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Memories/Recover   作者: あざらし@道明寺
第1章──パラレルワールド編──
1/17

プロローグ

 西暦二一〇〇年──。


 それは、遺伝子科学技術の発達による、歴史上二度目の世界革命が起こった年。

 しかし、革命がいつの時代でも無慈悲なものだということに変わりはない。誰かが得をすれば、その分だけ他の誰かが損をする。

 それが社会の集団行動の性だ。とでも言われれば返す言葉はないが、そんな簡単に解決するならそもそも戦争なんて起こる筈がない。

 瓦礫で埋め尽くされた道を、妹の手を引き無我夢中で駆け抜けながら、少年──結城直斗はそんなことを考えていた。

「はぁ……はぁ……」

 息を切らしながら、手近な障害物に身を潜める。 


 どうして、こんな事になったのだろうか……。 


 全ては一人の男から始まった。

 当時二〇歳だった彼は、国立の研究機関の資金援助を受け、二年前からとある計画を進めていた。

「人類二分化計画」

 簡潔に説明すると、“人類の上を行く人類”(仮に上位種としておく)を作成しようという計画だ。

 何故いきなりそんなことをするのか? 研究を発表した当時は誰もがそう思った。しかし、それに対する彼の返答は非常に単純明快なものだった。

「人類の生活をもっと豊かにしたい」

 彼の言葉に偽りはない。この目的だけが、彼が研究を始める原動力であり、遂行するエネルギーだったからだ。

 優れた上位種族が誕生すれば、地球上の様々な問題の解決や紛争の根絶などで、人類の生活は豊かになることは間違いない。

 その理念を掲げ続けた彼は、研究発表してから約二年で「薬」を完成させた。

 薬──HRM(High Rank Medicine)と呼ばれたそれは、人類全てが体内に保有している「P細胞」を活性化させ、運動能力・記憶能力などの飛躍的な向上を可能にした。

 つまり、事実上の上位種が誕生したのだ。

 この高度な技術で特許を取得した彼は、製造権を複数の会社へと譲り渡した後、颯爽と姿を消した。

 その結果、半年も経たないうちに、人類の三割程度が上位種──通称「psychicer」へと覚醒した。

 おまけに、覚醒した彼らは“能力”と呼ばれる、人知を超越した生活の術をも手にすることとなった。(「psychicer 」という呼び名がついたのはこれが原因という説もある)。「P細胞」の覚醒と同時に、体内で過剰な化学反応が起こり、その人のDNAに応じた能力を使えるようになるらしい。

 要するに、能力は十人十色(DNAに相似がある身内では、能力にそれほどの変化はない)で、日常生活で役立つものもあれば、物騒な戦闘の能力もあるわけだ。

 例えば「Teleportation」と呼ばれる高速移動系の能力なら、配送業などの仕事での有効活用が期待できる。といった具合だ。

 “人類がそれぞれ助け合って生きていく”。

 まさに彼が目指した理想郷が、近い未来に迫っていた──。


 そんな矢先、ある一つの事件が起きた。

「製薬会社の同時爆破テロ」

 HRMの製造を担当していた、大手の五つの会社全てが同時にテロの標的になったのだ。

 各メディアへと寄せられたテロリストの声明文には、こう記されてあった。

「“psychicer”は既に人間ではない。

 彼らは人類の敵──“バケモノ”だ」

 最初は誰一人として相手にしなかった。そもそも、「psychicer」に能力があるという事実について、当時まだ周知には至っていなかった節もあったせいか、特に「psychicer」を危険視することに対して疎かったのだろう。

 だが、この声明文が何度も報道されて、尚且つ「psychicer」は能力なるものを手に入れるという事実も知られるようになり、人類の不安は高まるばかりだった。

 さらに追い討ちをかけるかのように、根も葉もない噂が各地で立ち始めた。

「彼らの能力は本当に安全なのか」とか、「記憶力の向上のせいで、学業に差が出るのではないか」などといったものだ。今になって思えば、これもテロリストたちが流したものなのかもしれない。

 と言っても、不安に煽られていた人類を誘導するには十分すぎる噂だった。

 元々HRMは生産コストが高く、安いものでも数百万円ほどの値が付くほどだった。「psychicer」が人類の三割ほどの繁殖力で留まったのも、それが原因なのだろう。

 その高値に手が出なかった人は、結局「psychicer」を妬むことしかできなかったのだ。

 とはいえ、「psychicer」は人類を救う上位種という風潮になりつつあった以上、誰もその妬みを口に出せずにいた。人間の心理を理解し尽くしていたテロリストは、そこをうまく利用したのだ。


 ──「psychicer」は人類から排斥され続けているが、今でも抵抗を続けている。その結果がこの惨状だ。


 突如、直斗の思念を振り払うには十分過ぎる大音量で、何かが爆発を起こした。

「……はっ!」

 逃げる最中に何度か聞いた巨大な爆発音で我に返った直斗を、妹の晴香が覗きこんでくる。

「お兄ちゃん……大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ」

 ここで直斗が弱音を吐くわけにはいかない。父親が行方不明、母親を目の前の戦火で亡くしたばかりで不安な妹を支えられるのは直斗だけなのだから。

 相手は、あの「psychicer」なのだ。ただの一民間人である直斗たち兄妹が敵う相手じゃない。

 じゃあどうするか? 逃げるしかない。

 自問自答を最後に、彼は思考を停止させた。

「行くぞ、晴香」

「う、うん……」

 周りに「psychicer」の存在がないことを知覚で確認し、障害物の影から一気に飛び出す。

 ──その時だった。

 視界の右端で、瞬く白いライトエフェクトと共に、若い青年のような声での詠唱が微かに耳に届いた。(正確には、詠唱が聞こえた後にライトエフェクトが視認できた)

『Restriction─身体拘束─』

 飛び出すのに必死になるあまり、聞こえてきた詠唱の内容理解に一瞬の時間を要した。

 「Restriction」が「制限」や「制約」という意味であることは中学生の直斗でも理解に困らない単語であった。

 隣で晴香が?マークを連発しているのは仕方がないとしても、せめて彼だけは気づくべきだった。

 彼らにとっては、その一瞬が命取りなのだというのに、だ。

「しまっ……!」

 体の平衡感覚を失い、その場に膝をつき倒れ込む。数秒遅れて、妹の晴香も同じように倒れ込んでいるのが見えた。

 ──逃げ切れ……なかった、のか。

 こうしてみると意外と呆気ないものだった。この一四年間という短い人生の中で、彼は自分が何をしてきたのだろうか? と走馬灯の中で思惟を巡らせる。

 ごく普通の家庭に生まれ育ち、小学校の卒業とほぼ同時にこの忌々しい戦争が始まったのだ。昔も今も楽しいことなんてなかった。

 ほんの少し前に母親を失って、それからは彼が晴香を守らなければなるまいと、ずっとそう思い続けてきた。

 だが、「思い」だけでも「力」だけでも、片方が欠落してしまうと目標を達することができなくなる。


 妹を守らなければならないという使命感による、「思い」


 妹の前に立ちはだかる輩を蹴散らすための「力」


 今まで直斗は、幾度となくこの理論を自分と照らし合わせて生きてきた。

 しかし、何度やっても同じ答えが導き出されることに対し、多少の苛立ちも覚えていた。


 「思い」だけは強くても、「力」が欠けている。


 これでは、妹に危機が迫った局面──まさに今なのだが──で、どうしても力負けしてしまうのだ。

 仮にその力が、努力で手に入るものだったらどれだけ良かっただろうか? と彼は今でも思うことがある。確かに、体術や武道は優秀な指導者の下で努力すれば会得できないものではないが、体術や武道が通じるのはあくまでも相手が人間である場合であって、彼らの想像を遥かに超える基礎能力を保持している能力者を相手にしたところで結果は目に見えている。

 実際、今まで下手な抵抗をして散っていった仲間たちも──目の前で見た戦闘も含めて──少なからずいるはずだ。

 だが、そんな惨状を見続けてきたからこそ、無益な抵抗はしなかったし、必要最低限の逃走だけで生き延びてくることができたのもまた事実だ。

 そして、そんな苦難を乗り越えてきた二つの儚い命も、今ここで終わりの鐘を告げようとしているかのようだった。

 もうすぐそこまで青年は迫っている。幸い、直斗の方に向かって来ているため、当分妹に被害はないと予測されるが、それも彼がやられるまでの話だ。どうにかしてこいつを迎撃しない限り、彼ら兄妹に次はない。


 ──今だけでもいい、力が欲しい……!


 妹を守る為だけの、力。

 自分の事などどうでもよい。


 その時、直斗は身体の深層からマグマのようにこみ上げてくる強い感情と、右手を電流のように伝わる真紅のライトエフェクトを見たのだった──。


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