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過去改変局  作者: 御影のたぬき


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第13話 最後の言葉

前回のあらすじ

 老人——かつて健太郎と呼ばれた男——の過去が明らかになった。50年前、研究に没頭し恋人・美咲との約束を破った健太郎は、過去を変えようとして改変事故に巻き込まれ、時間の狭間に閉じ込められた。管理人として長い年月を過ごす中、時間を超えて美咲からの手紙が届く。美咲は健太郎を許し、幸せに暮らしたと伝えた。老人は希望を抱き、次の継承者を待ちながら、人々を導き続ける。

 深夜2時。

 地下鉄の通路を、一人の若い女性が歩いていた。

 25歳。黒い喪服を着ている。

 目は赤く腫れていて、泣き続けていたことがわかる。

 名前は、中村香織。

 過去改変局の窓口に辿り着くと、女性は深呼吸をした。

 震える手で、扉を開けた。

 窓口の奥から、老人が顔を出した。

「いらっしゃい」

 香織は、小さな声で答えた。

「ここで……過去を変えられると聞きました」

「変えられる。座りなさい」

 香織が座ると、老人は静かに水を差し出した。

「ありがとうございます」

 香織は、水を飲んだ。

 老人は、香織の喪服に気づいた。

 最近、誰かを亡くしたのだろう。

「何を変えたい?」

 老人が優しく尋ねた。

 香織は、涙を流しながら答えた。

「3日前……私が、父の最期に立ち会えなかった日を」

 3日前。

 中村香織は、仕事で忙しかった。

 広告代理店の営業。

 大きなプレゼンを控えていた。

 その日の朝、母親から電話があった。

「香織、お父さんが入院したの」

「え!?何があったの?」

「心臓発作で……今、集中治療室にいるの」

 母親の声は、震えていた。

「すぐに行く!」

「でも、香織、仕事は?」

「そんなの、どうでもいいよ!」

 香織は、支度を始めた。

 しかし、その時、上司から電話があった。

「中村、今日のプレゼン、お前が仕切ってくれ」

「すみません、父が入院して……」

「わかってる。だが、クライアントとの約束だ」

「でも……」

「頼む。このプロジェクト、お前がいないと無理なんだ」

 香織は、迷った。

 父のもとへ行くべきか。

 仕事を優先すべきか。

 母親に電話した。

「母さん、父さんの容態は?」

「今は、安定してるわ。でも、いつ悪化するか……」

「わかった。プレゼンが終わったら、すぐに行く」

「香織……」

「大丈夫。3時間で終わるから」

 香織は、プレゼンに向かった。

 心配だった。

 しかし、仕事も大切だった。

 プレゼンは、始まった。

 香織は、必死に説明した。

 しかし、心ここにあらず。

 父のことが、頭から離れなかった。

 プレゼンの途中、香織のスマホが震えた。

 母親からだった。

 しかし、出られなかった。

 クライアントの前で。

 プレゼンが終わった。

 2時間かかった。

 香織は、すぐにスマホを見た。

 母親からの着信が、10件。

 メッセージも、届いていた。

「香織、お父さんが危篤です。すぐに来て」

 香織は、血の気が引いた。

 すぐにタクシーに乗った。

 病院へ急いだ。

 しかし、着いた時には。

 すでに、遅かった。

 母親が、待合室で泣いていた。

「香織……」

「母さん、父さんは!?」

「さっき……亡くなったわ」

「そんな……」

 香織は、崩れ落ちた。

 間に合わなかった。

 最期に、立ち会えなかった。

 医者が言った。

「お父さん、最期まで娘さんを呼んでいました」

「『香織に会いたい』って」

「でも、間に合わなくて……すみません」

 香織は、泣き続けた。

 なぜ、プレゼンを優先したのか。

 なぜ、すぐに病院に来なかったのか。

 父の遺体と対面した。

 冷たくなった父の手を握った。

「父さん、ごめん……」

「間に合わなくて、ごめん……」

 しかし、父は、もう答えてくれなかった。

 葬式が終わった。

 多くの人が、弔問に来た。

 父は、地域で慕われていた。

 香織は、ずっと自分を責めていた。

 仕事を休めば、間に合った。

 父の最期に、立ち会えた。

 最期の言葉を、聞けた。

 母親が言った。

「香織、あなたのせいじゃないわ」

「でも……」

「お父さんも、わかってくれてるわ」

「でも、最期に会えなかった……」

 香織は、泣き崩れた。

 その夜、香織は父の部屋を整理していた。

 机の引き出しに、手紙があった。

 宛名は、「香織へ」。

 香織は、震える手で封筒を開けた。

 父の字だった。

「香織へ

 この手紙を読んでいるということは、私はもういないのだろう。

 お前に、伝えたいことがある。

 お前は、いつも一生懸命だった。

 勉強も、仕事も、何でも全力だった。

 私は、それを誇りに思っている。

 しかし、時々心配だった。

 お前が、自分を追い込みすぎていないか。

 幸せを感じているか。

 仕事は大切だ。

 でも、それだけが人生じゃない。

 自分の時間も、大切にしてほしい。

 もし、私が急に倒れたら、無理して来なくていい。

 お前の仕事を優先してくれ。

 私は、それで構わない。

 ただ、一つだけ約束してほしい。

 後悔しないでほしい。

 お前が選んだ道を、胸を張って歩いてほしい。

 私は、いつもお前のことを応援している。

 天国からも、見守っているから。

 愛している、香織。

父より」

 香織は、手紙を読みながら、泣いた。

 父は、わかっていた。

 自分が仕事を優先することを。

 そして、許してくれていた。

 しかし、それでも香織は納得できなかった。

 父の最期に、立ち会いたかった。

 最期の言葉を、聞きたかった。

 そして、過去改変局の噂を聞いた。

 最後の希望だった。

「あの時、プレゼンを断っていれば」

 香織は、老人に言った。

「父の最期に、立ち会えた」

「最期の言葉を、聞けた」

「ちゃんと、お別れができた」

 老人は、じっと香織を見つめた。

 その目には、深い共感があった。

「香織さん、あなたのお父さんは、あなたを許していますよ」

「手紙に、書いてあったでしょう」

「はい……でも……」

「でも?」

「でも、私は自分を許せないんです」

 香織は、涙を流した。

 老人は、深く息をついた。

 そして、静かに言った。

「わかります」

「え……?」

「私も、かつて大切な人との約束を破りました」

「そして、長い間、自分を許せなかった」

 老人は、美咲の写真を取り出した。

「この人は、私の恋人でした」

「私は、研究を優先して、彼女との約束を破った」

「そして、彼女を失った」

 香織は、写真を見つめた。

 美しい女性だった。

「でも、最近、彼女から手紙が届きました」

「時間を超えて」

「彼女は、私を許してくれていました」

 老人は、香織を見た。

「あなたのお父さんも、同じですよ」

「あなたを許している」

「いや、許すも何も、最初から責めていない」

「でも……」

 香織は、言葉に詰まった。

「シミュレーションを見ますか?」

 老人が尋ねた。

「はい……お願いします」

 リクライニングチェアに座り、香織は機械を装着された。

「では、始める。3日前に戻る」

 老人が、スイッチを入れた。

 香織の意識が、遠のいていく。

 気がつくと、香織は会社にいた。

 3日前の、あの朝。

 母親から、父の入院の電話があった直後。

 上司が、電話してきた。

「中村、今日のプレゼン、お前が仕切ってくれ」

 しかし、香織——過去の香織——は、答えた。

「すみません、父が危篤で」

「わかってるが……」

「行かせてください。お願いします」

 上司は、ため息をついた。

「わかった。仕方ない。代わりを立てる」

「ありがとうございます」

 これが、改変された過去。

 香織は、すぐに病院に向かった。

 病院に着いた。

 集中治療室。

 父は、ベッドに横たわっていた。

 機械に繋がれていた。

 母親が、そばにいた。

「香織!」

「母さん、父さんは?」

「まだ、意識があるわ」

「良かった……」

 香織は、父のそばに座った。

 父の手を握った。

 まだ、温かかった。

「父さん、私、来たよ」

 父が、うっすらと目を開けた。

「香織……」

「うん、ここにいるよ」

「ありがとう……来てくれて」

 父は、微笑んだ。

 そして、言葉を続けた。

「香織……お前に、伝えたいことがある」

「うん、聞いてるよ」

「お前は、いつも頑張ってた」

「父さん……」

「でも、無理しすぎるな」

「もっと、自分を大切にしろ」

 香織は、涙を流した。

「うん……わかった」

「それから……」

 父の声が、弱くなってきた。

「幸せになれ」

「自分の人生を、楽しめ」

「父さんは、いつもお前を愛してる」

「父さん……」

 香織は、父の手を強く握った。

「私も、父さんを愛してるよ」

「ありがとう……」

 父は、安らかな顔をした。

 そして、その数時間後。

 父は、静かに息を引き取った。

 香織は、そばにいた。

 最期まで、手を握っていた。

 父は、香織の顔を見ながら、旅立った。

 時間が流れた。

 葬式が終わった。

 香織は、悲しかった。

 しかし、後悔はなかった。

 父の最期の言葉を聞けた。

 ちゃんと、お別れができた。

 香織は、父の遺影に向かって言った。

「父さん、ありがとう」

「最期に、会えて良かった」

「あなたの言葉、忘れないよ」

 そして、香織は前を向いた。

 父の言葉通り、幸せに生きよう。

 自分の人生を、楽しもう。

 シミュレーションが終わった。

 香織が、目を覚ました。

 香織は、静かに涙を流していた。

「父さんの、最期の言葉……聞けました」

「そうですか」

「『幸せになれ』って……」

「『自分の人生を楽しめ』って……」

 香織は、震えた。

「でも、これは夢ですよね」

「実際には、聞けなかった」

「本当に、父さんはそう言いたかったんでしょうか」

 老人は、優しく言った。

「お父さんの手紙を、もう一度読んでみなさい」

 香織は、父の手紙を取り出した。

 そして、読んだ。

「仕事は大切だ。でも、それだけが人生じゃない」

「自分の時間も、大切にしてほしい」

「後悔しないでほしい」

「お前が選んだ道を、胸を張って歩いてほしい」

 香織は、はっとした。

「父さんの手紙……シミュレーションで聞いた言葉と、同じことを言ってる」

「そうです」

 老人は、頷いた。

「お父さんが最期に言いたかったことは、この手紙に書いてある」

「シミュレーションで聞いた言葉は、あなたの想像ではありません」

「お父さんの本当の想いです」

 香織は、涙を拭いた。

「じゃあ、私……父さんの言葉、聞けたんですね」

「ええ」

「最期に立ち会えなくても」

「この手紙が、お父さんの最期の言葉なんですね」

 老人は、微笑んだ。

「そうです」

「大切な人の想いは、時間や距離を超えて届く」

「たとえ、最期に立ち会えなくても」

「あなたのお父さんは、ちゃんとメッセージを残してくれた」

 香織は、長い間考えた。

 そして、言った。

「過去を、変えません」

「そうですか」

 老人は、頷いた。

「父さんは、私が仕事を優先することを許してくれていた」

「そして、ちゃんとメッセージを残してくれた」

「それで、十分です」

 香織は、立ち上がった。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

「私、これから……父さんの言葉通りに生きます」

「幸せになります」

「自分の人生を、楽しみます」

 老人は、優しく言った。

「それがいい」

「お父さんも、きっと喜んでいますよ」

 香織が、扉に向かおうとした時、老人が呼び止めた。

「一つだけ」

「はい?」

「大切な人との時間を、大切にしてください」

「仕事も大切です」

「でも、いつか必ず後悔しないように」

 香織は、深く頷いた。

「はい……肝に銘じます」

 香織が去った後、老人は一人、窓口に座っていた。

 老人は、自分の手を見つめた。

 皺だらけの手。

「私も、大切な人との時間を大切にすればよかった」

 老人は、呟いた。

「美咲との約束を守れば」

「もっと、彼女との時間を作れば」

 しかし、過去は変えられなかった。

 いや、変えようとして、失敗した。

 そして、ここに閉じ込められた。

 老人は、美咲の手紙を取り出した。

 何度も読んだ手紙。

「あなたのことを、今でも愛しています」

 老人は、涙を流した。

「美咲、私もだ」

「今でも、愛している」

「いつか、必ず会いに行く」

 老人は、手紙を胸に抱いた。

 そして、決意を新たにした。

 次の継承者が現れるまで。

 人々を導き続ける。

 そして、いつか、美咲に会いに行く。

 数週間後。

 香織は、仕事を続けていた。

 しかし、以前とは違った。

 残業を減らした。

 週末は、母親と過ごす時間を作った。

 趣味の時間も、大切にした。

 ある日、上司が言った。

「中村、最近変わったな」

「え?」

「前は、仕事ばかりだったけど」

「今は、何か余裕がある感じだ」

「むしろ、その方が成果が出てる」

 香織は、微笑んだ。

「父が、教えてくれたんです」

「仕事だけが人生じゃないって」

「バランスが大切だって」

 その夜、香織は父の仏壇に手を合わせた。

「父さん、ありがとう」

「あなたのおかげで、幸せに生きてるよ」

「見守っていてね」

 風が吹いた。

 まるで、父が「よく頑張ってるな」と言っているかのように。

 過去改変局。

 老人は、今夜も窓口に座っている。

 扉が開いた。

 一人の中年男性が入ってきた。

「あの……過去を変えたいんです」

「座りなさい」

 老人は、いつものように迎え入れた。

「何を変えたい?」

「10年前、俺、離婚したんです」

「妻との関係を、修復したくて……」

 男性は、悲しそうな顔をしていた。

 老人は、深く頷いた。

「シミュレーションを見せよう」

「お願いします」

 物語は、続いていく。

 人々の後悔と共に。

 しかし、大切な人の想いは、時間を超えて届く。

 それに気づくことが、救いとなる。

 老人も、美咲の想いを受け取った。

 それが、希望となっている。

 いつか、次の継承者が現れる。

 そして、老人は自由になる。

 美咲に会いに行く。

 それまで、待ち続ける。

 時間の管理人として。

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