第一幕:黒き翼の再生(Requiem of the Wing)
やあ、君。
また来てくれたんだね。ボクは語り部ファウスト。
君と共に、地獄と天上のあいだを旅する者だ。
ここは月夜の湖畔。
悪魔クララの膝枕の上で、ファウストが白目を剥いて眠っている。
亡者を救おうとして、彼は異界に心を飛ばした。
そして今──黒き翼の天使、ルシフェルによって現世に引き戻された。
「叩き起こせ!」と天使は命じる。
「やめて。彼は疲れてるの」と悪魔は拒む。
二人の間で、詩人の呼吸がゆっくりと戻る。
愛と理性のせめぎ合いは、彼の胸の奥で再び始まる。
ボクらの旅は、まだ続く。
これは破壊から再生へ向かう、詩人の“盲目の情熱”の物語。
やあ、君。来たんだね。
良かったよ。はぐれたのかとー心配してた。
ボクは語り部ファウスト。
君とともに物語を見つめる者だ。
今、ボクらは月夜の湖畔にいる。
黒髪で容姿端麗のファウストは白目を剥いて仰向けになり、美女の悪魔クララは彼に膝枕をして見つめていた。ファウストの口から垂れた泡を袖口で拭う。彼女の手首には、まだ、痛々しい鎖による傷跡が残っていた。
前回、地下世界から脱出するために、ファウストは亡者のことを知ることになった。
彼が、亡者と約束をしてたから。
亡者を知るには、前に地獄に行ったように、彼の心を飛ばすしかない。
亡者はファウストに眠り薬まで用意してた。
ボクたちは、
その眠り薬を飲んだファウストと共に異界へと行った。
そこで見たもの。
無差別で責任感のない愛の末路だ。
破壊の結果だ。
愛が美しいのは、幻想だった。
無差別な愛とは破壊の始まりだ。
まあいいさ。
亡者は知られる事で、天へ行けるとこだったが、それはファウストが永久な地下から出られないことを意味していた。
ファウストは歌の力で、亡者の天界行きを阻止しようとした...だけど、黒い羽根が邪魔した。
だから、ボクたちは湖畔にいる。
黒い羽根の持ち主が、
ファウストとクララを地下から
脱出させたからだ。
ボクの言いたいこと、わかる?
「そろそろ、目を覚ます頃合いだ。
その男は死なない」と黒い翼を持つ者が声を上げた。ボクらは彼の方を向く。
「己の役に立つ限り、ファウストは死なせない」と宣言する男は、まさしく天使だった。翼が黒い事を除けば。
薄暗い金髪は肩の辺りまで伸び、ウェーブがかっていた。端正な顔というより、完璧なまでに絵画のような顔。
しかし、眉間には深いシワの跡が刻まれていた。肉体は、がっしりとして、筋肉質だった。それを白い衣で覆う。
天使なんだ。彼は天使であろうとしてる。でも、黒い翼と苦悩が彼を悪魔としてみせる。
「叩き起こせ!!」
黒翼の天使の声が、月を割った。
湖面に散る光が、泡となって消える。
クララは彼を睨みつけ、
「やめてくれ。彼は疲れている」
と吐き捨てる。
「この時間すら、己は惜しい。悪魔社会の存亡がかかっている」
天使は言い、唾を地に落とす。
それは黒い花のように広がった。
しばらくの沈黙の後、
ファウストの身体から生気が戻る。まるで潮の満ち引きのように、
緩やかだった。
ファウストは息を吸い、
そして吐いた。
だけど、彼の心はズタズタで、呼吸はめちゃくちゃになろうとしていた。
クララは唇をあてがい、ゆっくりと口を動かす。ファウストの身体がビクッと跳ねて、静かになる。
重ねた唇が離れて、
彼女は優しくファウストに語りかけた。
「お目覚め? 私のファウスト。あなたをもう少し眠らせてあげたかった」
そして、彼女はまぶたを閉じる。
大粒の涙が、ファウストの口の中へ滑り込んだ。
ルシフェルは悪魔の涙を見逃した。
彼は、苛立ち、茶番だと思っていた。
「ファウスト。
汝は己に借りがある。
裁判所での件、
未契約の件、
そして地下から救い出した件などだ。少しは返そうと思わないか?」
ファウストは、上体を起こした。
天使を見て、一瞬だけど驚いた。
しかし、鋭い知性がフル稼働して、
平静さを保った。
ー取り乱すな。
ー殺される。
危ない橋にいる状況は、
変わってなかった。
(こうして、第一幕は黒い天使の翼に覆われて幕を閉じる)
ここまで読んでくれてありがとう。
第一幕は、“詩人ファウストの再生”の章。
黒い翼を持つ天使ルシフェルと、涙する悪魔クララ。
その間で、ファウストは「愛」と「知性」の両方を取り戻そうとしている。
次の幕では、ルシフェルが提示する“新たな契約”が明かされる。
──詩人として生きるか、それとも沈黙を選ぶか。
君と一緒に、その行方を見届けたい。