第一話 爆走! マイクロレーサー!?
相模原市、田園町に構えるおもちゃ屋、「曲松」には子供達で賑わっていた。
店内にはカードゲームや通信系ゲームのスペースが設けられ、トレード希望、対戦希望、公式大会など様々な募集ポスターが貼られている。客の大半は子供達だが、中には高校生大学生、休日となると社会人までやってくるほどだ。
十数年前まではモデラー向けのコアなプラモデルやミヤタ製の塗料を広く販売していたが、昨今はカード、ゲーム(PCゲーム)、駄菓子など広く手がけるようになった。
そして、最近一番力をいれているのがマイクロレーサー。
マイクロレーサーとは、単三電池二つで走る小さなレーシングカー。日本のプラモデルメーカー、ミヤタが作ったものだ。
機体をマイクロカーと呼び、マイカー、ミニF(関東)、マイク(関西、特に大阪)と略される。プレイヤーをマイクロレーサーと呼び、マクレーサー(関東)、マクレー(関西、特に大阪)、マーサ(ごく少数)と呼ぶ。
改造が簡単で小学生から大人まで楽しめるもので、おもちゃ屋レベルから日本全国規模の大会もあるほど。
曲松でも店の前のスペースに特設のコースが設置されており、小中学生がマイクロカーを走らせていた。
「よっほっ、とっ……」
サッカーボールを膝に、靴先に、おでこにと器用にリフティングをしながら道を行く少年がいた。
寝坊の常習と、うつ伏せ寝のせいで前髪がいつも上に跳ね上がっている独特なヘアスタイル。ちょっぴり垂れ目と気の強そうな眉。頬と鼻の頭に絆創膏がトレードマークな彼は、迅雷颯相模原第一小学校、五年生だ。
「おっと!」
おでこをそれたボールが低い鼻をバウンドして、わきにそれる。
ボールは曲松の特設コースのほうへと転がっていき、気付いた小学生の一人が拾う。
「お、悪い悪い。ありがとう」
「うん」
颯は頭を掻きながらボールを受け取り、軽く頭を下げる。
ふと、彼の持っているものに目が行き、そのごてごてしたパーツに目を見張る。
「うわ~、すげーな。これ全部マイクロなんちょかか……」
「うん。僕の自慢のパンサーカバーだよ」
低学年と思しき男の子は、黒い流線型のボディのマイクロカーを手に、誇らしげに笑う。
第一世代は動物を模したアニマルカバーシリーズと、F1を基にしたリアルカバーシリーズがある。今、少年が手にしているマイクロカー、パンサーカバーは、第一世代と呼ばれるカバーだ。
マイクロカーの造りはアンダーカバーとフロントカバーに分かれている。
アンダーカバーは電池とモーター、シャフトなど、動体部分を支える屋台骨。同じシリーズならフロントカバーの互換が可能である。
フロントカバーは、それを守るように被せるもので、マイクロカーごとにデザインが変わり、追加パーツの接続部も異なる。そのため、フロントカバーの形状もマイクロカーの重要な要素となっている。
特にスピード重視のデザインが多いアニマルカバーは、リアルカバーに比べてコーナリングが弱く、コーナリング用のパーツを追加しないと8の字のコースを一周することも難しい。
「へぇ……。いつの間にかこんなに……」
「君はミニFしないの?」
「ん? ああ……」
颯は少年の問いかけにふと昔を思い出す。
お小遣いを貯めて買った初めてのマイクロカー。それは第一世代最速と呼ばれたチーターカバー。第二世代が発売され始めた最近でも、それは覆されておらず、一方で扱いが難しいとされるカバーだ。
喜び勇んで曲松のレースに参加した颯だが、その速度ゆえにコーナーを曲がりきることなく外に飛び出し、フロントカバーを破損させた。
ルールではコースアウトでの破損は即失格であり、颯の初レースは開始十五秒で終了した。その後は押入れのどこかにしまいこみ、最近はずっと見かけない。
「俺はほら、ボールが友達だから……」
鼻を掻きながら昔のことを誤魔化す颯。対し少年は複雑な表情になる。
「……君、友達いないんだ……。かわいそう」
すっかり颯の言葉を信じたらしく、同情の眼差しを投げてくる少年。
「いやいや、もののたとえだってばさ……。ま、いいや。そんじゃな」
颯はそう言うと、サッカーボールをバスケットボールのようにドリブルさせて走っていいった……。
それと行き違いで曲松のドアが開き、三つ編みお下げの女の子が顔を出す。
「あれ? さっき颯の声が聞こえたような……」
「あ、お姉さん、ちょっといい?」
彼女に気付いた少年はカバー片手に走りよる。その際、他の子のパーツ入れを蹴っ飛ばしてしまい、散らかしてしまう。
「おい、お前、ふざけんなよ!」
「あらあら、大変……」
少年と女の子、それにパーツをばら撒かれた子は、急いで拾い集めていた……。
**
颯がいつもの遊び場である杉流し川へとやってくると、先に来ていたクラスメート何かに群がっていた。
「おーい、なにやってんだ~」
何に群がっているのか気になった颯は、ボール片手に駆け出していく。
「お~すげー!」
「これが噂の第二世代……」
「これってギア積載があがるんでしょ? それって本当にすごいの?」
「おい、なんの話しだよ~」
人ごみかき分けようとするも、少年達のスクラムは強く、颯だけ話題の中心に入れずじまい。
「あ、ゴメン、颯……。来てたんだ」
そんなおり、ようやく少年の一人、皆木満が気付いて振り返る。
「おう。早くサッカーしようぜ?」
ボールをぽんぽんと蹴る颯だが、他の少年達はそれに夢中らしい。
「どうしたんだ?」
「うん、小豆がさ、ミニFの第二世代のセッティングしたんだってさ。それで、見せてもらってたんだ」
「ミニF? お前らそんなミニカーもどきで遊んで楽しいか? 子供じゃないんだから」
半眼、鼻で笑う颯に、満は胸を張って言い返す。
「僕らはまだ小学五年生の十分子供。ていうか、颯ぐらいじゃないの? ミニFやってないの」
「俺はいいんだよ。それより今日はサッカーやる約束だろ? ほらほら、ミニFは後回し。いつでもできるから……」
颯はリフティングをしながら明るい声で言うが、それでも人垣は崩れない。
新品、最新機種、新しいおもちゃ。その響きが、少年達の心を捉えて離さないのだ。
「おい、ちょっと走らせてみようぜ? 俺、ミニFとって来る」
「んじゃ俺も……」
「実はもってきてたりして……」
いつの間にかサッカーからマイクロレースへと移行しだす今日のお遊びの予定。
「おいおい、サッカーは!?」
颯は一人仲間に加われず、不機嫌そうな声を上げる。
「明日学校でやればいいじゃん」
何とか話を戻そうとする颯だが、皆一斉にその場を駆け出すのは止められない。自転車に跨り一人、また一人と家へと帰ってしまう。
「ゴメン、颯、俺も取りに行くから」
満も颯に手を振ると、そのまま自転車へと走る。残されたのは颯と小豆(小池守)、用意していた安堂義明の三人だけだった。
「おいおい小豆、そりゃないぜ……」
「あ、颯君。ゴメンね。出来上がったからさ、嬉しくなってつい……」
小豆の手にはブルーメタル輝くマイクロカーがあった。
ブルーギルカバー。流線型のフォルムに背びれと尾びれのついているそれには見覚えがあった。
マイクロレーサー第二世代機のイメージは「海の生き物」と「剣」のデザインだと、少年誌や曲松のポスターで見た。
小豆の持つそれはシーカバーといわれる水棲生物のシリーズだ。
モーター部分が盛り上がっており、これまで積載できなかったギアが使用可能となった。それはコーナリングでスピードが落ちにくいというメリットを得られる。ただし、ギア部分を隠す分だけカバーが盛り上がり、ギアを積む分だけ重くなるというデメリットもある。
「……というわけなんだ。マイクロカーはどこまで軽くできるかでスピードが変わるからね。でも、僕はこういう冒険的なデザインがカッコイイと思うんだ。第一世代の動物的なものは子供っぽいっていうか……」
「はいはい……」
自分の趣味となると饒舌になる小豆のおたくっぽい解説に、颯はそっぽを向きながらリフティングをしていた。
「んじゃさ、アイツラが来る前に一度走らせてみようぜ」
義明は第一世代であるゴリラカバーを手にしていた。
「うん。野外ルールでいいよね。それじゃあ颯君、合図してくれる?」
「え? 俺? 俺、知らないんだけど……」
「僕らが位置についたら、パワーオン、ゴーって言ってくれればいいんだよ。それじゃあお願いね」
そう言うと小豆は颯に構わず義明と一緒にマイクロカーを構える。
「ったく、なんで俺が……パワーオン……」
とりあえず言われたとおりにする颯だが、なれていないせいか、恥ずかしさで小声になる。
「颯君、もっと気合入れて!」
すると小豆からダメだしが飛んでくる。義明もそれにうんうんと頷いているのがイラつかせる。
「パワーオン!」
やけくそ気味に叫ぶと、二人はマイクロカーの電源を入れる。
次の瞬間、マイクロカーが咆哮を上げる!!
モーターが走り、シャフトが軋み、唸る!!
ジャー……ギギギギュゥゥウウウウン!!
義明のマイクロカーは整備が悪いせいか、音が悪く、タイヤが停止時に比べて一回り大きく見える。シャフトが磨耗してぶれているのと、留め具の整備不良なのだろうと感じた。
シュギュー……ギュギュギュウウゥゥゥ……!!
対し、小豆のマイクロカーは音が静かで、ブレが少ないように見えた。
「ゴー!!」
そんな違いを見ながら、颯は声を上げた!!
次の瞬間、二体のマイクロカーが川原を走り出す!!
それを追いかけ、小豆、義明も走り出し、つられて颯も走り出す!!
「おいおい、俺たちも走る必要あるの!?」
「僕達もいかないと誰が止めるのさ!?」
言われて納得する颯だが、一方でマイクロカーのスピードに驚く。
悪路であるせいか、マイクロカーは石や草に手間取るが、平な場所にでるとぐんぐんスピードを上げていくのだ。
「すげー、はえーな」
「うん、シニアスピーディアモーターなら最高60キロを出せるからね! 僕達はフレッシュマンスピーディアモーターだからせいぜい30キロだけど」
息を切らせながら叫ぶ小豆に、いつもと違う雰囲気を感じる颯。
「(こいつ絶対ハンドルもつと性格変わるタイプだな……)なあ、どこがゴールなんだ?」
「それじゃ橋のたもとでどうかな?」
「ああ、いいぜ!」
橋のたもとまで目視四十メートル。颯は(そんな距離を走るんだ)と思いながら、一応ジャッジであるからと、二人より前に出る。
週末になると釣り人が訪れる杉流し川は、ある程度整備されている。それでもときおり砂利にマイクロカーのタイヤが滑り、その都度二人は方向転換を行う。
マイクロレースにおける野外ルールでは、特にコースが設定されていない場合、コースアウトの際、マイクロレーサー当人による即時復帰が可能となっている。もちろん、復帰させるにあたってのロスがある。
小豆はコースに戻す際、かならず平たんな道を選ぶ分だけ遅れる。対し、義明はコースアウト即復帰させ、復帰ロスが少ない。
平坦な道では小豆のブルーギルが勝り、復帰ロスの分だけ義明が勝る。そのせいか、中腹あたりでの差は、小豆がややリードするよい勝負に見えた。
「さすがだね、義明君。川原でのレースになれている!」
「がっはっは、当然だ! 俺のゴリラカバーは悪路に強いことが売りなんだかんな~! FJA(フロントジャンプアブソーバー、着地の際に衝撃を吸収する構造)は伊達じゃないぜ!」
「???」
まったく話についていけない颯は首を傾げながら聞き流す。
小石にジャンプしながらも、スピードをそれほど落とさない義明のマイクロカー。
ゴリラカバーは第一世代では珍しく特殊なカバー。キャッチフレーズが「野外でも走れる」である。
アンダーカバー自体が特殊であり、車高が低く、さらに衝撃吸収ようのバネを内臓している。結果、ジャンプしたときにそれほどバウンドせず、さらに悪路でも地面に吸い付くようにして走ることができるのだ!!
「どうだ、俺のゴリラカバーは! 公式試合じゃ弱いけど、悪路では敵なしだぜ!」
ごろりとした石にジャンプさせられ、着地後も跳ねてしまう小豆のブルーギルカバーは、その分だけロスが発生する。
義明のゴリラカバーは着地後のバウンドが無く、直ぐにトップスピードに戻る。
残り十メートルというところで差が出始めたマイクロレース。颯は勝負ありなんだろうなと思い、橋のたもと目指して急ぐ。
「勝負あったな! 小豆! 第二世代も大したことないぜ!」
ギュビィィィィイイイインンンン!!!!
小石を弾き飛ばしながら、爆走しだす小豆のブルーギルカバー!
背後を爆走し始めるそれに、義明は目を見張る。
「……後半、十メートル、足の長い草はない。この程度の路面なら、スピードが勝負を決める! ギア比7:6:4が生み出す平均加速はNGAG(ネオジェネシスアベレージギア、通称ネギ)と呼ばれる新世代比率!! 第二世代の過積載ギアだから可能となったチューンナップさ!!」
唐突な小豆の解説に、颯は思わず振り返る。何を言っているのかさっぱりわからないが、義明の驚愕の表情にそれなりにすごいことなんだろうと頷く他に無い。
野外の悪路に限らず、コースは常に気温や湿度、走行による磨耗で歪みがある。また、マイクロカー自体も小さい故に精密さに限界があり、走行中の振動は想像以上に大きい。
高積載ギアのメリットは、振動によるギアの衝撃を分散させ、モーターへの負担を減らし、結果スピードをより安定させることができるのだ!!
……一方で、ギアが複数になることでのモーター負荷も増えるため、一長一短と言える仕様でもある。
三十メートルを越えたところで一メートル近く差のついた二人のマイクロカー。しかし、道が平たんになりだした途端、一気に加速するブルーギルカバー。
「な、なんだと!!」
先を走っていた義明は、もうあと少しで自分の勝利なのにと、焦りを見せる。
「くそ、あと少しだ、がんばれ、俺のゴリラカバー!」
叫ぶ義明だが、悪路を抜けたところでは当人も認める「公式試合で弱い」という特徴が出てしまい、その差が詰まりだす。
五メートル、三十センチ……、四メートル、十センチ……、三メートル、十センチメートル差が付き、二メートル、三十センチ差が開き……。
「えと、ゴール? 小豆の勝ちだ」
一足先に橋のたもとで待っていた颯はブルーギルカバーとゴリラカバーを拾い上げ、やってきた小豆に勝利を言い渡す。
「はぁはぁ、ありがとう……」
息を切らせながらやってきた二人にそれぞれマイクロカーを渡す。
「なんかすごいな……」
「うん。どう? 颯君もマイクロカーの魅力わかってくれた?」
「ああ、すごすぎてついていけないというか……」
走るだけならともかく、その時々に自分のマイクロカーの特徴を叫ばないといけないとなると、普通の短距離走よりずっと過酷に思えた。
ついでに思い出したのは、去年は徒競走でドベだった小豆が、今年はやけに早くなっていたこと。おそらくマイクロカーが理由だったのだろう。
「おーい、颯~! 小豆~」
そんなこんなで満達が戻ってきた。彼らの手には各種マイクロカーが握られており、さらに半透明のボックスを持っていた。
「なんだかな~」
颯はとりあえずサッカーどころでないと思った……。