6)解任
生徒会の用も済ませ王宮に帰ると、その日のうちにルーファスは父に相談を入れキリアンとカイトを側近候補から外すことを決めた。
陛下から「穏便にな」と釘を刺された。
側近候補を取りやめにすること自体は簡単に出来る。二人の家に理由とともに候補でなくなることを伝えればいい。問題はその理由だ。悔恨の残らないようにしなければならない。
騎士団長の次男カイトは厳つい騎士タイプではないが身体強化と結界魔法を得意とし将来有望と期待されている。一方、キリアンは魔導師隊隊長の三男で魔力が高く魔導師としての才能がある。だから二人を側近にと国王が望んだ。それなのにこんなことになってしまった。
ルーファスは彼ら二人を切り捨てるならその責任を負うようにと言われていた。彼らの家との関係を損なわない理由を述べる必要があった。
数日後、生徒会の日。またもジャニスを部屋に入れたカイトにルーファスの忍耐力に限界が来た。
「いい加減にしてくれ。側近候補を辞めたいのか」
「お役に立とうとしておりましたのに、そういうことを仰るのですか」
カイトは顔色を変えた。
カイトのその言い方も不愉快だった。カイトとキリアンはルーファスよりもジャニスを優先しているではないか。
だが見苦しく喧嘩をしたくはなかった。もうこれで最後なのだから。
「君には感謝しているし能力を認めてはいるが生徒会の規則を蔑ろにしすぎている」
「婚約者であるレヴァンス侯爵令嬢は殿下を避けるように学園の騎士科にいますし、ジャニス嬢との関係は良好な方がよろしいのでは?」
キリアンが思いがけないことを言い出し、ルーファスは一瞬、思考が止まった。
(シンシアが騎士科にいる?)
ルーファスは瞬時に状況を考えた。
それが本当なら、ルーファスが知らなかったのは許されない。仮にも婚約者なのだから。
ルーファスは必死に「落ち着け」と自らに言い聞かせた。表情を取り繕う訓練くらい受けている。ルーファスが婚約者のことで狼狽えたのはごく僅かだった。
「それは、なんら関係はないだろう」
なんとか当たり障りのない言葉を絞り出した。
キリアンの突飛な考えにめまいがする。まるでシンシアとの婚約はお終いだからジャニスと親しくするようにと言われているようだ。というより、まさしくそう言いたいのだろう。おこがましいにも程がある。
「キリアン! ルーファスには言わないでって言ったのに! 知らなくて良いことだわ! ルーファスはあの婚約者は候補だとしか思ってないし! 関心がないのだから知らなかっただけよ!」
ジャニスが甲高い声をあげた。
彼女は本当に余計なことをする。ルーファスは思わず小さく舌打ちした。
ルーファスは実際、知らなかった。知らなかったのはルーファスの落ち度だ。
だが、ジャニスが声高らかに騒ぎ立てなければ、ルーファスが知らなかった事実は生徒会長らに注目されなかっただろう。おまけに勝手にシンシアが婚約者候補にされている。候補ではない。正式な婚約者だ。
「遊びたいのなら、出て行ってくれ」
ルーファスは苛立ちを抑えられなかった。
「あ、遊びたいだなんて。私はただお手伝いを」
ジャニスの声は涙混じりになっていた。
「だから、手伝いは要らないから出て行ってくれ」
「ルーファス様、善意のご友人に対してそういう言い方はなさらないでください」
「なぜ苛立っておられるんですか。ジャニスは一生懸命、役に立ってくれてます」
キリアンとジャニス、カイトの三人がかりでルーファスと対立している様相を呈し始めた。
この側近候補たちは王子であるルーファスの言うことを聞かないようだ。役員でもない子爵令嬢が我が物顔に振る舞うのがおかしいと思わないのか。
いや、彼らはこれまでもずっとこうだった。
幼馴染みだから、父に「気遣え」と言われていたから、母のお気に入りだったから、ルーファスは言いたいことも飲み込んで長年、付き合ってきた。それがこの結果だ。
今まで目立たなかったのは三人の傍若無人が許される王宮内だったからだ。本来なら王宮内であれば余計に許されないはずなのに王妃に守られていた。だが学園では許されない。
それがわからない。
「君らはどれだけ偉いつもりなのだ。命令が聞けないのか」
「命令ですか! 友人に向かって!」
「もう辞めてくれ」
見かねたのか、会長のセオドアが口を挟んだ。
三人はようやく押し黙った。
「部外者が立ち入り禁止なのは事実だ。ジャニス・アルド嬢、繰り返しそう伝えたはずだ。二度とここに入らないでくれ。それから、キリアンとカイト。二人は庶務の任を解く。もう来なくていい」
セオドアにそこまで言わせたことにルーファスは落胆した。自分で収めることが出来なかったのだ。王族だというのに。
「そ、そんな」
「逆らうな。理由はわかるな? もう来るな。二度とだ」
口答えをしようとするカイトにルーファスは被せるように止めた。
「ルーファス、ごめんなさい、どうか許して!」
ジャニスが歩み寄ろうとするのをルーファスは手で制した。
「近寄るな。これ以上逆らうのなら警備の者を呼ぶ。追い出されないうちに出て行け」
ルーファスの最後通牒にさすがに三人は顔色を失った。
「早く行ってくれ。これ以上、がっかりさせるな」
ルーファスは荒くなりかけた口調を抑えるだけでも気力を要した。
ようやく三人がドアの方へ動いた。
カイトは荒々しい足取りで、キリアンは脱力し項垂れた様子で、ジャニスは泣きながら何度も振り返り出て行った。
エドニルは三人が出て行くと「鍵をかけてくれ」と会計に命じた。
ルーファスは冷静を装ったが、内心はまったく冷静ではなかった。
黙々と会長たちとやりかけていたことを進めるが、いつもほど効率的に動けなかった。我ながら心が弱い。
シンシアが騎士科に通っていたことは、おそらく知らない者の方が少ないはずだ。入学して半年は過ぎるのだから。侯爵令嬢が騎士科にいるなど、目立つ話題に決まっている。皆、ルーファスは知っているはずだと思っていたんじゃないか。知らないほうがおかしい。
だが、知らなかった。
知るはずもない。ルーファスと婚約者であるはずのシンシアはなんら接点はないのだから。
ジャニスもキリアンたちも知っていたというのに。キリアンたちが「まともな」側近候補だったらルーファスに教えただろう。
側近の二人はルーファスに知らせるどころか、ジャニスと親しくすればいいと勝手に考えていた。そんな者たちに自分が囲まれていたことに今更ながら寒気がした。
あの三人とはもう終わりだ。
ルーファスは自分の意思とは関係なく婚約者から離されていた。愚かしくも日々の多忙や上手くいかない人間関係に流されていくうちに。
何をやってるんだろう。
なにも知らせずに騎士科に入っていた婚約者のことを想うと胸が突かれたように痛む。
ルーファスは、シンシアは魔導科に入る可能性が高いと勝手に考えて魔導科を選んだ。魔導科なら、経営学科や治癒術科の教室からも近い。だから会えると思っていた。
確かめれば良かった。まさか騎士科に侯爵令嬢が入るなんて思うわけがない。
手紙紛失事件は王家の落ち度だ。犯人さえ捕まっていない。
宰相は「事件が解決するまでは娘は王宮には来させません」と言っているが、それが本当ならシンシアは延々と王宮に来られないではないか。