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過去改変局  作者: 御影のたぬき


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第12話 管理人の記憶

前回のあらすじ

 過去改変局を訪れた藤本沙織と母親の久美子は、5年前の結婚を巡る対立を後悔していた。二つのシミュレーションを見た二人は、お互いの歩み寄りが大切であることに気づく。沙織は過去を変えず、今の夫との生活を選び、久美子は家族として二人を支えることを決意する。老人は美咲への謝罪の意思を固めながら、次の継承者を待ち続ける。

 深夜3時30分。

 地下鉄の通路は、深い静寂に包まれていた。

 蛍光灯の明滅する音だけが、規則的に響いている。

 過去改変局の窓口に、誰も訪れない夜があった。

 老人は、一人、椅子に座っていた。

 古い書類を整理していたが、手が止まった。

 老人は、引き出しから一枚の写真を取り出した。

 いつもの写真。

 若い頃の自分——健太郎——と、美咲。

「もう、どれくらい経ったのだろうか」

 老人は、呟いた。

「時間の感覚が、わからなくなった」

 老人は、目を閉じた。

 記憶が、蘇ってくる。

【老人の記憶:50年前】

 健太郎は、25歳だった。

 大学院で物理学を研究していた。

 特に、時間論に興味があった。

 ある日、大学の図書館で、一人の女性と出会った。

 名前は、美咲。

 文学部の学生。

「すみません、この本、使いますか?」

 美咲が、健太郎に尋ねた。

 手にしていたのは、「時間の哲学」という本。

「あ、はい。どうぞ」

 健太郎は、本を渡した。

「ありがとうございます」

 美咲は、微笑んだ。

 それが、二人の出会いだった。

 それから、図書館で何度も顔を合わせるようになった。

 やがて、一緒に勉強するようになった。

 そして、恋に落ちた。

「健太郎、時間って不思議だよね」

 ある日、美咲が言った。

「どうして?」

「過去は変えられない。でも、未来は無限にある」

「そうだね」

「もし、過去を変えられたら、どうなるんだろう」

 美咲は、真剣な顔をしていた。

「理論的には、可能かもしれない」

 健太郎が答えた。

「本当に?」

「タイムパラドックスの問題があるけど」

「でも、時間旅行の研究は進んでいる」

「すごい……」

 美咲は、目を輝かせた。

「健太郎、いつか過去を変える機械を作ってね」

「え?」

「そうすれば、失敗を修正できるじゃない」

「理論と実践は違うよ」

「でも、健太郎ならできるよ」

 美咲は、信じていた。

 健太郎は、微笑んだ。

「わかった。いつか、作ってみるよ」

「約束だよ」

 美咲が、小指を出した。

「約束」

 健太郎も、小指を絡めた。

 時間が流れた。

 健太郎は、大学院を修了した。

 研究職に就いた。

 時間物理学の研究を続けた。

 美咲は、出版社に就職した。

 編集者として働いた。

 二人は、結婚の約束をしていた。

 健太郎が30歳になったら、結婚する。

 それが、約束だった。

 しかし、健太郎は、研究に没頭しすぎた。

 毎日、研究室にこもった。

 美咲と会う時間が、減っていった。

 ある日、美咲から手紙が届いた。

「健太郎へ

 元気にしてる?最近、全然会えないね。

 研究、忙しいのはわかってる。

 でも、私も寂しいよ。

 覚えてる?私たちの約束。

 あなたが30歳になったら、結婚するって。

 もう、来月だよね。

 でも、最近のあなたを見てると、不安になる。

 本当に、私と結婚したいのかな。

 それとも、研究の方が大切なのかな。

 話したいことがあるの。

 今週の土曜日、会えない?

 いつもの喫茶店で、午後3時。

 待ってるね。

美咲」

 健太郎は、手紙を読んだ。

 土曜日。

 しかし、その日は重要な学会発表があった。

 健太郎は、迷った。

 美咲に会うべきか。

 学会を優先すべきか。

 そして、決断した。

 学会を優先する。

 美咲には、後で謝ろう。

 土曜日。

 健太郎は、学会に行った。

 発表は、成功した。

 多くの研究者から、賞賛された。

 健太郎は、満足した。

 しかし、美咲のことを忘れていた。

 夜、美咲に電話した。

「美咲、ごめん。学会があって……」

 しかし、電話は繋がらなかった。

 次の日も、電話した。

 やはり、繋がらなかった。

 健太郎は、美咲のアパートを訪ねた。

 しかし、美咲はいなかった。

 隣人に聞いた。

「美咲さん、引っ越しましたよ」

「え?いつですか?」

「昨日ですね」

「どこに……」

「さあ……聞いてないです」

 健太郎は、愕然とした。

 美咲が、いなくなった。

 健太郎は、必死に探した。

 出版社に電話した。

「美咲さんは、退職されました」

「いつですか?」

「先週です」

「行き先は?」

「わかりません」

 健太郎は、絶望した。

 美咲を、失った。

 それから、数年が過ぎた。

 健太郎は、研究を続けた。

 しかし、心は空虚だった。

 そして、ある日。

 健太郎は、地下鉄の通路で奇妙な噂を聞いた。

 過去を変えられる窓口があると。

 最初は、信じなかった。

 しかし、藁にもすがる思いで、探した。

 そして、見つけた。

 過去改変局。

 窓口には、老人が座っていた。

 80代くらいの男性。

 深い皺が刻まれた顔。

「いらっしゃい」

 老人——当時の管理人——が言った。

「ここで、過去を変えられるんですか?」

「変えられる。座りなさい」

 健太郎は、座った。

「何を変えたい?」

「数年前……俺が、恋人との約束を破った日を」

 老人は、頷いた。

「シミュレーションを見せよう」

 健太郎は、シミュレーションを見た。

 約束を守った世界。

 美咲と会い、結婚した世界。

 幸せだった。

 しかし、研究は進まなかった。

 時間物理学の重要な発見を、逃していた。

 健太郎は、迷った。

 美咲との幸せを取るか。

 研究の成果を取るか。

 そして、決断した。

「過去を、変えたいです」

「約束を守った世界に」

 老人は、深く息をついた。

「本当に、いいのかね?」

「はい」

「わかった。契約書にサインを」

 健太郎は、サインした。

 老人が、機械を操作し始めた。

「では、改変を開始する」

 しかし、その時。

 機械が、激しく振動し始めた。

 警告音が鳴り響いた。

「何だ!?」

 健太郎が叫んだ。

「時間の流れが……歪んでいる!」

 老人も、慌てた。

 部屋が、光に包まれた。

 時間が、歪んでいく。

 過去と現在と未来が、混ざり合う。

 健太郎は、悲鳴を上げた。

 そして、意識を失った。

 気がつくと、健太郎は窓口の椅子に座っていた。

 しかし、何かが違う。

 鏡を見た。

 自分の顔が、老人になっていた。

「何だ……これは……」

 健太郎は、震えた。

 そして、気づいた。

 窓口の向こう側に、老人——元の管理人——が倒れていた。

 動かない。

 死んでいた。

 健太郎は、理解した。

 改変事故が起きた。

 時間の流れが歪み、二人の時間軸が入れ替わった。

 元の管理人の時間が、止まった。

 健太郎の時間が、加速した。

 そして、健太郎が新しい管理人になった。

「そんな……」

 健太郎は、愕然とした。

 窓口のカウンターに、メモが残されていた。

 元の管理人の字だった。

「新しい管理人へ

 改変事故が起きてしまったようだ。

 私の役目は終わり、あなたが次の管理人となった。

 この窓口は、時間の狭間にある。

 過去と現在と未来をつなぐ場所だ。

 ここから出ることはできない。

 しかし、希望はある。

 次の継承者が現れたら、役目を譲ることができる。

 それまで、待つのだ。

 人々を導き、過去と未来をつなぎなさい。

 それが、時間の管理人の役目だ。

 いつか、あなたも自由になれる日が来る。

 信じて、待ちなさい。

前管理人」

 健太郎は、泣いた。

 すべてを失った。

 美咲も。

 研究も。

 自分の人生も。

 しかし、逃れることはできなかった。

 これが、自分の選択の結果だった。

 健太郎は、窓口に座った。

 そして、最初の依頼者を待った。

 それから、何年経ったのか。

 何十年か。

 時間の感覚が、わからなくなった。

 しかし、健太郎——今は老人と呼ばれる——は、役目を果たし続けた。

 人々を導き、過去と未来をつなぐ。

 いつか、次の継承者が現れることを信じて。

 そして、美咲に会いに行けることを願って。

 老人は、目を開けた。

 記憶から、戻ってきた。

 窓口には、相変わらず誰もいない。

 静かな夜だった。

 老人は、写真を見つめた。

「美咲、今も生きているだろうか」

「もう、老婆になっているだろう」

「いや、もしかしたら……」

 老人は、それ以上考えなかった。

 辛すぎた。

 しかし、希望は捨てなかった。

 いつか、次の継承者が現れる。

 そして、自分は自由になる。

 美咲に会いに行く。

 それまで、待つだけだ。

 扉が、ゆっくりと開いた。

 老人は、顔を上げた。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 風が、通り抜けただけだった。

 老人は、ため息をついた。

 そして、また椅子に座り直した。

 その時、窓口のカウンターに、一通の手紙が現れた。

 古びた封筒。

 宛名は、「健太郎へ」。

 老人は、震える手で封筒を取った。

 筆跡は、美咲のものだった。

 老人は、封筒を開けた。

 中には、便箋が一枚入っていた。

「健太郎へ

 この手紙が、あなたに届くかわかりません。

 でも、書かずにはいられませんでした。

 あの日、私は喫茶店で待っていました。

 でも、あなたは来なかった。

 私は、悲しくて、怒って、そして諦めました。

 地元に帰りました。

 新しい生活を始めました。

 そして、別の人と結婚しました。

 でも、あなたのことは忘れられませんでした。

 今でも、時々思い出します。

 図書館で出会った日のことを。

 一緒に過ごした時間のことを。

 健太郎、あなたを許します。

 あなたは、研究を選んだ。

 それは、あなたにとって大切なことだったのでしょう。

 私も、幸せな人生を送りました。

 夫は優しく、子供にも恵まれました。

 だから、もう自分を責めないでください。

 私たちは、それぞれの道を歩んだのです。

 いつか、また会えるといいですね。

 その時は、笑顔で話しましょう。

 あなたのことを、今でも愛しています。

美咲」

 老人は、手紙を読みながら、涙を流した。

 美咲は、生きている。

 幸せに暮らしている。

 そして、自分を許してくれている。

「美咲……」

 老人は、呟いた。

「ありがとう……」

 しかし、同時に疑問が湧いた。

 なぜ、この手紙がここに?

 どうやって、時間の狭間に届いたのか?

 老人は、手紙をもう一度見た。

 消印がなかった。

 日付もなかった。

 まるで、時間を超えて届いたかのように。

 老人は、理解した。

 これは、過去改変局の力。

 時間の狭間にいる自分に、美咲の想いが届いた。

 過去からなのか。

 未来からなのか。

 それはわからない。

 しかし、確かなことが一つある。

 美咲は、自分を許してくれた。

 老人は、手紙を胸に抱いた。

「美咲、待っていてくれ」

「いつか、必ず会いに行く」

「次の継承者が現れたら」

 老人は、決意を新たにした。

 翌日。

 いや、時間の狭間では「翌日」という概念も曖昧だが。

 一人の若い女性が、過去改変局を訪れた。

 25歳くらい。

 疲れた表情をしていた。

「いらっしゃい」

 老人は、いつものように迎え入れた。

「ここで、過去を変えられるんですか?」

「変えられる。座りなさい」

 女性が座ると、老人は尋ねた。

「何を変えたい?」

「3年前……私が、父の最期に立ち会えなかった日を」

 女性の目には、涙が浮かんでいた。

 老人は、深く頷いた。

「話してごらん」

 物語は、続いていく。

 人々の後悔と共に。

 そして、老人自身の物語も。

 老人は、今、希望を持っている。

 美咲からの手紙が、それを与えてくれた。

 いつか、次の継承者が現れる。

 そして、自分は自由になる。

 美咲に会いに行く。

 それまで、人々を導き続ける。

 時間の管理人として。

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