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過去改変局  作者: 御影のたぬき


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第10話 時を超えた手紙

前回のあらすじ

 過去改変局を訪れた桜井美月は、親友のさくらとの約束を破って個展を選んだことを後悔していた。シミュレーションで改変後の世界を見た美月は、約束を守ることが必ずしも正しいとは限らないことを学ぶ。美月はさくらを探し出し、関係を修復することを選んだ。老人は自身も約束を破り、それが改変事故につながったことを思い出す。

 深夜2時。

 地下鉄の通路を、一人の中年男性が歩いていた。

 40代後半。灰色のスーツ。

 歩き方は、ゆっくりで、どこか諦めたような雰囲気があった。

 名前は、岡田雅人。

 過去改変局の窓口に辿り着くと、男性は立ち止まった。

 看板を見上げ、深く息をついた。

 そして、扉を開けた。

 窓口の奥から、老人が顔を出した。

「いらっしゃい」

 岡田は、静かな声で答えた。

「ここが、過去改変局ですか」

「そうだ。座りなさい」

 岡田が座ると、老人は彼をじっと見つめた。

 その目には、深い疲労と、何か大きなものを失った人特有の空虚さがあった。

「何を変えたい?」

 老人が尋ねた。

 岡田は、ポケットから一通の古い封筒を取り出した。

「25年前……俺が、この手紙を読まなかった日を」

 封筒は、黄ばんでいて、角が擦り切れていた。

 25年前の夏。

 岡田雅人は、23歳だった。

 大学を卒業したばかりで、大手商社に就職したばかりだった。

 岡田には、恋人がいた。

 名前は、田中千尋。

 大学時代の同級生。

 優しくて、芯の強い女性だった。

「雅人、就職おめでとう」

 千尋が、笑顔で言った。

「ありがとう。千尋も、教師になるんだよな」

「うん。小学校の先生」

「似合ってるよ」

「ありがとう」

 二人は、幸せだった。

 しかし、問題があった。

 岡田の就職先は、東京の本社。

 千尋の採用先は、地元の小学校。

 二人は、離れることになった。

「雅人、遠距離になるけど……大丈夫だよね」

 千尋が、不安そうに尋ねた。

「もちろん。俺たち、ずっと一緒だから」

「うん……」

「週末は、できるだけ帰ってくるよ」

「本当?」

「約束する」

 岡田は、千尋の手を握った。

 そして、岡田は東京で働き始めた。

 商社の仕事は、忙しかった。

 毎日、夜遅くまで働いた。

 週末も、接待や会議で潰れることが多かった。

 千尋とは、電話で連絡を取り合った。

 しかし、会う時間は、どんどん減っていった。

 3ヶ月が過ぎた頃。

 千尋から手紙が届いた。

 メールではなく、手書きの手紙。

 岡田は、その日も残業で疲れていた。

 アパートに帰ると、深夜1時を過ぎていた。

 ポストに、千尋からの手紙が入っていた。

「また手紙か……」

 岡田は、封筒を手に取った。

 しかし、開けなかった。

 疲れていた。

 明日読めばいいと思った。

 封筒を、机の上に置いた。

 そして、シャワーを浴びて、寝た。

 次の日も、忙しかった。

 帰宅したのは、また深夜。

 手紙のことは、忘れていた。

 その次の日も、忙しかった。

 手紙は、机の上に置かれたまま、他の書類に埋もれていった。

 1週間が過ぎた。

 2週間が過ぎた。

 岡田は、手紙のことをすっかり忘れていた。

 そして、3週間後。

 千尋の母親から電話があった。

「雅人くん……」

 母親の声は、泣いていた。

「どうしたんですか?」

「千尋が……」

「千尋がどうかしたんですか!?」

「事故に遭って……亡くなったの」

 岡田の頭が、真っ白になった。

「そんな……嘘ですよね……」

「本当なの。車に、轢かれて……」

「いつ……」

「3日前……」

 母親は、泣き崩れた。

 岡田は、電話を落とした。

 千尋が、死んだ。

 信じられなかった。

 葬式に行った。

 棺の中の千尋は、眠っているようだった。

 しかし、もう目を覚ますことはない。

 岡田は、泣いた。

 なぜ、こんなことに。

 葬式の後、岡田は部屋に戻った。

 そして、机の上で、千尋からの手紙を見つけた。

 3週間前の手紙。

 まだ、開けていなかった。

 岡田は、震える手で封筒を開けた。

 中には、便箋が3枚入っていた。

「雅人へ

 元気にしてる?東京での仕事、大変そうだね。

 いつも遅くまで働いて、体調は大丈夫?

 私は、毎日子供たちと楽しく過ごしてるよ。

 小学校の先生、想像以上に大変だけど、やりがいがある。

 子供たちの笑顔を見ると、疲れも吹っ飛ぶの。

 でも、雅人に会えなくて、寂しい。

 電話は嬉しいけど、やっぱり直接会いたい。

 雅人の顔を見たい。声を聞きたい。手を繋ぎたい。

 実はね、相談があるの。

 今月の終わり、私の誕生日。覚えてる?

 もし、時間が取れたら、会いに来てほしいな。

 一緒に、思い出の場所に行きたい。

 大学時代によく行った、あの海岸。

 そこで、大事な話がしたいの。

 返事、待ってるね。

 いつまでも、雅人のことを愛してる。

千尋」

 岡田は、手紙を読みながら、泣いた。

 千尋の誕生日は、2週間前だった。

 岡田は、忘れていた。

 手紙も、読んでいなかった。

 大事な話とは、何だったのだろう。

 もう、聞くことはできない。

 岡田は、母親に電話した。

「おばさん、千尋……何か言ってませんでしたか」

「え?」

「俺に、大事な話があるって……」

 母親は、しばらく黙っていた。

 そして、言った。

「千尋、あなたにプロポーズされるのを待ってたみたい」

「え……」

「でも、あなたから連絡がないから、不安だったって」

「そんな……」

 岡田は、愕然とした。

 千尋は、プロポーズを待っていた。

 誕生日に、一緒に海岸に行って、そこで話をしたかった。

 しかし、岡田は手紙を読まず、誕生日も忘れていた。

 そして、千尋は死んだ。

 岡田は、自分を責めた。

 なぜ、手紙を読まなかったのか。

 なぜ、誕生日を忘れたのか。

 なぜ、千尋をもっと大切にしなかったのか。

 それから、25年。

 岡田は、48歳になっていた。

 仕事は、順調だった。

 出世もした。

 しかし、結婚はしなかった。

 千尋以外の女性を、愛せなかった。

 岡田は、今でも千尋の手紙を持っていた。

 ボロボロになっても、捨てられなかった。

 何度も、何度も読み返した。

 そして、ついに過去改変局の噂を聞いた。

 最後の希望だった。

「あの時、手紙を読んでいれば」

 岡田は、老人に言った。

「千尋の誕生日に、会いに行けた」

「そして、プロポーズできた」

「千尋は、あんなに悲しまずに済んだ」

 老人は、じっと岡田を見つめた。

 そして、静かに言った。

「岡田さん、確認したい」

「はい」

「あなたが変えたいのは、手紙を読んだという選択ですね?」

「そうです」

「しかし、千尋さんの事故は、変えられない」

「……わかっています」

 老人は、続けた。

「つまり、手紙を読んで誕生日に会いに行っても、千尋さんはその後事故で亡くなる可能性がある」

「でも……せめて、最期に会えたはずです」

「そして、プロポーズもできた」

「それだけでも、千尋は幸せだったはずです」

 老人は、深く息をついた。

 そして、岡田の目をじっと見つめた。

「岡田さん、あなたの気持ちは、わかる」

「実は、私も……かつて、同じような経験をした」

 岡田は、驚いた。

「先生も……?」

「ああ」

 老人は、遠い目をした。

「私にも、愛する人がいた」

「彼女と、約束をした」

「しかし、私は仕事を優先して、約束を破った」

「そして、彼女を失った」

 岡田は、息を呑んだ。

 老人が、自分の過去を語るのは初めてだった。

「私は、後悔した」

「そして、この過去改変局を訪れた」

「利用者として」

 老人は、窓口のカウンターに手を置いた。

「私は、過去を変えようとした」

「彼女との約束を守った世界を見ようとした」

「しかし、改変の途中で、事故が起きた」

「事故……?」

「時間の流れが、歪んだ」

「私は、時間の狭間に閉じ込められた」

「そして、この窓口の管理人となった」

 岡田は、驚きを隠せなかった。

「それは……いつのことですか」

「わからない」

 老人は、首を横に振った。

「もう、何年経ったのか、何十年経ったのか」

「時間の感覚が、ない」

「ただ、ここで人々を迎え入れ、過去と未来をつなぐだけだ」

「彼女は……その方は、どうなったんですか」

 岡田が尋ねた。

 老人は、引き出しから古い写真を取り出した。

 若い頃の老人と、美しい女性が写っていた。

 二人とも、笑顔だった。

「彼女は、今も生きているはずだ」

「元の世界で」

「しかし、私はここから出られない」

「会いに行くことができない」

 老人の目に、涙が浮かんだ。

「私は、自分の選択の結果を受け入れなかった」

「過去を変えようとして、すべてを失った」

「だから、岡田さんに言いたい」

「過去を変えることが、本当にあなたの望みなのか」

 岡田は、しばらく黙っていた。

 そして、言った。

「先生、それでも……シミュレーションを見せてください」

「本当に?」

「はい」

「わかった」

 老人は、立ち上がった。

 そして、奥の部屋を指差した。

「こちらへ」

 リクライニングチェアに座り、岡田は機械を装着された。

「では、始める。25年前に戻る」

 老人が、スイッチを入れた。

 岡田の意識が、遠のいていく。

 気がつくと、岡田はアパートにいた。

 25年前の、あの夜。

 手に、千尋からの封筒を持っている。

 岡田——過去の岡田は、封筒を開けた。

 手紙を読んだ。

 千尋の言葉が、心に響いた。

「誕生日……会いに行かないと」

 岡田は、すぐに千尋に電話した。

「千尋、手紙読んだよ」

「雅人!」

 千尋の声は、嬉しそうだった。

「誕生日、絶対に行く。一緒に海岸に行こう」

「本当!?」

「ああ。大事な話も、聞きたい」

「ありがとう……」

 千尋は、泣いていた。

 これが、改変された過去。

 岡田は、手紙を読んだ。

 時間が流れた。

 千尋の誕生日。

 岡田は、地元に帰った。

 千尋と再会した。

「雅人!」

 千尋が、駆け寄ってきた。

「千尋、久しぶり」

「会いたかった……」

 二人は、抱き合った。

 そして、思い出の海岸に行った。

 夕日が、海を照らしていた。

 美しい光景だった。

「千尋、大事な話って?」

 岡田が尋ねた。

 千尋は、恥ずかしそうに微笑んだ。

「実はね……雅人に、聞きたいことがあるの」

「何?」

「私たち、いつ結婚する?」

 岡田は、驚いた。

 そして、笑った。

「それ、俺が聞こうと思ってたんだけど」

「え?」

 岡田は、ポケットから小さな箱を取り出した。

 指輪が入っていた。

「千尋、結婚してください」

 千尋の目に、涙が溢れた。

「はい……喜んで」

 二人は、抱き合った。

 幸せだった。

 この瞬間を、ずっと待っていた。

 それから、岡田は東京に戻った。

 千尋とは、結婚の準備を進めることにした。

 来年の春に、式を挙げる予定だった。

 1週間が過ぎた。

 岡田は、仕事に追われていた。

 しかし、心は軽かった。

 千尋と結婚できる。

 それが、何よりも嬉しかった。

 そして、ある日。

 千尋の母親から電話があった。

「雅人くん……」

 母親の声は、泣いていた。

「どうしたんですか?」

「千尋が……事故に遭って……」

「え……」

「亡くなったの……」

 岡田は、崩れ落ちた。

 結局、同じだった。

 千尋は、死んだ。

 葬式に行った。

 棺の中の千尋の手には、岡田がプレゼントした婚約指輪があった。

 岡田は、泣いた。

 せめて、プロポーズはできた。

 千尋は、幸せだっただろうか。

 しかし、それでも千尋は死んだ。

 岡田は、また一人になった。

 25年が過ぎた。

 岡田は、48歳になっていた。

 元の世界と同じ年齢。

 しかし、この世界の岡田には、一つだけ違うものがあった。

 千尋との最後の思い出。

 海岸でのプロポーズ。

 千尋の笑顔。

 それは、確かに心の支えになっていた。

 しかし、やはり寂しかった。

 千尋は、いない。

 シミュレーションが終わった。

 岡田が、目を覚ました。

 岡田は、静かに涙を流していた。

「千尋に、プロポーズできました」

「そうか」

「千尋は、幸せそうでした」

「しかし……?」

 岡田は、震えた。

「でも、やっぱり死んだ」

「結局、同じだった」

「ただ、俺が少し救われただけだった」

 老人は、深く頷いた。

「岡田さん、あなたは気づいたんだね」

「何に……?」

「過去を変えても、千尋さんは戻ってこないことに」

 岡田は、顔を覆った。

「俺は、何を求めていたんでしょう」

「千尋に会いたかった」

「でも、それは叶わない」

「過去を変えても、千尋は今、ここにはいない」

 老人は、静かに言った。

「岡田さん、あなたが本当に求めているのは何ですか?」

「千尋に会うことですか?」

「それとも……」

 岡田は、長い間考えた。

 そして、答えた。

「俺が求めているのは……許しです」

「千尋からの」

「手紙を読まなかった俺を」

「誕生日を忘れた俺を」

「許してほしい」

 老人は、優しく微笑んだ。

「千尋さんは、もうあなたを許していますよ」

「どうして、わかるんですか」

「手紙を読んでみなさい」

 老人が、岡田の持っている古い封筒を指差した。

 岡田は、手紙を取り出した。

 何度も読んだ手紙。

 しかし、今回は違う部分が目に入った。

「いつまでも、雅人のことを愛してる」

 岡田は、はっとした。

「千尋は……俺を愛してくれていた」

「最後まで」

「手紙を読まなくても」

「誕生日を忘れても」

「それでも、愛してくれていた」

 老人は、頷いた。

「千尋さんは、あなたの忙しさを理解していた」

「あなたが悪気があったわけではないことも」

「だから、許していますよ」

 岡田は、泣き崩れた。

「ありがとうございます……」

「もう、自分を責めるのはやめなさい」

「25年間、十分苦しんだ」

「千尋さんも、それを望んでいない」

 岡田は、長い間泣き続けた。

 老人は、黙って待っていた。

 やがて、岡田が落ち着いた。

「先生、過去を変えません」

「そうか」

「俺、千尋の手紙、読まなかったけど」

「それでも、千尋は俺を愛してくれていた」

「それだけで、十分です」

 岡田は、立ち上がった。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

「先生も……いつか、彼女に会えるといいですね」

 岡田の言葉に、老人は微笑んだ。

「ありがとう。いつか、会えるかもしれない」

 岡田が去った後、老人は一人、窓口に座っていた。

 老人は、自分の引き出しから写真を取り出した。

 若い頃の自分と、彼女。

 名前は、美咲。

 老人——かつての名前は、健太郎——は、呟いた。

「美咲、元気にしているだろうか」

「もう、何十年も会っていない」

「いや、時間の感覚がわからない」

「もしかしたら、もう……」

 老人は、それ以上考えないようにした。

 辛すぎた。

「私も、いつかここから出られる」

「次の継承者が現れたら」

「そして、美咲に会いに行く」

「それまで、待つだけだ」

 老人は、写真を戻した。

 そして、窓口に座り直した。

 扉が開いた。

 一人の若い男性が入ってきた。

「あの……過去を変えたいんです」

「座りなさい」

 老人は、いつものように迎え入れた。

 数ヶ月後。

 岡田は、千尋の墓を訪れた。

 手に、花束を持っていた。

「千尋、来たよ」

 岡田は、墓石に手を合わせた。

「25年経ったけど、今でもお前のことを愛してる」

「でも、もう自分を責めるのはやめるよ」

「お前も、それを望んでないって、わかったから」

 岡田は、微笑んだ。

「俺、これから新しい人生を始めるよ」

「お前の分まで、生きる」

「見守っていてくれ」

 風が吹いた。

 まるで、千尋が「頑張って」と言っているかのように。

 岡田は、立ち上がった。

 そして、前を向いて歩き出した。


 過去改変局。

 老人は、今夜も窓口に座っている。

 物語は、続いていく。

 人々の後悔と共に。

 しかし、愛する人は、いつも許してくれている。

 それに気づくことが、救いとなる。

 老人も、いつか気づくだろう。

 美咲が、自分を許していることに。

 そして、待っていてくれることに。

 しかし、それはまだ先のことだ。

 今は、目の前の人を助けることに集中する。

 時間の管理人として。

 過去と未来をつなぐ者として

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