Act9.「lost memories」
「ふぁ〜あ……」
──皆さんおはようございます。現在時刻は残念ながらわかりません。誰か時計プリーズ。
などと、半ば寝言のような独り言を心中で言っていると、頭上から声。
「よく眠れましたか?」
──可愛らしい声がする。一体誰だろう……。
「聞いてます?」
──あぁ、ちゃんと聞いてるよ……。
「そろそろ怒りますよ?」
──俺はそういう「罵られたい」的な特殊性癖は無いんでご心配なく……。
バシッ
「はっ!」
ようやく目覚めた直斗の前に立っていたのは、紙の束を丸めて筒状にした物──と言っても爪楊枝サイズの大きさだが──を持って膨れっ面をした少女だった。
「お、おはよう」
と、ようやく初挨拶をする。今がお早いのかはさておき。
「おはようございます」
少女改めアリスは膨れっ面を笑顔に変えてそう言った。
それにしても、見た限りだとこの部屋には入り口だけじゃなく、窓すらもないらしい。
つまり今が昼なのか夜なのかすらもわからない状態だ。
「あの、アリスさん。今は何時でございますですか?」
日本人とは到底思えないような誤った敬語の使い方をしていると、
「ちょっと待ってくださいね」
そう言いつつ、コンピュータのうちの一つを横目で見ながら
「えっと、六時……四五分ですね。あ、ちなみにまだ夜ですよ」
「…………」
──そこに時計あったんだなぁ。
今更ながら時計の存在に気づいた直斗を置いて、アリスはここからが本題といった様子で話を切り出す。
「では、少し早いですが、あなたの探し物を探しましょう」
「記憶……か」
「はい。しかし、私はあなたが"記憶を探している”という情報しか知らないのです」
「どういうことだ?」
直斗が疑念を浮かべながら問う。
「つまり、あなたが"どんな記憶を探しているのか”までは知らないということです」
「なるほどな」
わざとらしく頷きながら、理解の意を示す。
確かに直斗は記憶を求めてここに来たが、自分でも記憶の内容は詳しく知らない。そもそも内容を知っていたら、それは記憶喪失とは言えないだろう。
知っている事といえば、無くした記憶が中学時代のものだということだけだ。
あれ? ……ちょっと待てよ?
直斗はたった今沸き上がってきた疑問をアリスにぶつける。
「あの……さ」
「どうしました?」
「俺も自分の記憶についてはあんまり詳しく知らないんだけど」
「…………」
既に慣れてしまった静寂。
「あ、いや、えっと、どんな記憶だとしても、必ずこの部屋に答えはあるはずです!」
苦し紛れに彼女は言った。
「本当に大丈夫なのか……?」
「あんまり期待はしないで下さいね。
とりあえず、ここのコンピュータを使いましょう。この部屋はいわば『世界の中枢』と呼んでも過言ではない場所なので、おそらく何らかの情報は得られると思いますよ」
そう言いつつ、コンピュータの一つを小さな右手で指す。
「あ、俺がやるのね」
「当たり前ですよ。ほら、早く早く」
「はぁー……起動っと」
ブーンという駆動音とともに四方八方の画面が一斉に点灯する。
「次はこっちのボタンで、その次はこっち……」
──わかってるなら自分でやってくれ。
という、既に何度目かもわからなくなった心中でのツッコミを押さえつけ、
「はいはい」
言われるがままにボタンを次々に押していく。
すると、先程のホロキーボードやその他見たことのない機能が山のように出てきた。
「よし。あとは普通のコンピュータと同じなので、頑張って下さいね」
「あ、ああわかった」
いちいち突っ込むのもめんどくさくなったので、もうどうにでもなれ的な感じで適当にいじっていく。
ポチッ
すると、何度目かのクリックの後、目の前の画面上に無数のフォルダらしきものが出てくる。
「これ全部調べるのかよ……」
ひとりごちていると、周りのフォルダが黄色く色付けされているのに対し、その中で一つだけ赤色に色分けされているフォルダが視界に収まった。
「えー、なになに? “Naoto’s memory”……?」
直斗がフォルダの下に表記されている英単語をぎこちなく読み上げると同時に、
……えっ?
「え!?」
アリスの驚きの声と、直斗の心の声が重なった。
念のためと言わんばかりに彼女が聞き返してくる。
「あの、今……何と?」
「いや、だからNaoto’s memoryって……ここに書いてある」
直斗は自分が見ていた画面上を指さしながらそう言った。
そこまで成績が良くない彼でも、さすがに高校生ともなればこの程度の英単語なら理解できる。それにしても分かり易いフォルダだ。
Naoto’s memory。
──失ったはずの、俺の記憶。