俺の女な高校デビュー 其のⅣ
話は飛んで次の日。
何をする気力もないまま、夕日を背に受けながら机に額を当てている俺。
「やばい・・・高校の授業すごい・・・」
俺は初の高校生活の疲れからくる倦怠感に負け、最後の授業が終わった今も教室に残り一人疲れを癒すつもりだった。
しかし、クラスメイトが皆帰るまで教室で待機していても、一人だけ帰ろうとしない生徒がいた。
俺の後ろで机と顔を密着させている男子生徒、小坂庄司だ。
なぜ俺はこいつと前後に並んで机に突っ伏していなければならないのか。
こいつと並んで教室に残された時もそう思ったが、その時は疲労のせいかあまり気にならなかった。
だがしかし。今はとてつもなく気になってしまう。
早急に立ち去ろう。そう決意しまだ少し重い体を持ち上げ立ち上がる。
俺が立っても庄司は何の反応もしない。
そんな庄司の姿を見て何を思ったか、俺は椅子を引くふりをして庄司の机にぶつけてみる。
それでも、庄司からの反応は何もなかった。
同じ男子として、こいつが一人でいるのを見ているのはなんとなくつらかった。
俺は中学校時代、比較的友達が多い方だったが全くいなかった時期もある。
庄司の姿を見ていると、昔の自分の影が重なって気にしてしまうということに俺は気づいていなかった。
庄司が机で寝ている姿を尻目に、俺は教室から出ていこうとする。
教室から出る直前、庄司の声が聞こえた気がして足が止まる。
振り向いて庄司の姿を確認するも、庄司は相変わらずずっと同じ姿勢だった。
「あいつ・・・意外と根性あるのな。」
頑として突っ伏しているままの庄司を見ていると、なぜか呆れを通り越して感心してしまう。
しかし、今ここで意地を張っていてもしょうがないだろう。
俺が何かのきっかけになれば。
そんな淡い期待を込め、ポケットからハンカチを取り出す。
ピンク色のふりふりした、女の子だということを前面的に押し出したようなハンカチだった。
「あっ、ハンカチ落ちちゃったー。でも私腰が痛くて拾えないわ。でもまぁ、誰かが拾って届けてくれるでしょ。名前も書いてあるしね。」
その言葉だけを残し、教室から去る。
寮へ帰ろうと長い廊下を歩く。
「全く、この高校の廊下は長すぎるのよ。ちょっと休憩したくなっちゃうわ。」
わざとらしくそう言うと、壁についている手すりに寄り掛かるようにして教室の方を見る。
すると、暫くして教室から一人の人影が出てくるのが見えた。
その人影は、廊下に出ると左右を確認してから俺のいる方向へと真っ直ぐに走ってくる。
それに合わせて、俺も休憩をやめて帰路に就くことにする。
背後から聞こえる足音が少しずつ大きくなる。
そうだ、走れ。
立ち止まってちゃ何も始まらないんだ。
その足音は、俺の背後まで来ると突然消えた。
不思議に思った俺は背後を振り返る。
そこに居たのは、見紛うこともない。
小坂庄司そのものだった。
庄司の息は上がっていて、呼吸をするたびに肩が上下に動く。
廊下とはいえそれなりの距離を走ったのだ。無理もないだろう。
俺は庄司の顔を真っ直ぐに見つめ、庄司が息を整えるのを待った。
こうして目の前に立たれると、改めて庄司の背の高さを実感する。
見るからに筋肉もあるだろうし、俺なんかが体当たりしても跳ね返されるだろう。
跳ね返されるどころか体当たりした部位の骨が砕けてしまうかもしれない。
なんとなく失礼なことを考えていると、庄司はまだ少し荒い息を吐きつつも右手で握りしめたハンカチを俺に差し出してくる。
「こ・・・れ。教室に落ちてたよ。名前が書いてあったし、すぐに届けた方がいいかなって。」「本当?ありがとう!」
俺はそれだけ言うと庄司からハンカチを受け取り、寮へ帰ろうと踵を返す。
それだけでいいのかよ。
確かに庄司は自分から走り出した。
だが、これだけじゃ明日からもまた同じような日々の繰り返しだろう。
チャンスは今だろう。変わるなら今しかないだろう。
俺は歩き出す。
一歩一歩を踏みながら、庄司の言葉を待つ。
庄司が自分から変わろうと思えることを願って。
「・・・待って。」
後ろから蚊の鳴くような声がする。
男のくせに男らしくない声だ。俺が言えることではないが。
俺はその声を聞いて立ち止った。
あえて振り向かず。庄司が何かを言い出すことを待つ。
庄司が何を言い出すのかは全く見当もつかない。
だが、それを全て受け止める覚悟はあった。
庄司は静かに深呼吸をすると、胸の内を晒すように喋りだす。
「・・・知ってると思うけどさ、俺自己紹介の時に変なこと言っちゃったじゃん。」
無言で頷く。それを見た庄司は言葉を続ける。
「俺さ、この高校に知り合いいないんだよ。・・・あえていない所に来たんだけどさ。」
ここまで聞いて俺は大体を理解する。
「この高校に入ってさ、過去はすべて忘れて新しい自分になりたいなって思ったんだよ。」
つまり、こいつも。
「まぁ所謂高校デビューってやつかな。」
新しい人生をスタートさせようとしたのだ。
その後も庄司の話は続く。
「自己紹介の時にここでやるしかないなって思ってさ。張り切って何か言おうとしたんだけど、緊張して・・・やらかしちゃった。」
話をしている庄司の表情は読めない。
だが、その声には後悔のようなものが混じっている気がした。
ここまで話すと緊張も何もなくなるのだろうか。恐らくいつもの調子に近づいてきているのであろう庄司はだんだんと一人で話し始める。
「まぁ見事に失敗しちゃってさ。友達なんてもちろんできないしクラスでも浮いちゃうし結局いつも机とにらめっこしてるんだよ。」
ここまで聞くと、俺は振り返り庄司の顔を見る。
すると、庄司は笑っていた。
今まで見たこともないような笑顔を浮かべていた。
その笑顔は決して崩れず、俺のことを真っ直ぐに見つめている。
「なんで私にそんなことを話すの?」
俺は庄司の顔を見つめ返し、そう尋ねる。
自分でもなぜ庄司にここまでするのか分からない。
だが、その答えは簡単だった。
見た目は女だとしても、男として。
ここまできたらなんとしてでも庄司を立ち直らせたかったのだ。
「う、それは・・・あの・・・」
俺が聞くと、庄司は予想通りの反応をする。
せっかくここまで話したのだから一気に言ってしまえばいいものを。
「何?ハッキリ言ってよ。」
「お、俺と・・・と、と・・・」
強気で迫る俺に押され、尻すぼみになる庄司。
しかし、俺は変わらずに庄司に迫り続けた。
「俺と?」
「と、ととと、友達になってください!!」
庄司の顔は真っ赤に染まっている。
しかし、目を見ればすぐに分かった。
こいつは今、本気で変わろうとしている。
ならば俺が手助けをしないで誰がするというのか。
俺は返事をしないまま庄司に右手を差し出す。
その手には、先ほど庄司が届けてくれたハンカチが握られていた。
「これ、あんたの汗のせいで汚れちゃってるの。洗濯して返してくれる?」
そう言って庄司にハンカチを渡す。
状況が読み込めなかったのか口をあけポカンとしていた庄司だったが、俺の言葉の意味を察したのか、俺の右手からハンカチを抜き取りポケットにねじ込んだ。
「ああ、それは悪いことをしたな。しっかり洗って返させてもらうよ。」
それだけ言うと庄司は、女子寮とは反対側にある男子寮へと帰るべく俺に背を向け歩き出す。
その足取りはどこか軽いように見え、明日からの生活を楽しみにしているようにも見えた。
「まぁ・・・悪い気はしないな。」
俺も寮へ帰るとしよう。
門限の時間まであと少ししかない。