第四幕: 裏切りの詩と黒天使の没落
「裏切りの詩と黒天使の没落」
ミルトンが書き残した物語は、ルシフェルを裏切り、絶対権力さえ飲み込む。創造と破壊が交錯する盲人情熱のクライマックス。
【物語】ファウスト(4)〜盲人情熱の幻視〜
【第四幕】
やあ、君。長い時が流れた。
ボクが君を椅子に座らせて話したら、君の尻が痛くなるくらい話せるぜ。 だけど、そんなイジワルはしないよ。
第三幕では、悪魔の首領が、ジョン・ミルトンのつくる物語を使って、永遠の神格化を企んだ事を宣言した。
ミルトンが物語を作るきっかけとして、ファウストを使い、彼に熱情を分け与えさせた。
悪魔から祝福されたミルトンに、悪魔に最も近い男をぶつけたんだ。
とても効果がある。
応えてくれない、神よりは。
舞台は湖畔だ。月の最も輝く夜の出来事だった。水面は鏡のようだ。
ファウストは、ここに戻ってきた。
湖畔に現れた彼は少し古びて見えた。
長い旅にでた旅人が、
やっと故郷の地を踏んだかのように。でもね。
この世界の時間は、
ほとんど経ってない。
ファウストが何年もミルトンと一緒にいようが、ルシフェルにとって刹那だ。ファウストを見ずに、湖の方を向くルシフェル。
でも、ニヤニヤしてる。
こんなに計画が上手くいくとは思わなかったんだろうね。
何かしら、
邪魔があるんだ。
自分が原因とは決して思わない。
悪い事があれば、誰かのせいだ。
「ミルトンは死んだか?」とルシフェルは聞く。大きな黒い翼が少し上下した。
ファウストは静かに応えた。
「死して彼は本を残した。彼からもらった。悪魔の勝利の瞬間が描かれている。最高の瞬間だ。きっと、気にいる」
ルシフェルは振り向いた。
「ああ、悪魔の友ファウスト!君ならやり遂げると思った!そう。神の詩人の如く」 それから、手をファウストに突き出す。
「さあ、本を!この手に手渡す栄光を君に」
まるで恋人に語りかけるように、ファウストに囁きかけ、本を受け取ると黒天使は開いた。
本を読み始めたのだ。
彼の指は、本を開くと、あえてゆっくりと動き出す。一行一行の勝利を読んだ。
楽園からアダムとイブを追放し、
完全なサタンとなった天使が、
仲間たちの下へと帰還する。
仲間たちは、ケダモノの形は残したものの、天使としての格がある。
荘厳な光景だ。
素晴らしい。
ボクは、震えて、
ルシフェルから離れる。
彼の意識がボクをムリヤリ語らせる。
この感動の瞬間を共有したい。
ボクは二歩下がる。
彼のニヤニヤは、もう隠そうともしてない。本の中のルシフェルは完全勝利を唄う。
そして、悪魔全員が神格化を持つんだ。天使と変わらない力をふるう。
そういう事なんだ。
彼は本を読む事で、力を取り戻す。
ボクはクララを見た。
彼女も様子の変化を感じている。
この悪魔もボクのようにルシフェルから離れる。
ファウストだけだ。
その位置から動かないのは。
唐突に状況が変わったのは、
ルシフェルが続きを、読んだ瞬間だった。
彼の目は、なんとか読まないようにしていた。
目が閉じられなかった。
指は一文字一文字、指し示す。
「ミルトンめ!あの盲人め!!」と彼は口汚く罵る。天使の顔は砕けた。
「裏切りのヘビめ!!ヘビ!くそっ!この己を、やめろ!ああ、止めろ、ファウスト!」と、本の続きを彼は読む。
勝利のために、
開かれた彼の神性に流れ込む。
「ファウスト!!助けて!己を!ああ!」と本の中にルシフェルは手を突っ込んだ。この存在は本に食われている。
「神さま...」と言って、強大な力を持った黒天使は本の中に取り込まれた。
湖畔は静かになる。
(こうして、第四幕は悪魔の手から閉じられた)