、セシアの語気からはそこはかとない自信が感じ取れる。
きっと彼女には、何か策があるのだろう。
相対的に優奈には、セシアほど悠長に構えていられる余裕などなかった。
理由は──、ただ単純に怖いんだ。
セシアがどんな方法でこの状況を打破するのかはわからない。
しかし、もし失敗したら全員間違いなく殺されるだろう。
それが……怖いんだ。
優奈は恐怖の中で、来るはずもない幼馴染みの名前を心の中で叫んでいた。
助けて、直斗君──と。