俺の女がばれそうで 其の壱
■◇■
太陽の光が気持ちのいい朝。
俺はルームメイトである京花と一緒に学校へ向かっていた。
花が散った桜の木が並ぶ道を歩いていると、京花は小声で俺に訪ねてくる。
「ねぇ、璃子。あなた何かした?」
「ううん。全然記憶にないよ?」
なぜだか怪しい答えになってしまった気がするが、事実、本当に何もしていないのだからそう答えるしかなかった。
そっか、と言うとそれっきり京花は喋らなくなる。
なぜ京花がこんなことを聞いてきたのか、俺にはその理由がはっきりと分かった。
なぜか、俺の事をコソコソと見ようとするやつがたくさんいるのだ。
木に隠れながらコソコソ。
友達同士で顔を近づけてコソコソ。
なんだ、お前ら。俺そんなに可愛いか?
そう言いたかったが自重した。俺偉い。
学校に着くと、廊下で京花と別れて教室へ入る。
「庄司君、おはよう」
自分の席のすぐ後ろに座って新聞を読んでいる庄司に挨拶をする。
庄司の周りには人が集まっていて、入学当初のボッチなんてどこ吹く風だ。
俺と話をした翌日、庄司は積極的にクラスメイトに関わるようにしていた。
やはり誰もが変な人だと思っていたらしいが、素の庄司と話して分かったのだろう。
こいつは至って普通のいいやつだ。
ちなみに俺はというと会話に参加して庄司に話す機会を与えまくった。
こいつの脱ボッチは半分以上が俺のおかげだろう。感謝してほしい。
俺の声を聞くと庄司は読んでいた新聞から顔をあげ、俺の顔と新聞を何度も見比べる。
庄司が何をしているのか分からずに、頭上にはてなマークを浮かべながら自席へ座る。
俺が座って庄司のことを見ていると、突然庄司は声を張り上げた。
「り、璃子さん?これ、本当ですか!?」
そう言って庄司が俺の目の前に見せつけるようにして出してきたのは、ついさっきまで庄司が読んでいた新聞の一面だった。
庄司とその周りの人たちが俺のことを見る。
その視線から逃げ場を探すように庄司が差し出した新聞を見ると、どうやらこの新聞は校内新聞のようなものらしい。
きっと新聞部あたりが自分たちで作って配っているのだろう。
場の空気に流されるままに新聞を読む。
「え?・・・えええええええええ!?」
そして、その記事を読んだ俺の絶叫が教室中に響き渡った。
「ちょっと待って!?どういうこと、これ!?」
「いや、俺が聞きたいですよ!」
俺が必死に叫び、庄司もそれに叫んで返す。
どうでもいいがなぜ庄司は敬語なのだろうか。
その新聞の一面には、一人の少女の写真が堂々と刷られている。
そして、その記事の見出しにはあり得ないようなことが書かれていた。
『我らが高校に期待の変態現る!?女の皮を被った男子生徒!!』
さながら宇宙人やUMAなどを扱う雑誌でよく見るスクープのタイトルである。
しかし、今はそのダサい題名はどうでもよかった。
問題なのは写真の方。顔にこそモザイクをかけているが、他の部分は一切の加工がされていない。
つまり、一目見れば簡単に俺だと分かってしまうのだった。
驚きながら内心で納得する。
朝からの人々の謎の態度はこれが原因なのだろう。
全寮制の高校ともなれば、新聞部の新聞を読む人も多いだろう。
現に新入生である庄司ですら読んでいるのだ。
そうなれば、一面にでかでかと取りあげられた俺は一躍有名人だ。
話題になっているものが気になってしまうのは人間の定。仕方がないことだ。
俺の席の近くで起こった騒ぎを聞き、教室中がざわめく。
「やっぱり新聞の子って・・・」
「でもでも、璃子ちゃん超可愛いじゃん。男なんてありえないよー」
「だよなぁ。でもなんで新聞部は急に璃子ちゃんを?」
「あの新聞が話題になるために捏造したんだろ。それしかありえねえよ」
ごめんなさい、事実です。
しかし、それを今ここで露呈することはできない。
何としてでも隠し通さなければ。
幸い、今の話の流れでは『新聞部が注目を集めるために考えた作り話』ということになっている。
このままいけば、多少疑われることはあっても最悪の事態だけは避けられるだろう。
そう考えながら記事を読んでいると、一つ気になるところがあった。
「これは・・・?」
そこを意識しながらもう一回読み返そうとしたところで、俺より一足遅く寮を出たらしい咲姫が教室に入ってくる。
その手には件の新聞が握られており、走って来たのか息が上がりほのかに汗もかいているようだった。
「り、璃子!これ見て!!」
「もう知ってるってば。全く、何よこれ?」
急ぎ足で俺の元まで歩み寄ってくる先に対し、右手をひらひらと振りながら大丈夫という意を表す。
すると咲姫はムッとした表情を浮かべ、「もうっ!」とだけ言うと自分の机にカバンを置きに行った。
咲姫のことだ。恐らく相当心配してくれたのだろう。
「全く咲姫ってば心配しすぎ・・・ありがと」
その想いは、あえて言葉には出さず胸の内にしまっておくことにする。
改めて新聞を読んでいると、やはり違和感を感じる部分があった。
なぜそう感じるのか分からずに必死に考えを張り巡らせていると、後ろから庄司が呼ぶ声がする。
「でもさぁ、璃子。これってやっぱり抗議しに行った方がいいんじゃないか?」
俺が振り返ると、心配そうな顔をした庄司がそう提案してくる。
確かに、このままでは噂はどんどん広まっていくだろう。
早急に記事の撤回を要求しなければなるまい。
「そうね。今日の放課後にでも新聞部に行くことにするわ」
新聞を庄司から借りたままだったことを思いだし、机の上に置いてあった新聞を縦に丸めて庄司の頭を軽く叩く。
「心配してくれてありがとね」
俺がそう言って新聞を握った手を放すと、庄司は時間差の後に顔を真っ赤にして新聞を受け取り急いで読むようにして顔を隠す。
その仕草はまるで自己紹介の時の羞恥か、はたまた恋をしているようで。
・・・まさか、ね?
いやいや、男が男に惚れるなんて普通はありえないだろう。
少なくとも庄司はそっちの部類の人間ではないはずだ。
でも今の俺って女の子・・・思春期男子は少し優しくされるとすぐ惚れるって本当だったのかよ!!
男に好かれるのは女としては嬉しい。だが、男としては正直気持ちが悪い。
複雑な心境だった。
とりあえず庄司は友達だ。それだけだ。
なんとか強引に自分を納得させ、静かに座って本を読む。
「ハァ・・・」
朝から巻き起こる空気の読めないたくさんの騒動のせいでどっと疲れ、俺はどうしようもなく溜息を吐くしかないのだった。