無縁墓地の裏手の家 The house of the back hand of a potter's field (亡き叔父の原稿より)ホラー小説
はじめに。
私の叔父は、、以前どこかでも書いたことがあったと思うのですが、
相当変わり者でして
長年東京で、一人暮らし、
勤めはさる出版社で、
若いころは作家志望だったと聞いていますが
とうとう芽が出ないままで亡くなりましたがね、
発表された小説も皆無でしたね。
そんなオジですが長年勤めた出版社を定年退職後は
北関東の某県の荒れ果てた古民家を安値で買い取って自然暮らし、、
古びた山里の家で隠居暮らしでしたね。
結婚したことはなく、生涯独身だったので、
私のことは自分の息子のようにかわいがってくれて、、
いろいろ面倒見てもらったものでした、、。
懐かしい思い出もいっぱいあります。
とはいっても私が成長してからは就職した先が、、
私もそれこそ転勤暮らしで
10回以上の転勤暮らしでしたから自然と叔父とも疎遠になって
15年以上年賀状だけの付き合いでしたけどね。
そんなある日
叔父が亡くなったという知らせが届き、
なんでも老後は足腰が不自由でヘルパーさんにお世話になっていたようで
(そんなことは一言も年賀状には書いてありませんでしたがね、、)
ある日ヘルパーさんが行ってみたら
居間で倒れてもうすでに死んでいたそうです。
ヘルパーさんの事業所の名簿から連絡先が
唯一の親戚である私の実家でして、、、、
私の父母もそのころはもう死んでいましたし、
実家は空き家でして、、尋ねあぐねて、やっと当時は高知県に赴任していた私のところに
知らせが届いたのは、だいぶ経ってからのことでしたね。
仕事を休むこともできず
私はそのヘルパー事業所の所長に頼んで
遺品整理会社を紹介していただき
万事お願いするしかなかったわけです。
しばらくして遺品整理会社から連絡があり
「遺品はどう処分されますか?」というので
「どんなものがありましたか?」と聞くと、
「衣類、蒲団、家具、食器類、日記とか、小説の原稿みたいなものも出てきましたが、、」というので
「じゃあ日記などだけは送ってくれますか、あとは処分してください」と、お願いしましたが、
それから数日後、ユーメールで送られたきたなかに、
日記以外に
古びた原稿用紙に書いてあったのが以下のような
短編小説?の原稿だったのです。
小説家志望だった叔父はほかにも小説類はたくさん書いたのだと思うのですが、、
気に入らなくて処分されたか、、
結局これだけが偶然?残されたよすがだったので
せめて今、ここに発表したいと思います。
「叔父の残された古い原稿より」
「無縁墓地の裏手の家」
ところで、、、、。
私が以前入会していた書道クラブがあったのですが
そこで「大人コース」の書道講座にいらした
Bさんという男性がいたのですが
その人と妙に気が合って
月2回の書道教室もそのため楽しい時間とはなったという次第です。
まあとはいえ、、教室だけでのおつきあいではありましたけどね。
ある日、教室で休憩時間に
たまたま持ち家の話が出たときのことでした。
「私はマッチ箱住宅の建売なんですよ」と話すと、
Bさんは
「今は賃貸マンションなんですが、、
依然短期間だけ持ち家というか建売住宅にも住んでいたんですよ、、」
と、、言いかけて、、
暗い顔になって言いよどんだんですよ、
で不審そうに見ていると、
急に真顔になって、
「もしよければ
私の心のつかえになってる話を聞いてくれませんか?」
というのですね。
私は「私で良ければどうぞ」と
軽い返事をしたわけです、
すると、
Bさんはいきなり、こんな話を語りだしたんですね。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「さあ、
あれは今から数年前のことになりますが、、
その日私たちは、、、、、、、
新しい建売住宅が出ている広告を何気なしに見ていました。
と、、、
その前に、自己紹介を、、
そのころは、私たちは結婚して1年のまだ、、新婚夫婦でした。
住んでいたのは、とある県の、とある地方都市でした。
さて、その日は 8月のある晴れた日で、、、
ちょうど日曜日で
二人で新聞折り込み広告の住宅を見てたんです。
それは、、その広告にあったのは、、
結構、こじゃれた建売住宅だったんです。
で、さっそく、見に行こうということになり、
二人で出かけたのです。
そこは私鉄のローカル線の小さな駅からから500メートルくらい離れた
ところで、
ローカル線とはいえ駅近で便利そうでした。
とはいえその私鉄というのが
朝晩の通勤通学時間帯を除いては、1時間に一本しか運航しない
という典型的な田舎の慢性赤字の?ローカル私鉄ですけどね。
車両というのも、もわずか2両編成ですよ。
さて、、その私鉄のその駅を降りてぶらぶらと、
閑散とした住宅街と畑を通り過ぎていくと、
間道のはずれに
本道からは奥まったところに雑草地の一角に、新築住宅が
10軒ほど建っていたでしょうか。
あたり一帯は休耕田や耕作放棄地、
雑草地などが取り囲んでいましたね。
さてその新築建売住宅というのは、、
ちょうど完成したばかりで、
真新しい木の香りも漂ってくるようで
私たちはウキウキ気分で
見て回ったのでした。
係員はいましたが、
他のお客の接待中で
『どうぞご自由に見てください、
おきにいりましたらお声掛けくださいね」
というので汗を拭き拭き、、自由に見て回ったのです。
みんな2300万円台でした。
ここらのような地方都市近郊では
いまどきこんな値段が相場でしたね。
おおよそ、、
何軒か見て回って
家並みからちょっとその家だけがぽつんと、雑草地の中の、離れた
まるで飛び地のような、、
一番はずれの住宅に来たとき、
あれ?
立て看板の値段が1600万円です。
「え?安いな。
どれどれ、近づいてよく見ても、
作りも装備も他の住宅とおなじです。
なんでこれだけ安いんだろう?」
その時はわかりませんでした。
そして私たちは結局その安さにつられて、
その日のうちにその住宅を予約してしまっていたのでした。
若気の至り?、、その時、、
私たちは
別にその、安さの理由も聞くこともありませんでした。
あの時聞いてれば?
或いは不動産屋の案内係は、、
その安さのほんとの理由を言ったかも?
いいえ、おそらくは口を濁して、、
言わなかったか?
今となってはわかりませんけどね。
それがまさか後日あんなことにまでなるとは、
その時は予測すらできませんでした。
数日後、、、、
再びその住宅を見に行くと、初めて隣地が目に入りました。
ぽつんと離れたその家の、隣地は草ぼうぼうで1メートル以上もあるような雑草が密生しているのでした。
その中の一角に、、ちょうど50坪くらいあるでしょうか、
古びたブロック塀で囲まれているところがあるのに改めて、気付きました。
『なんだろう?」
その家は10軒の一番はずれに立地していて
他の9軒とは、、ポツンとなぜか?50メートルくらい以上、離れてるんですよ。
周りの、隣地は、もちろん空き地?というか雑草地でしたね。
さして気にもかかりませんでしたが
ふと見ると、雑草地の中の、そのブロック囲いの
生い茂った雑草の中に、何やら石塔?のような物が見えたような気もしましたが、
ブロック片の置き忘れだろうくらいの軽い気持ちでしたね。
それっきり隣地のことなど忘れきっていました。
さて、それから本契約で、私たちは
なぜか格安物件をうまく手にいれたとぬか喜びで
秋も迫る日に引っ越して行ったのでした。
9月も終わりそれは10月になろうとしている頃でした。
引っ越しの時改めてその隣地を見ると、
あれだけ茂っていた雑草地も幾分枯れ始めていて、
なんと例のブロック囲いの中には、そこには
小さな石塔がそれこそ無数に立ち並んでいたのでした。
つまりそれはおそらくは江戸時代にかかるかと思われる
畑の中の自家墓地だったのです。
田畑は売り払っても、
石塔が立ち並ぶこの区画だけは
さすがに売れませんし、墓地を浚うこともこれだけ墓石があるのではばかられたのでしょう。
そのままに、置かれたと思われます。
今ではたぶんこの墓地の所有者というか御子孫の方も絶えてしまい
供養もされずに、こうして荒れるに任せてしまったのでしょうか。
中には倒れている墓石もありましたね。
供養されることも絶えて久しい荒れ墓地でしたね。
ところで、、
江戸期の墓標って小さいのですね。
それぞれの墓石は高さ30センチもありません。
ですから夏にここを見に来たときに
生い茂る雑草の下に隠れて全く見えなかったのでしょう。
「ま、墓地の上にあるわけじゃないし、、ま、いいか。」
その時には、そんなかるい気持ちでした。
ですが、、、
まさかそれから
あんなことが引き起こされるとは、
わかくて世間知らずな私たちには
予想すらできかねることだけは確かでしたね、
さて、、
あたふたとした旧住所のアパートの片づけと荷物のまとめ。
そして引っ越しの準備。
入居日はある晴れた晩秋の、
暖かい日曜日でした。
●●急便の、トラックに引っ越し荷物と同乗して
あこがれの新居に到着したときの感動は今も忘れません。
しかしそれがまた不可思議なドラマ?の発端にもなったかと思えば
また新たなる感慨にも今更ながら、襲われるのです。
引っ越し便がその家に到着して、、
あわただしく荷物が運び込まれ、手際よく運送員によって配置されていきます。
ふとその時私は何気なしに、、隣地に目が行きました。
そうです。
そこには晩秋枯れで
すっかりむき出しになった
畑墓地があったのです。
もうおそらく何十年も、、いや何百年も?供養されていないだろうその荒れ果てた
畑墓地。
小さな石塔が10数体も立ち並んでいました。
中には倒れたり、半分埋まっていたり、
まさに無縁墓ですね。
花一本、、線香一本も供奉されていない、、
荒れ果てた、、無縁墓、、、。
それをまじかに見ると、思わず冷たい風がひゅーっと吹いてくるような
、錯覚にとらわれるのでした。
しかし荷物運びのあわただしさに
そんなこともすぐ忘れて
今度は室内の整理です。
それがやっと終わったのがもう夕方でした。
「ねえ?あなたどうする?夕飯?」
『そうだな、引っ越しそばでも取ろうか?」
私はこの近所に古そうな蕎麦屋があることを先日来、見ていましたから
早速携帯で注文してみました。
すると早速注文OKで、
30分もすると届きました。
『どうもこれからもごひいきに」
愛想の良い蕎麦屋の主人でした。
でも入って来るなりなんだかそわそわして
うさん臭そうにあたりを観察していたのは
まさか?今にして思えば、、
あの蕎麦屋、、知ってたんでしょうか?
「じゃあお召し上がりになりましたら玄関の前にでもどんぶりは出しておいてください、都合の良い時おさげに伺いいますから、、」
そう言い残して、
お金をもらうとあわただしく帰っていきましたが、、
いかにもうまそうなその、
そばを啜って夕飯は終わり、
夜となって2階の寝室で
初めての就寝。
荷物の布団袋から
今夜寝る蒲団だけは荷ほどきして、、
なんかやっと自分の城を手に入れた喜びで
その夜は、
寝付かれませんでした。
ふと窓を見ると、
ぼんやり月明かりが
妻は疲れたのかぐっすり眠っていました、
私はそっと抜け出して窓際に、
外を見ると、窓の下すぐ、我が家のわきに
月明かりに照らされてあの荒れ果てた無縁墓地が
浮かび上がっていました。
再び冷たい風が吹き抜けるような感覚が、
いいえその時、
室内になんか人の気配のようなものも感じたのです。
妻ではありません。
なんかいるような、
でも振り返ってももちろんそこには誰もいませんでしたが、
私は再び寝床に戻り
疲れが戻ってきたのか、朝焼けまでぐっすり寝込んでしまいました。
ふと目覚めると、
青ざめた顔した妻がそこにいました。
しきりに私を揺さぶっていたのです。
『ねえ、おきてよ、」
『どうしたい?」
『今ね、下の階の、台所行ったのよ、
そうしたらいたのよ」
「何が?」
妻は震えています。
そうして振り絞るように言ったのは、
「女の子、それも時代劇に出てくるようなすげ笠の女の子がいたのよ。」
「私がアッと声を出すとスーッと消えたの」
私は呆然として、言葉も無く、ただ妻の言葉を聞いているばかりでした。
朝から霊が出るというのはよっぽどのことなのでしょうか。
いずれにしても私もすぐに下の階へ。
台所へ行ってみましたが、それらしい気配はありませんでした。
「気のせいじゃないか?」
私は思わずそんな、心無い言葉をつぶやいていましたね。
というのも、
私自身そんなことがあっては困るという
強い意識があったからなのです。
なぜって?
1600万もローンを組んでこれから30年も払うんですよ。
それを変なものが出たでは
どんづまりでしょ?
妻も意外と素直に
『そうね、きのせいよね」と、
自分に言い聞かせるように言いました。
そうしてほんとにそれからしばらくは何も現れることもなかったのです。
ですがそれから4日も過ぎたころでしょうか。
その日は、雨の降る薄暗い日で、
私も仕事を終えて夕方遅く、家にたどり着くと、
あの墓地に誰か立っているのです。
黒いスーッとした、影のような、、、
え?と思って再び目を凝らすと、
もうそこには誰もいませんでしたが、
家に入ると妻が出迎えてくれました。
『何か変わったことあった?」
と聞くと、
『どうしてそんな意味深なこと聞くのよ」
と、思いつめた様な顔で食って掛かってきたのです。
『実は今日雨だったので1日家で編み物してたんだけど、
なんか視線を感じるのでふと窓を見ると、
そこに女の子がいたのよ」
『また市松人形の女の子かい?」
ううん違う、なんかとても現実界のものとは思えないような
奇妙な耳の長い黄色い顔した女の子、」
「なんだい?それ?」
『私にもわからないわよ。
誰?って思わず問いかけると、
薄気味悪い、
くすくす笑いして、、
スーッと消えていったわ」
私たちは無言になって
冷え切った夕食を向かい合って食べました。
どうすることもできません。
というかどうしたらいいのかわからないのです。
テレビも見る気にもならず、
どちらから言うともなく
その日はそのままで
ひとまず寝ることにしたのですが、
さらに数日後にはもっと不可解な事件が起こったのです。
事件というか
その日はちょうど雨のしのつく悪天候で
私は仕事から帰ってきたのですが
家の前で、女の子が笠もささず
ずぶぬれでぼんやりと立ってるんですね。
時代劇に出てくるような、、着物姿の女の子です。
どうしたの?って聞くと、
振り向いたその顔は
髑髏顔だったんです。
アッと叫ぶとスーッと消えて行ったんですよ。
私は、
わなわな震えながらも
家のドアを開けて
中に入ると、
妻が青い顔で出迎えてくれました。
「いまそこにいたよ」というと
妻は震え声で
私も昼間見たのよ、
というのです
何見たんだい?というと、
台所でお昼ご飯作ってると、
スーッと冷たいものが落ちてくるようで、、、
で、
振り向くと
江戸時代みたいな女の子が二人そこにいて
「おばちゃん、いつまでここいるの?
いつまでもいるならお迎えに来てもいい?」っていうのよ。
なんで?っていうと
「私たち、さびしくってたまらないのよ」って言って
ケラケラ笑うとスーッと床に吸い込まれるように消えて行ったのよ。
もう怖くって怖くってとてもじゃないけど
こんなお化け屋敷棲めないわよ」。といって
わなわなと泣きじゃくるのでした。
その夜のことです。
その夜私を襲った悪夢とも現実ともつかぬ異常な経験は、
まさにただならぬものだったのです。
その夜、、
寝入ってしばらくすると、
私はいつの間にか誘われるように、むっくり、起きだして
部屋を出ていました。
なぜ?
私にもわかりません。
ドアを開けるとそこは
一面の石ころだらけの荒野でした。
暗くて風が吹いていて、
遠くにぼんやり灯す明かりが、、。
何かに惹かれるように歩いていくと、
見たことのない少女が
しゃがみこんで石を並べていました。
「何してるの?」
振り向いた少女には
目玉が抜けて黒い眼窩だけがむき出しになっていました。
私はアッと叫んで
後ずさりして、逃げ出していたのです。
振り返ると、
私の家など、どこにもありません。
茫漠たる荒野、、
見上げると星明りがうっすらと照らし、
雨のようなものが降っているのでした。
手についた雨水を星明りにすかしてみると、
それは、、、どす黒い血でした。
私は手をこすり合わせてそれをぬぐい取り、
狂ったように、やみくもに歩いたのです。
するとやがて、、彼方に古墳のような墳丘が見えてきました。
高さは3メートルくらいはあったでしょうか?
円墳ですね。
その墓室への参道がなぜか?ぽっかりと空いていて、、
何やら明るく照らし出されていました。
無性にいいしれぬ郷愁に駆られて
私は中に歩み行っていました。
すると薄ぐらい参道には蛍日のようなうっすらとした灯りがともり、、、
ドーム状の積み石の墓室には大きな石棺が安置されていました。、
近づいて覗いてみると、、
石棺の中には
真新しい死体(遺骸)が横たわっていました。
覗き込むとそこには死体のようなものが、、
さらに覗き込むと薄ら灯りの下に浮かびがったのは
それは昔話に出てくるような着物の少女でした。
眠るように死んでいるその死骸から
その目から大粒の涙が
その時、
ほろりと流れ落ちたのです。
そして次の瞬間
かっと見開かれたその目は私を見つめて
こういったのです。
『やっと来てくれたのね」
と、、、、、
私は唸り声をあげて
ハッと目覚めたのです。
びっしょり寝汗をかいていました。
妻は心配そうに私を見て
『すごい寝言と唸り声あげてたわよ」というのでした。
さすがにもうこれ以上は我慢できず、
私はすぐ、電話帳を繰って
祈祷師を探しました。
実は私の子供のころ実家で
良くないことが立て続けにあったことがありまして
その時に祈祷師さんを呼んでお祓いしてもらったことがあったんです。
それ以後不審なことが無くなり子供心にも何かあったら祈祷師さんをという気持ちがあったんでしょうね。
電話帳にはいくつかの祈祷師さんが出てました。
その中のこれはという方にさっそく電話して概略お話すると、
明日に来てくれるというのです。
その祈祷師さんは電話口で、
「私が行くまでになんか変なことがあったらすぐ夜中でも、お電話ください」とのことでした。
幸いその日はそれ以後は特に変なこともなく過ぎて行ったのでした。
つぎの日私は自宅で待ちわびていると、
スーツケースを持った中年の紳士然とした方が玄関に現れました。
それが祈祷師さんでした。
私はそれまでのことを電話よりもさらに詳しく、逐一話しました。
祈祷師はそれを聞いていて
、時折天を睨んだりしていましたが、
『よろしい。大体わかりました。
おそらく隣の無縁墓地が今回の霊障の原因でしょうな。
それではこれから準備もありますので
何月何日斎戒してから再度、ご自宅へ伺いましょう。
まあ、それまでここに御祈祷済みの神札がありますのでこれを
良いですか、家の中心部の柱に糊ではってください、
そして家の四隅に、この御祈祷済みの塩と線香を進ぜておいてください。
実はこの霊はかなり邪悪で、あなたたちを霊界へ引っ張り込もうとしているようですから
これで結界しておけば、しばらくは、手出しはできないでしょう。
私が準備してくるまではこれで何とか持つでしょうよ。
ところで、、
あなたがおっしゃるその少女霊は
姿は少女ですが、これの本性は、相当の悪霊ですよ、」
それから余計なおせっかいかもしれませんが
先ほど隣の無縁墓地を見たんですが、、
隣の無縁墓地には
あなた方が勝手にお線香をあげたり自己流の供養をしようとはなさらないでくださいね。
というのは素人がそういう自己流の供養をなさるとですね。
悪霊というものは、かえって
憑依しやすい奴だと見て
たかって来るからですよ。
まさに「さわらぬ神にたたりなし」ですから。
余計なことはなさらぬようにね・。」
そこまで聞くと
私たちは背中に冷たいものがどっと流れ落ちるのを
感じてぞっとするばかりでした。
もはや自宅に
居続けるのも厭われましたが
仕方なくしかるべく言われた処置をしたのでした。
すると、お札をはった日から、
御塩と線香で家の四隅に結界をはったその日から、、
不思議に
家の中からまがまがしき者の気配が消えたのです。
そしてそれは祈祷師が来るまで
嫌な気配が消えたことでおそらくは、
神札の御威光が証明されたのでしょう。
某月某日
その日私たちは
言われたとおりに身を清めて祈祷師の来るのを待っていました。
やがて祈祷師はやってきました。
全身白装束で、手にはお札と、水晶玉の数珠?を持ち、
榊の小枝も持っていました。
そして白木の御神酒ダルのような入れ物には
霊山の〇〇神社の神泉の御神水が入っているのだそうでした。
家に入ると、
「確かにこの古い畑墓地は相当因縁ありと見えますな」といいました。
では早速浄霊を始めます。
そういうと頭にしめ縄を張りそこにお札を垂らし
持参した神水を榊の小枝に振りかけて
自身の全身にも振りかけます。
そして家の中央から四隅に向かって
手に印を切り、
『トーッ』と声を発して
神水を振りまきます。
それを東西南北に修法するのです。
しばらくすると、
私たち夫婦を呼び、
座らせて
私たちにも、
榊の小枝の神水を振りかけます。
するとどうしたことでしょう。
突然妻が
目をむき出し歯を突き出して暴れだしたのです。
『おうおう、、お前ら、取り殺してくれようと思っていたのに、
残念な事よ。』と男の声で叫ぶのです。
祈祷師は
「早く悟れよ、いつまでもこだわっていると、天罰が下るぞ」
と、
声を荒げて叱り飛ばします。
妻は形相を変えて畳の上を転げまわり、、
祈祷師をにらみつけています。
祈祷師の鋭い叱責と問答がしばらく続いたでしょうか。
やがて妻はスーッとおとなしくなって
ふと我に返りました。
「あら?私どうしたのかしら?」
狐につままれたような顔をしています。
それを見ると、、
祈祷師は「これで悪霊は退散しましたよ、安心してください」
というと、座りなおして、
私たちに顛末を話してくれました。
「今、、悪霊と霊問答してわかったのですが。このあたりは
江戸時代にだいぶ飢饉で餓死者が出たようですな。
だが当時のこの地の陣屋の役人は無為無策で、
それでたまりかねた農民は、一揆をおこしたようです。
押しかけた百姓との衝突で、陣屋の役人連中は百姓を棒でたたき据えて
半殺しにして、蹴散らかし、帰れと怒鳴ります。
鍬、鋤で武装した,激昂した農民がついに爆発して、
多勢に無勢、、数に勝る百姓勢がなだれ込み、
その結果、どさくさで役人が数人なぶり殺されたようです。
それで何とか生き残った役人どもはいのちからがら、
いったん撤退して、本陣から
その夕べ、大勢の手だれをおよそ100人近くも、かき集めて武装を整えなおして、役人殺しの暴徒への憎しみから頭に血の登った役人たちは
狂ったようにあたりかまわず、荒らしまわり、
ここらあたり一村の全住民を所かまわずに、皆殺しにし、農家には、火を着けたようです。
殺された中には、女子供も含まれていました、、、、、、。
焼きつくされ皆殺しにされたこの村は
血みどろの凄惨な焼け焦げた死体の山と化したのです。
その惨殺された農民たちの供養塔がそれ、、、、
お宅の隣のそれそこの墓地ですよ。
だからお宅の家が近くに建って
あなた方が引っ越して来てから
恨みを残した百姓たちの亡霊がが今なお
獰猛な自縛霊となって
あなた方を乗っ取り取り殺そうとしたのでしょうな」
そこまで聞くと、
私は
『それで大丈夫なんですか?その恨みはまだ残ってこれからも
ここに住んでいると、たたりませんか?」
『それは大丈夫でしょう。というのはあなた方はたたるべき、
役人ではないと今、
私が霊たちには、諭しましたからね」
そういうと祈祷師は礼金を受け取って帰っていきました。
信じていいのかこの話自体真実なのか?
それを確かめる手だてもありませんよね。
しかし、
それからは不思議と霊現象はなくなりました。
あのすげ笠の少女も現れなくなったのです。
やっと新居で平安を得られて私たちでしたが、
依然として家のすぐ隣には
あの墓地があるのです。
祈祷師は、、
無視しなさい。
自己流の供養はかえって憑依されるというので
「君子危うきに、近寄らず」で
私たち夫婦は
おっかなびっくりと無視して、、
過ごしてはいたのですが、、、、、、
結局私たちは、、、
二か月後、、
その新居を買った時の半値で、800万円という捨て値で、
買い取り業者に即金で、
売り払い、引き取ってもらいました。
もちろん霊のことは一切、隠して、
お神札も売る前にははがして、燃やしてしまいましたがね。
そうして、、私たちは、、
そこから遠くの賃貸マンションに引っ越しました。
あれから数年経った今も、まだ、残債は払っていますが
おかげさまで
こころはスッキリと
晴々として過ごしています。
まあ
いまとなって、思い返せば、、いい人生勉強?というか
霊界勉強?させてもらったのかな?とは思いますが、、
それにしても、、もう2度と
あそこには行く気もありません。
風の便りに聞くところによるとあの住宅にはその後、
誰か、買い手がついてすぐに、誰やら住んだようですが、、
その人は、、
すぐ引っ越した?というような噂?も定かではありませんが風の便りで
聞いた?ので?
霊現象がおさまってなかったのか、どうかは知る由もありません。
また今現在あの家が空き家なのかどうかも不明です。
でも、、、これ以上あの家とは一切、関わりたくないので
あの家のことをこれ以上、探りたくもありませんし、
知りたくもありませんので
これからわざわざ、
確かめるような気も、私としては、さらさらないことは
いうまでもありませんよ。」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
Bさんはこうして身の毛もよだつ話を語り終えて
ふっと長い溜息をついたのでした。
私は
「そうでしたか、やっぱり怖い家、、呪われた家ってあるんですね?」
と、、応答するのがやっとでした。
でも?なぜそんなに親しくもない
教室だけの付き合いの私なんかに
身の上話?をしてくれたんでしょうか?
わかりませんでしたが
次の書道教室の御稽古日に行ってみると
Bさんが来てないんですよ。
師範の先生に聞くと、
「ああBさんね、都合でやめられましたよ」
「え?」
私は思わず叫んでいました。
私はさっきも言ったように
教室だけでの付き合いですから
Bさんのことは全くといっていいくらい知らないんですよ。
師範の先生に「なんでやめたんですか?」と聞くと
うーん。個人情報ですから、、言ってはいけないんでしょうが、、
と前置きしておいて
ここだけの秘密ですよと、
念を押してから、
「なんでも奥さんが精神の長患いしていたようですが
その奥さんが先日亡くなったのだそうですよ」
「えー?じゃああ
せっかく呪いの家から引っ越したのに、、
奥さんはずっと祟られてたというわけ?
それとも?すべては奥さんの妄想だったっていうわけ?
いずれにしても、Bさんの先日のおはなしとは違うじゃない?」
私は思わず独り言のように、そう呟いていたのでした。
それから、、
しばらくして、、
私も、、その
書道教室は
なんとなく、、いや?になって?しまって、、
辞めてしまいましたがね、、、。
ここで叔父の文章は終わっている。
これ以上描き続けるつもりだったのかどうかは今となっては知るすべもないとだけ付け加えさてていただきたい。
亡き叔父の冥福を祈りつつ、、。ここにこうして発表いたします。
㊟この、もの語りはフィクションであり
地名・人名などはすべて仮名・仮称です。




