第三幕:湖畔の宣言と創造の歌
「湖畔の宣言と創造の歌」
ルシフェルの演出に巻き込まれ、ファウストは悪魔社会の危機を知る。言葉と歌が、ミルトンに創作の力を与える瞬間。
やあ、君。なんで、ファウストが悪魔の首領の小間使みたいな事をしているかというと、これには深い意味がある。
第二幕では、1660年頃のロンドン塔の中にある牢屋の中で、これから失楽園の作者となるジョン・ミルトンに会いにファウストは会いに行った。
悪魔社会を首領がまとめ上げるためには、彼の作る物語が必要だからだ。
少しばかり過去へと戻り、この秘密を伝えよう。君だけに。
舞台は、湖畔にもどる。
黒天使ルシフェルは仁王立ちになり、ボクらを見まわす。彼と目があった気がする。
「諸君、我々悪魔社会は滅びかけているのだ。今まさに、この時!まもなく!」彼は悪魔たちに宣言するように、ボクらに話す。
ルシフェルの話し方は、大勢に向かって鼓舞する。そして、今の状況を劇的に演出する。自分を大きく見せる。
「光栄に思うがいい!この危機を回避するために、お前が選ばれたんだ、ファウスト!」と彼を指差した。
クララは、ルシフェルの演出を見ると唾を吐く。
「はん、悪魔の法は悪魔の法なんだろ。ファウストは関係ない。彼は人間だ」とクララは言い返す。
「例外はあるものだ」とルシフェルは重々しく言う。
「彼は己に借りがある。充分すぎるほどにな」
クララは、ファウストの髪を愛しく梳きながら、ルシフェルを睨みつける。
「もともとはお前が、彼を巻き込ー」
「これは、悪魔の、社会の、一大事だ。貴様の意見は関係ない。黙れ」とルシフェルは金の目を輝かせる。
「なら、彼ではなく、オレにいえ!」とメフィスト。
「悪魔の本質を捨てたお前に用はない!」とルシフェル。
「もういい。ボクに何をさせたい?」とファウストが割ってはいる。
クララは黙り、彼が落ち着けるように彼の身体を撫でる。
「知性はなんと?」とルシフェルはファウストに挑戦的にいう。
「悪魔社会は崩壊する。それは正しい。それは個人主義追求による弊害だ。個々の欲望を優先しすぎて、団結力がなくなった。首領としてのサタンの力は形だけになっている。神に反旗を翻して日が浅いし、実績もない。そうだね?」とファウストは、たんたんと続けた。
「その通りだ。神と己の闘争すら瞬きのものだ。特に人間にとってはー」
ー刹那だ。
物語がほしい。
ただの物語ではない。
己が、己であり続けるための!
悪魔はボクらを見たんだ。
その時、しっかりと。
ボクは君を、後ろに下がらせて、悪魔の前にたつ。
彼は興味なさそうに視線を離し、ファウストを見つめた。
「ファウスト。己が黙って滅びを待つ存在だとは思わせない。己は聞いたのだ。神に向かって祈る傲慢の歌をー」
それはこんな歌だった。
あなたの声、聞いた幼き日の記憶
あなたはボクをほめ
ボクはあなたに応えてた
あなたが宿る言葉を学び
あなたのために娯楽を唄う
いつからか
あなたからの声は失われ
ボクは人の世に落ちていく
革命だ、王を殺せ
ボクの歌は破壊する
古い秩序を打ち砕き
あなたを讃える歌を贈ろう
王は死に、革命も終わり
ボクは光さえ失う
なぜなの、なぜ?
全てはあなたの為にやったこと
それなのに
あなたはボクの光を奪うのか
この歌を聴いて、彼の事を知った。
ファウスト。
この男、ジョン・ミルトン。
あだ名を『教会の淑女』と言われる者に、我が悪魔社会を輝かせる
失楽園を語らせる事にきめた。
己の声が神の如き天啓を
彼に与えよう。
彼に授けよう。
(第三幕は黒天使の哄笑により幕を閉じる)