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月夜の大霜

一瞬、雪が降ったのかと思うほど、外は白い霜に覆われていた。

屋根に積もった霜は風によって円を描きながら宙を舞っている。


ぼんやりと外を見ていると、目の前が白く曇る。

また、溜息が出てしまった。


カーテンから手を離し、シャツに袖を通す。

今まで色んな事件に関わって来たが、今日ほど体が重いと思った事はない。

それでも朝のルーティーンをこなし、出勤の支度を済ませていく。

革靴に踵を落とし、怠さを背負ったまま家を出た。





指先で真っ直ぐに支えたペンを、机の上で跳ねさせる。

背後では徐々に人が増えていき、様々な動線が視界の端に映るが、ペンの跳ねる音しか俺には聞こえなかった。


「おはようございます、大澤さん」

名前を呼ばれ、雑音が一気に押し寄せる。

一点を見つめて頭を巡らせていた俺は、瞬きを繰り返すと現実に戻った。


「おぉ、金本、調書が届いたから目を通しとけよ」

「はい、了解です、何か進展はありました?」

「…後で説明する」


鞄に手を入れて煙草を取り出すと椅子から立ち上がった。

屋上へ向かうため廊下を歩いていると、何処かで見かけた顔が俺を見ていた。

口をへの字に曲げ、こんな真冬に短パンを履いて足を広げて座っている。茶色のカラコンを付けた小娘。


「あれ、金持ちホームレスじゃん、今度は何したんだよ」

「…別に」

「あっそ」

そう言って立ち去ろうとすると、ズボンが張って膝の動きが止まる。見ると、小娘が引っ張っていた。


「…お店の看板壊した、店員の態度が最悪だったから」

こいつは話を聞いて欲しいのかと思い、俺は咥えた煙草を箱に戻すと隣に座った。


「で、今は親の迎え待ちか?」

小娘はカクンと頷く。


「ムカつくの、全てがムカつく、何で私中心に世界は回らないんだろうって、馬鹿みたいだけど、思っちゃう」

「うん、俺も経験あるから分かるよ、何もかも上手くいかなくて怒りに感情が振り切っちゃうんだろ?」

交差させた足首を力無く曲げて口を突き出したその姿は、まさに子供そのものだった。


「でもな、怒りを伝える為に人に迷惑かけるのは違うぞ、それはダサい、自分が小さい人間だって晒してるみたいなもんだ」

「…小さい人間でいいもん」


言葉で人を動かす事は難しい。

実際に自分がその立場になってみないと耳に入らないものだ。

俺もそうだったから、説教は嫌いだ。

全部伝わらなくてもいい、それでも俺は彼女に伝えたかった。


「何か、夢中になる物、見つけてみろよ」

俺の突然の提案に、小娘はしっくりこない顔を俺に向ける。


「人でも、趣味でも何でもいい、夢中になれて身を削っても痛いと思わないもの、見つけられたらお前の人生は一気に意味を持ち出す」

「…」

「周りに望んでばかりの、薄っぺらい人生で満足するな」


小娘は掻き乱したボサボサの頭を壁に着けながら、俺の目を真っ直ぐ見ていた。

俺の放った言葉は特別な物ではないと思っていた。それなのに、初めて受けた言葉を吸収しようとするような、そんな表情で俺を見ている。

こいつの周りにはこんな説教臭い事言う大人が居なかったのだろうか。だとしたら、それは、こいつの唯一の不幸だ。


目を逸らして立ち上がろうとすると今度はシャツを掴まれ、動きを止める。


「…なんで、警察になったの?」

その問いに、直ぐに反応出来なかった。

このタイミングで聞かれるとは思っていなかったからだ。

浮かせた背中を、再び壁につける。


「…妹との約束なんだよ」

「妹?」

「…中2の時に…事故、で死んだんだけどさ」


守るって約束したのに果たせなかった。

本当は守れたのに、防げたのに、俺にはそれが出来なかった。


「その妹との約束なんだよ」

「…どんな子だったの?」

純粋な好奇心。分かっている。それでも、胸がぎゅっと潰される。


「…大人しくて、控えめで、笑うとふにゃって眉毛がハの字に下がって…とにかく、優しい子だった…」


また、音が途絶えた。

俺はそんなに神妙な顔をしてたのだろうか。小娘は言葉を続けてこない。


パンっと腿を叩いて立ち上がる。

隣でピクリと体を跳ねさせる様子を尻目に、俺は煙草を咥える。


「じゃ、ニコチン補充タイムだから」

「…うん」

「じゃあな、もうここには来るなよ」





屋上の扉を開けると、外の冷気に体が縮こまる。

煙と共に、冷えた酸素を吸い込んで肺を満たしていく。


「……行くか…」

煙と共に、心の声が一緒に漏れる。


腹を括った。

考えても時間の無駄だ、本人に聞かないと。

迎えに行こう、あいつを。


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