第五幕: 再誕する言葉の夜に
やあ、君。
前回は、盲目の詩人ジョン・ミルトンが「失楽園」を書き上げ、悪魔の首領ルシフェルがそれを“神の書”として使おうとしたところで幕を閉じたね。
でも、物語はただの言葉の集まりじゃない。
一度、神や悪魔の手に渡れば、それは現実そのものを変えてしまう。
今回は、物語が「語り手」をも飲み込む瞬間の話だ。
愛と裏切りの狭間で、詩人も悪魔も、そしてファウストさえも、言葉の審判を受けることになる。
準備はいいかい?
ページをめくろう。
物語の声が、君を呼んでいる。
やあ、君。
悪魔の首領による物語を求める冒険が、まさかあんな結末になるとは思わなかったね。
君は読んだ事あるの?
ミルトンの失楽園。
...まあいいさ。
物語を紡いでいくよ。
第四幕では、ジョン・ミルトンの失楽園の物語をつかって、ルシフェルは悪魔社会を再構築しようとしてた。
でも、それが、ただの再構築じゃなかった。
彼がやろうとしたのは、
悪魔たちを神格化させる事だった。
自分を物語の媒体として、
悪魔たち全員に神の如き力を付与しようとしたんだ。
神を愛する詩人「教会の淑女」を使ってね。
個人主義の悪魔たちが、神さまみたいな力を振るうんだ。
その矛先は間違いなく弱い存在に向かう。
これは、
絶対に起こる事なんだ。
バカを神格化させたらいけない。
これは、詩人としての教訓だ。
おっと、ファウストが何か口を開くぞ。聞いてみよう。
「ミルトンは、過激な人だった」
ファウストは呟く。
「神さまに、詩を贈るように、国一つを文字を使って変えたんだ。王様を処刑させるぐらいに。彼は悔やんでなかった。一切ね」とファウストは言った。
「彼は自分に絶対の自信を持ってた。視力を失っても、彼は詩を贈るのをやめられなかった。ボクとの出会いがなくても、彼は立ち上がれた。」
ファウストは話しながら本を開く。
彼は詩を読む。
本に書かれた文字ではなく、
その裏側へと心を飛ばす。
堕天使の勝利は、まやかし
彼には過去から未来に通し
あの方に危害を
加えることはない。
永遠に。
人の子よ
楽園を追われたのは
必然だ
遅かれ早かれ
君たちは手から離れる
自由意思は宝だけど
君たちで己を正しく律せよ
流されるな
己の情に
破壊の想いを創造へ
我が友よ
君は泣ける
この本は君を泣かせない
だけど、君を、
君たち人類を守る
君の友
ジョン・ミルトンより
悪魔のクララは黙って聞いた。
彼女は、ファウストに近づくと、
何か聞きたそうにして、バカらしくなったのか、彼を両腕で抱きしめた。
「ファウスト。愛しい旦那さま。おかえりなさい」
男とも女ともつかない声が、ファウストの耳に届く。
「ただいま。君に会いたかった。ここに帰られてよかった...」
ファウストは、本を胸に抱える。
「ルシフェルは戻ってくる。何十年、何百年も。この本の力がなくなるまで」
クララは目を細める。
「力がなくなる? 永遠ではないの?」と聞いた。
「永遠なんてない。もし、この本が完全に悪魔たちを賛美するだけの本だったなら、悪魔たちは次にどうすると思う?」とファウストは彼女に聞く。
「さてね。わからないさ。教えてくれ」
楽しそうにクララの口から男の声が漏れた。
「悪魔たちは、物語を永遠に保つために、人を火に投げ込む。この話はミルトンが教えてくれた」
ファウストは本を握りしめた。
「ねぇ、ボクは泣きたい。クララ、君を抱きしめたい。どぎつい事をやりたい。君だけだ。君だけなんだ。」とファウストはしゃがみ込む。
ボクは君の手を引っ張って、この場から去る。
なぜかって?
これからは、口に言えないような事が始まるのさ。
次にボクらは、どうするかって?
そうだねぇ。
覗きに行かない?
ボクと二人で。
ボクは語り部ファウスト。
ヨハン・ゲオルク・ファウストだ。
君にはボクを友だちと思ってほしいな。
ボクの言いたいこと、わかる?
(こうして、第五幕は幕を閉じる事になる)
第五幕、読んでくれてありがとう。
「詩は力であり、力は代償を伴う」——
ミルトンも、ルシフェルも、ファウストも、その事実を知ってしまった。
でも、それでもなお語り続けるのが、創造者の宿命なのかもしれない。
次の幕では、「語り部ファウスト」がより明確に“自分自身の物語”と対峙することになる。
物語の裏にある、語りの起源——
“ボク”はなぜ語るのか。
“君”はなぜ聞くのか。
その答えを探しに行こう。




