俺の女な高校デビュー 其のⅢ
寮の説明は、とても長かった。
入学式が短かったせいか、どうせ今回も短いだろうと心のどこかで思っていた。
しかし、その期待は見事に裏切られた。
広い寮だったからだろう。
一つ一つの説明が短くても全部終わるまでには相当な時間がかかったのだった。
今俺は、部屋のベッドに横たわり、少し汚れている白い天井を見つめている。
説明が終わり、部屋に来た途端に目に入るのは大きな新品のベッド。
荷物を放り出し飛び込まざるを得ないだろう。
「それにしても広いなぁ・・・」
ふと上半身を起こし部屋中を見渡すと、余りの広さについついそう呟いてしまう。
二人用の部屋と聞いていたので一人一人のスペースはあまり広くないのかと思っていたが、実際に来てみると四人が住んでも窮屈しないのではないかと思ってしまうほどの広さだった。
しかし、広い割に備えつけられているのはベッドと机と物置だけ。
トイレやお風呂、洗濯機などの生活品は共有するらしかった。何とも不便な話である。
荷物の整理が終わると、途端にやることがなくなる。
ベッドに座り、ポケーッとしたアホらしい顔をしていると突然、とても重要なことに気付く。
「そういえば・・・私のルームメイトがまだ来てない・・・?」
少し距離が離れて置いてあるもう一つのベッドの方を見る。
荷物も何もなく、俺以外の人が来た痕跡もない。
十中八九まだこの部屋に来ていないだろう。
何か理由があって来るのが遅れているのだろうか。
まさか俺はこのまま一人部屋になってしまうのだろうか。
突然の不安から、そんな考えが頭をよぎる。
アホっぽい表情を崩さずにベッドに打ち付けるようにして足を振る。
足がベッドを叩くたびにベッドが揺れ、体が跳ねる。
初めは不安を紛らわすためにやっていたが、トランポリンのようなその感覚がだんだんと楽しくなってくる。
アホっぽいのが表情だけでなく頭まで浸食し、ルームメイトのことをほぼ忘れかけたところでドアの開く音が鳴った。
「こんにちはー!星見京花ですよろしく!!」
部屋中に声が響く。
自己紹介をしながらドアを開き入ってきたのは、楽しそうな笑顔を浮かべる女の子だった。
背が高く、少し短めで綺麗な金髪に、活発そうだが可愛い顔をしている。
美人体育会系女子だった。そんな分類があるのか知らないが。
星見京花と名乗った子が入ってきた瞬間、アホっぽい表情がアホっぽいまま固まる。
恐らくこの子には俺がおかしな人に見えるだろう。
部屋に入るとまず初めに見えるのはベッドをトランポリンのようにして遊んでいる女の子。
こんな光景を見ておかしいと思わない方がおかしい。
案の定京花さんはおかしいと思ったらしい。
入って来た時の笑顔は何処へやら。まるで石像のように顔を強張らせてそそくさと荷物を片付け始める。
あぁ、終わったな。俺の寮生活。
俺に背を向け静かにカバンの中の物を整理する京花さんを見て俺はそう察したのだった。
京花さんが荷物を片付け終わるまで、俺はアホっぽい顔のまま固まっていた。
別に動けなかったわけではない。ただ単純に動く気すら起きなかったのだ。
俺が想像していた楽しい寮生活は、俺が座っているこのベッドのせいで始まる前から幕を閉じた。
実際には自分のせい以外の何でもないのだが。
その衝撃は重く、もう俺はダメなんじゃないかとさえ思った。
しかし、京花さんが荷物を片付け終わり、変わらずに俺の方を向こうとせずにベッドに倒れこむと共に俺は我に戻ったのだった。
「「ハァ・・・」」
思わず漏れた溜息が京花さんのそれとぴったり重なる。
ただでさえ気まずい部屋の空気が余計に気まずくなった。
何かを言わなければ。俺の本能がそう叫んでいる。
「あ、あのっ、京花さん!?」
とりあえず話しかけようと、京花さんの名前を呼ぶ。
すると、ベッドに倒れこんでいる京花さんの肩が釣り上げられたマグロの如き勢いで跳ねる。
漫画でよくある『ビクッ』どころではない。『ビィィックゥゥゥゥゥッ!!!』だった。
「な、ななな、なななななななな何かな????」
ベッドから飛び上がる京花さん。マグロからカジキマグロに進化していた。
というかそんなに驚かれると俺の心が折れそうになるのだが。
「え、あの。ごめんなさい。ちょっとお話がしたいなー、とか思って・・・」
言っていてなんだか申し訳ない気分になる。話しかけてごめんなさい。
俺のその気持ちに気付いたのか、それとも何か思う所があったのか。
京花さんは顔を赤くすると否定するように両手を振ってくる。
「ち、ちがうの!ちょっと驚いちゃって!別に喋りたくないとかじゃないから!!」
心なしか語尾が強くなっている。嘘をついているわけではなさそうだった。
振っていた両手で赤らめた顔を隠すように覆うと、しばらくの沈黙の後に京花さんはぽつりぽつりと喋り始めた。
「この部屋に入って来た時に、さ・・・一番初めにあなたが目に映ったのよ。ベッドの上で足を振ってるあなたが。」
やっぱりそうだったのか。お恥ずかしい姿をお見せしました。
「それでさ、ちょっとこう・・・思っちゃったのよね・・・」
ああ、変人だと思ったのね。分かる。
なぜかそこで言葉を止めている京花さんの次に続く台詞を予想し、予想に対する絶対の自信と言われることに対する覚悟を持って静かに待つ。
今回はあまり間が開かずに言葉が続いた。
京花さんの口が動く。
俺は予防接種の直前のような気持ちになり、思わず目を瞑った。
「可愛いな、って。」
「え??」
予想外の台詞に声が漏れるが、聞こえていないのか京花さんは気にせずに話し続ける。
「あたしと違って大人しそうだし、小柄な体であんな無邪気に遊んでる姿を見たら・・・その、つい。」
そこまで言うと京花さんは恥かしそうに笑いながら俺の方を向く。
その笑顔はとても可愛かった。
突然のことに咄嗟に笑い返すと、京花さんは笑顔をそのままに再び顔を赤くする。
「と、とりあえず、これからよろしくね!!あたし、星見京花!」
「う、うん。霧原璃子だよ。よろしく、京花さん!」
「京花でいいよ!その代わりあたしも璃子って呼んでいい?」
「もちろん!」
お互いの名前を確認しあい、差し出された右手に自分の右手を重ね握手する。
とても暖かい手をしている。いつまでも握っていたくなる手だった。
「あのー、璃子―・・・??」
どうやら俺は思ったら実行してしまう人間らしい。
いつの間にか京花の右手を両手でつかみ、握りしめている。
「あと五分―・・・」
京花の表情を確認することはできないが、恐らく困っていることだろう。
それでも気にせずに握りしめる。
すると、突然部屋のドアをノックする音が小さく響いた。
「あ、ちょっとあたし見てくるね。」
ここぞとばかりに逃げる京花。ちくしょう!!
京花が小走りでドアの方へ向かうのを見守りながら、誰が来たのかと小首をかしげる。
京花がドアを開けると、ドアの向こうからは見慣れた顔が姿を現した。
「あ、咲姫じゃん。どうしたの?」
「いえ、外出禁止の時間までまだ結構あるしちょっと喋れるかと思って。」
「全く咲姫は・・・いつもいきなり現れるんだから。」
「悪かったわね。じゃあ帰らせてもらうわ。」
「ちょ、帰れなんて言ってないじゃん!!」
いつものノリで咲姫と言葉を交わす。
ふと京花のことを見ると、突然現れてなにやら会話を始めた先にとても戸惑っていた。
「ほら、咲姫のせいで京花驚いてるじゃん!」
俺が京花のことを指さしながらそう言うと、京花は咲姫の方を向き小さくお辞儀する。
案外礼儀正しい子なんだなー、なんて呑気に観察していると咲姫は京花を見てバツが悪そうに苦笑した。
「ごめんなさい。勝手に来て勝手に喋っちゃっていたわね。私は天宮咲姫。璃子の幼馴染よ。」
「い、いえ!全然構わないですよ!ただ、どうせお喋りするならあたしも混ぜてほしいかなー、なんて・・・あたし、星見京花って言います!」
京花が少し冗談気味に笑いながらそう言うと、咲姫はすぐに満面の笑みを返した。本物の女子の反応速度すげえ。
「当たり前じゃない。璃子の友達は、私の友達よ。三人で話しましょう。」
咲姫は京花の右手を掴み、俺がいるベッドのところまで連れて走ってくる。
ああ、これがガールズトークなんだな。俺はそうしみじみと感じるのだった。
「あ、璃子。ジュース買ってきて。」
雰囲気返せこの野郎。