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寒月


冬の空気に溶け込むほど、澄んだ笑い声。

良く通るその声は、他とは明らかに一線を置いている。

夜空に向かって笑顔を見せるその姿はバンドのボーカルだって言われても納得だ。


塚原は俺に気付くと上がっていた口角はゆっくりと下がっていく。

俺はポケットから片手を出し、軽く上げる。

塚原は一緒に居る仲間に何かを伝えると、背負ったギターを整えながら俺に近付いて来た。


「よ、ライブ終わりでお疲れのところ悪いな」

「…なんすか?」

「ちょっと話しを聞きたくてさ、宮本詩音の事について」


宮本の名前を出すと、不機嫌に拍車が掛かったように顔を逸らす。

塚原は歩き出したので、俺もその後について行く。


「なんで、宮本さんなんすか?」

「職場の人間関係整理しているんだよ、誰と誰が仲良くて誰と誰が仲悪いか、とか」

「…俺は、あの職場では一番の下っ端だし誰とも関わりないっすよ」


しばらく歩くと、遊歩道と川を隔てるフェンスの前で立ち止まる。

真っ暗な川は、向う岸にある街の明かりを反射させて水面のゆらぎに色を付けていた。


「君がエックスに書き込んだ“迎えに行く”ってあれは宮本の事だろ?」

回りくどいやり方は好きじゃないし、多分、塚原も疎ましく思うだろう。だから俺は率直に聞いた。

塚原はポケットに手を入れたまま、街の明かりを見ている。


「…俺、」

ハイネックのアウターの中に仕舞い込んだまま、口を開いた。


「泣くほど誰かを好きになるのって、初めてなんです」


その言葉に返す言葉が浮かばず、彼の横で黙って聞いていた。俺には経験がないから。


「でも、自信がなくて、まともに目も見れなくて…涙が出るほど苦しいはずなのに、それでも考ずにいられないんです、彼女の事」


「…宮本がセクハラ受けてたのは知ってたんだよな?」

「はい、それで何度か俺と社長が喧嘩っぽくなって、そしたら宮本さんが“私は聞き流せるから、大丈夫だから”って、俺の介入を嫌がったんです」

「社長は嫌な怒り方するって聞いたけど、君も酷い言い方されたんだろ?」

「…そうすね、でも、俺だけじゃないんで、それはまだ救いかなって」


救い?そう聞こうと思ったが、俺はそれを声に出さなかった。

塚原は今、蓄積された物を言語化して吐き出している。だから彼が溢すのを、俺は待つ事にした。


「俺、発達障害なんすよ、ASDってやつ」


その言葉に塚原を見る。

髪の間から覗く瞳には、ゆらめく水面の光を投影していた。


「だからハッキリ言ってくれないと理解出来ないし、俺もハッキリ言う人間だから、それで今まで何度も人と衝突して来てて、」


「特別な目というか、フィルター掛けて見られるのが嫌で、この事は親しい人にしか言ってない事なんです、だから職場の人も誰も知らない」

「…それって、キツくないか?」

「キツくても、可哀想がられるのは嫌なんで」

「…」


対岸とは違って街灯が疎らな遊歩道、寒さを際立たせる月光が俺たちを照らし、足元の影を伸ばしている。


「ありがとうな、話してくれて」

「…」

「俺はそれがお前の個性だと思うぞ、腹ん中何抱えてるか分かんねぇ奴より、はっきりしてる奴の方が俺は好きだ」

塚原は僅かに首を動かし、俺に顔を向ける。


「お前は自分をしっかり持ってんじゃん、好きな事も、好きな人もいる」

誰かを強く想う気持ち、それが羨ましく感じた。とても眩しい。


そして、最後に塚原は小さくても、しっかりと耳に届く声で言った。

「彼女の為なら何でもする」と。





署に戻ると机の上に紙が置いてあった。

ごちゃついた机の上に真っ直ぐ置かれていたから、自分で置いた物では無いと直ぐに分かった。

脱いだダウンを背もたれに掛けながら書面に目を落とす。

それは、鑑識が置いていった鑑定書だった。

表紙をめくって中身を確認する。


何処かでそうなんじゃないかと思っていたが、違って欲しいとも願っていた。

望まない勘が当たったんだ。


大きく空気を吸い込むと、深く、吐いた。



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