俺の女な高校デビュー 其のⅡ
教室へと帰るべく廊下を歩く。
俺の通っていた中学校は比較的小さい校舎だったから廊下が短かった。
しかし、高校にもなると校舎が広い。私立高校なだけになお広い。
ホールから教室へと帰るのにも時間がかかるのだった。
そういえば、と不意に廊下でのことを思い出す。
あの時俺に教えてくれたのは誰だったのだろうか。
女の子の声だったから女子生徒だろう。
まさか俺のほかにも男の格好をした女の子なんていないだろう、多分。
少し辺りを見渡してみるが、当然のことながら顔を見ただけでは声は分からなかった。
悶々としながら歩いていると、いつの間にか教室の前を通り過ぎていた。
それに気づくと急いで教室まで戻る。
ちょうど教室に入ろうとしていた咲姫に呆れた顔で見られ、苦笑いを返すことしかできなかった。
自分の席に座ると、教壇の上には例の外人先生が立っていた。
目の前に立っている先生、座っている俺。なぜだか見下されているような気分になる。
ちょうど英文をしっかり訳すことができなかったこともあってか、余計にこの先生に対して気を使ってしまう。
しかし、先生に俺の心情が分かるわけもなく、全員が席に着いたことを確認すると静かに口を開いた。
「ハーイ!こんにちは!!改めて、アビー・クインです!よろしく!!」
開いた口が塞がらない、とはこういうことを言うのだろうか。
あれ?この先生さっき英語で喋ってたよね??
いや、そりゃ教師だし日本語も喋れるだろうけど・・・なんでこんなにペラッペラなのん??
頭の仲がパニックになる。冷静に考えれば当たり前のことなのだろう。
だがしかし、今の俺の頭は考えることをやめている。
先生が続けて何かを言っているが、全く頭の中に入ってこない。
それから俺の頭が正常に仕事を始めたのは、一番端、咲姫の前に座っている男子生徒が立ち上がり何かを喋りだした時だった。
どうやら自己紹介をしているらしい。名前と趣味を簡単に言うと男子生徒は椅子に座った。
少し遅れて拍手が起こり、拍手がやむと続いて咲姫が立ち上がり自己紹介を始める。
話を聞いていなかったが、どうやら一人ずつ順番に自己紹介をしていくらしい。
「天宮咲姫です。趣味は読書ですが、体を動かすことも好きです。よろしくお願いします。」
また拍手。これ手が痛くなるやつだ・・・。
その後もどんどん自己紹介は進み、あっという間に俺の番になる。
椅子から立ち、教室全体を見渡すように後ろを向く。
教室中の視線が自分だけに集まり、心臓がドクンと脈打つ。
小さく深呼吸をして、緊張で上手く動かない舌を必死に動かし言葉を紡ぎだす。
「き、霧原、璃子、です。えと、音楽を、聴くことが好き・・・です。よろしくお願いします。」
やり遂げた。拍手を背中に受けながら椅子へと座る。
座ると同時に体中から力が抜ける。もう今日は帰って寝たい気分だ。
俺が達成感に浸っていると、後ろの男子生徒の自己紹介が始まった。
背が高く、筋肉質なその体から恐らくスポーツマンなのだろう。
大方こいつも名前と得意なスポーツの名前でも言うのだろう。誰しもがそう思っていた。
だがしかし。
「こ、こここ、小坂、しししし庄司です!女の子大好きですよろしく!!!」
予想の斜め上どころか斜め下だった。
空気が重くなる。
前半は緊張して噛みまくり、後半は一口に言いきった。
別にそれは構わない。誰だって緊張はするだろう。
だが。
好きなものが女の子というのはどうなのだろうか。
そりゃあ男子たる者女の子が大好きなのは当たり前だが、それを堂々と言い張ってしまうとそれはそれで問題がある気がする。
後ろを振り向くと、どうやら庄司とやらもそれに気が付いたらしい。
顔を耳まで真っ赤に染め、机に突っ伏してしまった。
その後も、自己紹介は続く。
どうやらほとんどの人が下手なことを言うまいと思ったらしく、無難に好きな食べものなど簡単なものを言っている。
未だに机に突っ伏している庄司を見て、俺はなんとも言えない気分になるのを感じた。
全員の自己紹介が終わると、教室の隅で聞いていたアビー先生がまた教壇に上がり手を叩く。
「ハーイ、皆さんお疲れ様でしたー!では、先ほど説明した通りこれから寮へ行きますよー。並ぶ必要はないので、それぞれついて来てくださいー!」
そう言って教室を出る先生に続いて、生徒たちがぞろぞろと教室から出ていく。
俺、そんな話聞いてないんだけど。
状況が呑み込めずに椅子に座ったまま固まっていると、案の定咲姫が近づいて来てくれる。
「ごめん、咲姫。どういうこと?」
「あんたねぇ・・・先生が言ってたじゃない。今日は寮の説明があるからこれで終わり。今から寮に言って説明を聞くのよ。」
そこまで言うと咲姫は、「じゃあ先行くね」とだけ言って行ってしまった。
急いで咲姫を追いかける俺は、後ろで一人突っ伏している庄司のことなど微塵も覚えていなかった。