四
――
僕はここで幸せになる夢を見ている
君を幸せにする夢を見ている
そんなこと決してありえないから
人形の君を僕が幸せと感じられる形に捻じ曲げて
小さく小さくして戸棚の奥の大切な小箱にしまっておこう
――
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
走っている間中、僕はひたすら謝り続けていた。
それしか言葉がなかった。
彼女はワケが分からないといった顔で僕を見ている。
ごめん、ごめんなさい。
視界の先に見覚えのある風景が見えてくる。次第に速度が落ち、視界の揺れも緩やかになっていく。
夢で見たあの場所だ。やはり、僕はこの場所を知っていた。この場所に来たことがあったんだ。
僕は一本の木の根元に跪き、地面に指を立てた。そのまま土を掘り起こす。ただ一心不乱に。
爪がはげ、指先に血が滲んでも、手を止めなかった。
ここが終着点。僕の、全ての、始まりで、終わりの場所。僕と彼女が最後に訪ねた場所。そして、彼女が最後に見た風景。
ガサッと指がビニル袋に触れる音がした。僕は震える手で土の中からビニルを掘り出す。中に入っていたのは、見覚えのあるネクタイと、茶色の錆がついた鋸だった。
「あぁ……」
僕の目から止め処なく涙が溢れ雨と一緒に地面へ落ちる。
「す、ぐる……」
「ミキ、愛してるよ」
「すぐ……」
「ずっと一緒だから」
彼女の細い首にかかったネクタイに力を込める。彼女は少しだけ抵抗し、やがて力なく僕にもたれかかってきた。
まるで映画を見るかのように映像が頭の中に流れていく。
次のシーンには鋸を手にした僕がいる。
そして、気がつけば彼女は首だけになっていた。
首だけの彼女が「ずっと一緒だから」とにっこり笑う。僕は至福の喜びを感じながら彼女の首を持ち帰った。
そんなわけがないのに――僕の映画の中で彼女は僕を恨んでいなかった。僕と一緒に喜んでくれていた。だから、僕はいつも罪の意識に苛まれた。
彼女を見るたびに苦しくて仕方なかった。
この絶望から、現実から、逃れられるのなら、いっそ気が触れたいと願ったんだ。
でも、それも終わり。
僕一人だけの映画の幕は下りてしまった。
「ミキ……」
僕は手の中の首を持ち上げてみる。
でも、彼女は僕を見ないし、僕に返事をしてくれることもない。ここにあるのはただの死体だ。
「……ミキ」
涙が一気に溢れてきた。
彼女は、ミキは、もうこの世にいない。 もう僕と一緒にいてはくれない。そして、ミキをそうしたのは他でもない僕自身だ。
僕がミキ殺した――
ピカッと空が光った。いや、ライトが僕の顔を照らしている。虚ろに視線を動かすといつの間にか人が沢山いる。
なにかを言っているみたいだけれど、僕の耳には届かない。
雨は一層激しくなり、僕とミキを濡らしていく。
雨で張り付いてしまったミキの髪を指でそっと撫でてやると、ミキが微笑んだような気がした。僕は小さなミキの頭を両腕で抱きしめる。
「ずっと一緒だよ」
囁いて、口付けをすると冷たいミキの唇からは死の匂いがした。