第二話 激突! 野外レース!?
川原でマイクロカーを走らせる少年達。それを遠巻きにしながらリフティングをする颯。たまに合図をしては、走る彼らの薀蓄を聞かされていた。
暫く皆がチューンナップに夢中になっていると、彼は暇を持て余しリフティングを始めだす。そんなおり、ボールがつま先で跳ね、それてしまう。
「あっと……」
颯はボールを拾いに行くと、その先に背の高い学ラン姿の子と短パン半そでの子が一人。
一人は相模原第一中学校の生徒で、もう一人はその弟だろう。二人ともちょっとがっしりしていて、ややたらこ唇に低い鼻。とてもよく似た兄弟だ。
「あ、すみません……」
相手が年長であることもあり、丁寧に言う颯。しかし、中学生のほうがボールを拾い上げると、そのまま川原へと投げる。
「おい、なにしやがんだ!」
颯はその乱暴な振る舞いに思わず声を荒げる。
「ここはサッカー禁止だぞ。だよな、にいちゃん!」
「ああ、そうだな」
川原の上にある看板には、しっかりとサッカー野球を禁止する書き込みがある。
「なんだよ、だからって投げる必要ないだろ!」
颯は流れるボールを追って走り出す。
橋のたもとでつりをしていたおじいさんにタモを借り、半ズボンを捲って川へと入る颯。
なんとか掬い上げたので、ひとまずお礼を言って川上へと走る。
すると、先ほどの中学生達と小豆たちが何かを話しているのが見えた。
弟のほうが小豆を突き飛ばしたのが見え、それに声を荒げる少年達。そして中学生のほうがそれを宥めるように両手を広げると、マイクロカーらしきものを見せて何かを言う。そして、皆が頷いた。
「おーい、どうしたんだ?」
ようやく追いついた颯は、もくもくとマイクロカーを弄る満に声をかける。
「ああ。アイツらと俺らで勝負することになった」
「ふうん、なんで?」
「ここを賭けての勝負なんだ。俺らが勝ったら今までどおり。あいつらが勝ったら俺たちはここから出て行く」
「いやいやいや、なんでだよ。ここは市の土地だろうが……」
「知るかよ。つか、あんな乱暴な奴らに負けてたまるかっての。悪いけど、颯の相手をしてる暇ないんだ。これは男と男の意地を賭けた勝負なんだ」
「あ~……そう……」
なんだかよくわからないうちにそうなっていたことに、さっきからずっと仲間はずれな颯は、彼らを一歩はなれて見守ることにした……。
**
整備を終えた少年達と乱暴な兄弟。その手にはマイクロカーを持っており、両陣営睨み合う。
「それじゃあ勝負だ。合図は……そうだな、そこのサッカー野郎がやれ」
「え? 俺?」
一人その中からあぶれていた颯は、関わりたくないと思いつつ、仕方なしに応じる。
「じゃあ、ゴールはさっきと一緒で、橋のたもとな。それじゃ、パワーオン……」
「違う! もっと真剣になるんだ!」
颯のやる気を見せない掛け声に中学生のほうが声を上げる。さらに小豆や満も彼を見る。
「颯君、真剣にお願い」
「あ、ああ、わかったよ。……コホン……それではパワーオン!」
破れかぶれに声を上げる颯。
次の瞬間、各マイクロカーが咆哮を上げる!!
モーターが走り、シャフトが軋み、唸る!!
中学生のマイクロカーは黒光りするもので、背びれのようなものが見えた。おそらく第二世代機だろう。前方が鋭くなっており、側面には牙のようなギザギザな模様が描かれていた。
弟のほうは茶色のマシンで、バナナのシールが張ってあった。こちらは第一世代のアニマルカバーだろう。不思議と前方部分が大きく見えた。
二つのマイクロカーは低いモーター音を上げており、タイヤのブレが小豆のブルーギルよりも小さく見えた。
「ゴー!!」
颯の声に、五つのマイクロカーが走り出す。
そして、一瞬遅れてから二人のマイクロカーが追う。
「へへん! 俺のゼブラカバーは初速重視! つうか、お前らスタートがヘタクソすぎないか!」
スタートと同時に先頭に踊り出た木下直弥のゼブラカバー。比較的平たんな道を選んでのスタートダッシュが成せた技だ。
「おらおら、俺のゴリラカバーは負けてねーぞ!」
道を選ばない義明のゴリラカバーは、悪路で跳ねながらも安定した走りを見せる。
「公式最弱の鈍足ゴリラが何に負けてないんだ!?」
「最弱じゃねーっつうの! ブービーだ!」
それを追う満のスペイサーは第一世代リアルカバー。F1をモデルにしているもので、平坦な道を滑走する。
「こんな悪路じゃリアルカバーは不利ですよ?」
それを追うのが小笠原昇のライオンカバー。初速は遅いが、ゴリラカバーなみに悪路に強く、満のスペイサーを追う。
「たいしたことないな第二世代! このままドンケツか?」
一人遅れる小豆のブルーギルカバーにちゃちゃが飛ぶ。
「僕のブルーギルカバーは悪路を抜けてからが本命なんです!」
負けじとそれを追う小豆のブルーギルカバー。
さらに後方にスタートダッシュで遅れた第二世代機とモンキーカバー。
このまま満たちの圧勝かと思いきや、既に彼らの思惑は動き始めていた。
「どうしたんだい? 兄さん達、俺ら一人に負けてもここを出て行くんだよ? 大口叩いておいて俺たち全員に負けるつもりかい?」
開始十メートル、それほど差がつかないマイクロレース。昇の挑発的な物言いに、兄がにやりと笑い、弟がそれに頷く。
最初の難関である小石、草むらの茂る場所にたどり着いた一団。
義明のゴリラカバーは相変わらずのスペックを誇り、直弥のゼブラカバーに迫る。
「くそ、ゴリラのくせにでしゃばるな!」
ゼブラカバーはコーナリングに強いマイクロカーであり、コースを軽やかに走ること以外は苦手である。そのため、だんだんと順位を下げていき、石に躓いて大きく道をそれる。
「ああ、俺のゼブラカバーが!」
復帰可能の野外レースでは、いち早くコースに戻すことが常識。直弥は急いでマイクロカーを拾い、コースに戻そうとした。
そして、再走しはじめたやさき……、
「ああ!! なにすんだこの猿カバー!」
背後からモンキーカバーが現れると、思い切り弾き飛ばされて草むらに突っ込む。
「へへん、そんなところでぼさっとしてるのが悪いんだよ!」
弟のほうは悪びれもせずに言うと、さっさと行ってしまう。
「ああ、俺のゼブラカバー!」
草むらで丈の長い草がタイヤ近くに巻きついた直弥のマイクロカー。タイヤが回転せず、しばらくして白い煙が上がる。
「うわ、熱い!」
電源を落とすも、回転が止まったことで電熱線のようになったモーターの熱さで手放してしまう。
復帰可能な野外ルールであってもモーターが焼きついては走れそうになく、直弥はリタイアした……。
**
「おい、あんなのありかよ!?」
背後の出来事に驚く疾風は前に出始めた満に声をかける。
「ああ、野外ルールの場合、不慮の事故でマイクロカーがぶつかることもあるからな。ただ、あいつのモンキーカバー、特殊な改造がしてある。バトル仕様か?」
「バトル仕様?」
聞きなれない言葉ばかりの颯は再び首を傾げると、遅れてきた小豆が口を挟む。
「バトル仕様っていうのは、野外レースやリアルコースの場合に、他人のマシンをクラッシュして失格にさせようとする改造を施したものさ。ここらへんでは聞かないけど、東京のほうでは居るみたいだよ」
「へぇ……」
息を切らしながら説明してくれる小豆に感心する颯。たかがマイクロカーごときとおもいつつ、彼らの行為に少なからず反感を抱き始めた。
「だが、サルごときがライオンを狩れると思うなよ!」
モンキーカバーに追われる位置となった昇のライオンカバー。
悪路から平坦な場所にでるにしたがって、モンキーカバーが肉迫し始め、最初の攻撃に出る!!
「くらえ!」
横から追突するモンキーカバー。前面にウェイトを積んでいるらしく、ライオンカバーは一瞬ぶれる。しかし、ゼブラのように弾かれることはなく、少しぐらついた程度で走り去る。
「どうだ! 次はこっちの番だ!」
コースをそれたことで復帰させる昇は、走り行くモンキーカバーに向けてライオンカバーを発進させる。
「直弥の仇だ!」
突撃するライオンカバー。その様はさながら獲物に牙を振るう獅子のごとく。
「そうはいかねえ! 飛べ! おいらのモンキーカバーテック・孫悟空!」
偶然あった小石をジャンプ台にひらりと飛ぶモンキーカバー。ライオンカバーは若干スピードが足りないせいか、飛ぶことができずにかわされる。
「ぐ、だが、次は!」
平坦な場所に着地したモンキーカバーにジャンプ台はしばらくない。これなら敵討ちができると、コース復帰させようとする昇。しかし、そのわき腹を突くように黒い影が走る。
「うわあ! なんだあ!!」
黒い影、それは兄の第二世代機。鋭く尖ったフロントカバーは、軽量化のために薄く削られていたライオンカバーの脇をベキリとへこませる。
「俺のライオンカバーが!」
「おいおい、お前が勝手に俺のコースに入ってきたんだぞ? ま、ご愁傷様ってことだ!」
走り去る兄の第二世代機は、平坦な道に出て一気に加速していった。
残るのはシャフトが露出したライオンカバーを持って佇む昇だけ……。
**
「なんで昇は復帰しないんだ?」
「フロントカバーの破損は耐久レース以外、失格なんだ。とくにシャフト、モーター電池が見える場合、耐久でもルールによってはアウトになる」
「あ、そう」
聞いておいてそんなに興味が無かったことを思い出し、颯は適当に相槌を返す。
「つか、やばくねえか? 満も追いつかれるぞ!?」
ふと後ろを見ると、満のスペイサーに孫悟空と第二世代機が近づいていた。
マシンをはさむようにして併走する兄弟のマイクロカー。
「くっ! くそ、離れろ!」
なんとか離したい満だが、スペイサーは悪路に弱く、スピードが出ない。
「リアルカバーなんて公式で雑魚って言われてる骨董品だろうが! ざまあねえな!」
弟がげらげらと笑い、兄はフンと鼻で笑う。
「く、スペイサーは公式野外試合でも結果を残した優良マイクロカーだ! なめんな!」
「それはあくまでも改造機だろう? スペイサーテック・HAYAKAWA。早川さんだから成せた偉業。未改造のお前のスペイサーじゃ、俺の第二世代機、シャークカバーテック・ダガージョーの餌食だぜ!」
小石、草にタイヤが空回転させられたスペイサー。その瞬間、先を走っていた孫悟空に進路を防がれ、抱えられるように併走しだす。そして、小石で一瞬跳ねたとき、車体がぐらつき、そこへダガージョーが突っ込み、そのまま弾く。
「あ! 俺のスペイサー!」
車体が低く、平べったいスペイサーは追突での破損こそないものの、大きくコースをそれ、比較的大きな石に激突する。
そして飛び散るフロントカバーの破片。線上の形状はひしゃげ、耐えられなくなった部分が大きく剥げていた。
「がっはっはっは! 骨董品からガラクタになっちまったな!?」
弟の笑い声に、満は下唇を噛んでいた……。
**
「やべーな。残るはお前とゴリラか……」
ゴリラカバーの義明は、その悪路での順応性をみせ、二人からの攻撃を受けずに済んでいた。しかし、悪路ゆえにスピードが殺されてしまい、いつの間にか最下位になっていた。
「実質、小豆だけ?」
「うん……」
「何か勝算みたいなのあんのか? ほら、おまえも何かバトルなんとかを積んでるとか?」
「ない」
「あら……。じゃあ、どうすんだよ」
「マイクロカーはセッティングが命。セッティングができていなければ、なん世代であろうと関係ない。さっきの勝負だってギアを考えて積んでいたから勝てたようなもんだしね。それに……」
ちらりと後ろを見る小豆。数メートル後ろに居る二人だが、だんだんと近づいてきている。悪路での走行では部が悪いらしい。
「捕まらなけらば、バトル仕様も怖くない!!」
残り十五メートル。橋のたもとのおじいさんが見えてきたところで、先ほどのレース結果を思い出す颯。残り十メートルの平坦な道での爆走加速。
ギュビィィィィイイイインンンン!!!!
さきほどよろしくモーター音が変わる。
「よっしゃー、このままいっきにぶっちぎれ!」
颯はこれで勝負がついたろうと思い、一足先に橋のたもとを目指す。
しかし、背後では……っ!!
彼らのマイクロカーも平坦な十メートルに入ると同時にモーター音が変わる!!
「そうはいくか! 追い上げろ、ダガージョー!!」
ジュギュアアアアアアァアアアアンンン!!
低い唸りと俊足加速! 獲物を狙ったサメがごとく、すいすいと走り行く!!
「アニマルカバーは第二世代に負けない最速仕様だ! 行け、孫悟空!」
バシュアアアアアアンンン!!
こちらは大きな音を立てて砂煙を乱暴に上げる。スピード重視の第一世代アニマルカバー、傍若無人にどんどん加速し、追い上げてくる。
ややダガージョーのほうが早いらしいが、孫悟空も負けていない。
先ほどのゴリラカバーとのレースとは逆で、五メートルといわず背後に着く。
「な、まさか!」
「さすが第二世代シーカバーのテック! ギアチェンジだけじゃ勝てない!?」
「わかってるじゃないか! てめーのブルーギルはせいぜい小魚、おとなしく8の字コースをちまちま泳いでいればいいんだよ!」
あと三メートルというところで完全に抜かれるブルーギル。一瞬ダガージョーが前に出てきて、その進路を強引に変えていく。
「あっ!」
「がっはっはっは! 孫悟空さまの前を行く不届きモノはどれだ!」
そこへ追い上げてきた孫悟空が接触する。
互いにスピードが乗っており、方向も近いせいか、強く弾き飛ばされることはなかった。しかし、ブルーギルはそのまま川へと向かい……!
「僕のブルーギルカバーが!」
「任せろ!」
一瞬早く気付いた颯が飛びつき、拾い上げる。しかし、勢いあまって上半身前のめり。せめてマイクロカーだけでもと、股の下から小豆に向かって投げる。しかし、その反動で……、
「あわわわわ!」
小豆のマイクロカーを死守したものの、颯はそのまま川へぼちゃん。今日二度目の川中行脚は、全身びしょ濡れ、前髪ぺたぺたのみすぼらしいものとなった……。
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レース結果
一位 長谷部 大吾:シャークカバーテック・ダガージョー
二位 長谷部 悟 :モンキーカバーテック・孫悟空
三位 安堂 義明:ゴリラカバー
失格
小滝 守 :ブルーギルカバー(レース最中に第三者の手に触れてのコース復帰)
皆木 満 :スペイサーカバー(フロントカバー破損による電池の露出)
小笠原 昇 :ライオンカバー(フロントカバー破損による電池の露出)
木下 直弥:ゼブラカバー(タイヤシャフトに蔦が絡み走行不能)
勝負の結果、立ち退きを余儀なくされた五人のマイクロレーサーは、破損したマイクロカーを手に、とぼとぼと帰っていった……。
「ちっくしょう! なんなんだよアイツラ! つか、中学生のくせに小学生にケンカふっかけやがって! ほんと腹立つわ~!」
颯は帰り道が一緒な小豆に愚痴を零していた。
「しょうがないよ。僕らも勝負を受けたんだし……」
「でもよう。川原はアイツラのもんじゃねんだし、なんで俺たちが使っちゃいけないんだよ! 俺は断固抗議するね!」
「あはは……。でも、そういえば颯君は勝負受けてないもんね。別にいいかもよ?」
「ん~、ま、サッカーは最初から禁止だし、アイツらを見ながら一人でいる気にもなれないし……。それに、なんつうかすげー悔しいし!」
「うん……。そうだね……」
マイクロカーの無事を安心する小豆だが、やはり敗北が応えたらしく、消沈したまま。
「今日はありがとうね。おかげで僕のブルーギル、川に落ちなくてすんだよ」
「あ? ああ……。まあ、そうだな。それに、マイクロカーなら曲松のコース使えばいいし、なにもあんな悪路でやらなくてもいいじゃん」
「うん。そうなんだけど……、今度の……」
曲松の近くにたどり着き、颯のリフティングが止まる。
「ほらほら、ちょっと走らせて来いよ!」
颯は小豆を元気付けようと、小学生の溢れるコースへと引っ張っていった……。