25)番外編、レヴァンス侯爵家の私兵採用試験2
「ええと、学園でお見かけしたキャリーさんですよね」
リンクスが腹黒そうな顔に、愛想良く笑顔を浮かべる。
こいつの笑顔は気色悪いよな、と思いながら、キャリーも口角を少しだけ上げた。
「はい」
「女子で最も剣の腕が強かったと聞いてますが、なんでうちの私兵を希望されてるんですかねぇ」
リンクスが首を傾げる。
「騎士団や衛兵本部も希望したんですが、落ちまして」
キャリーが正直に答える。
「はぁ? なんでですかねぇ。あなた、もしかして、学園の成績がよほど酷かった?」
と資料をめくり、「いや、平均点以上は取れているじゃないですか」とまた首を傾げる。
「えっと、それは、私にもわかりませんが、どこも書類選考で落とされて」
「失礼ですが、ご家族によほど問題のある人が」
「いません!」
「じゃぁ、なんでかなぁ」
「騎士団の人事の方にでも聞いてくださいよ。せめて面接まで行けたら、頑張って剣の腕や意気込みをお話できたのに」
「だから、書類になにかあった、ということでしょ。成績は良いし、別に履歴書に悪い点はなかったっていうのに。学園の事務の職員はなんて言ってたんです?」
「え? いえ、学園を通さないで履歴書送ったので」
「はぁ? 学生のくせに、なんで個人で?」
「だ、だって、学園が寄越す用紙には親の署名欄があったから」
「そういえば、あなたの親、あなたが騎士になるのは反対してるとか噂でちらっと聞いたような?」
リンクスが記憶を捻り出そうと眉間に皺を寄せた。
「あ、はい、そうです。女は商家か農家の家にでも嫁に入って子供を産むのが幸せだという考えに凝り固まった親ですから、娘が騎士になるなんて猛反対です。署名なんかしてくれませんから」
「そういう事情なら、学園の事務にでも相談すれば良かったんじゃないですか」
「事務の人が、学生の家庭に口を挟めるんですか」
「うーん、でも、書類の親の署名くらい、なくても出してくれたと思いますけどね」
「そ、そうなんだ。でも、それで騎士団の書類選考、通ったでしょうか」
「通ったと思うよ。だってさ、もっと条件の悪い人間でも書類選考は通ってる」
「え」
キャリーは衝撃の事実に言葉が出ない。
馬鹿すぎるだろう、過去の自分。
「普通は学園を通すはずの学生が変わったことをするから、なにか訳ありそうで落としたって感じかな」
「そうですか」
キャリーは、体中の力が抜けたような気がした。
リンクスは同情の欠片も見せずに淡々としている。それがむしろ、今のキャリーには有り難かった。
その日は個人面接で終わり、食堂で夕食をとったのち就職試験の受験者たちは町長家の離れと使用人寮の空き部屋に分かれてそれぞれ泊まった。
明くる日は魔獣の討伐試験だ。
就職試験は、この森の討伐で終わりだった。
馬車で移動し、森を目の前にして並んで説明を受ける。
説明役は隊長だが、シンシアやルーファスもいた。昨日の家臣はいないようだ。代わりにお供する私兵や狩人の人数が多い。
「レヴァンス領は魔素が濃いために、獣や魔獣に亜種が出やすい。そうなると、手強さが変わるし、弱点も変わる。効果的な斃し方が予想できなくなる。そんなわけで、狩人だけに任せることも出来ん。領地の私兵が助っ人に入ることで、なんとか領民の安全を保っている」
隊長の言葉に頷くキャリー。
他の参加者の中には「亜種」という言葉に嫌そうな顔をしている者もいる。
給料の良さに惹かれて来たのかもしれないが、変異種は危険なものが多い。嫌そうにするのも理解はできる。
でも、それなら辞めれば? とキャリーは思う。そうすれば、キャリーが採用になる可能性が出てくる。
装備を再度、点検しておく。
シンシアの点検をルーファスが甲斐甲斐しく行っている。
「この防具はもう古くないか」
心配そうな夫に、
「平気!」
と答える妻。
初々しい新婚さん、という感じだ。
キャリーは二人から視線を引き剥がす。
どうも昨日からおかしい。べたべた見苦しいカップルなんかそこら中にいる。そんなものを気にしたことなどなかった。
疲れてるのかもしれない。心が疲れてる。
昨日のリンクス情報にもキャリーの心は抉られた。
でも、知って良かった。知らなければ、自分の履歴書のどこが悪かったか気付かなかった。それでもショックはショックだ。精神的ショックから抜け切れてない。
傷心のキャリーの眼前でいちゃつく二人。
羨ましくなんかない。
大事な侯爵家の護衛対象を御守りするのが私兵の役目。どんな状況でも最善を尽くすのが騎士だ。
キャリーはぺちん、と頬を叩いて気合いを入れ直す。
「出発!」
隊長の号令でキャリーたちは森へと踏み込んでいく。
この森の奥に目指す「亜種」がいるという。
どんな奴だろう。
移動中も角ウサギやら炎タヌキやらわんさか出てくる。
キャリーの実家の森には土タヌキがいた。普通のタヌキよりも皮がずっと硬くて、おまけに力も強い。強敵だったが、四人がかりで斃したものだ。
この森の炎タヌキは火を噴いてくる厄介な奴だった。それでも、剣術を鍛えてある今なら斃せそうだ。
キャリーは隊列の中程にいるために活躍の場がない。列を乱すわけにもいかない。
「焦っちゃ駄目だわ」
試験はまだこれからだ。
大型の魔獣はあまりいないようで、サクサクと討伐が進む。
一時間ほども歩くうちに目的の草原に到着した。
「ふむ、少し増えてませんか」
リンクスが隊長に声をかける。
「増えてますね。おまけに、面構えが変わってやがる」
隊長が渋い顔で頷いている。
草原にいたのは見たこともない植物型魔獣だった。
隊長の言う「面構え」とは魔獣どもの頭頂部の下にある瘤のことだろう。瘤に目と鼻と口みたいなものがあり、顔にしか見えない。
目と鼻はただの窪みと突起かもしれないし、口はただの茎の節かもしれないが。口みたいな節から舌状の触手がべろりと出ているので寒気がするほど不気味だった。
シンシアやルーファス、私兵や狩人たちは平気な顔をしているが、キャリーたち六人は言葉を失った。
「うぇ」
隣に立つ男が心底嫌そうな声を出した。
草原のそこかしこに、青紫色のそいつらはいた。大きさは大中小、様々だ。
大きい奴だと隊長の背を越え、樹木ほどにまで成長したものもいた。多いのはキャリーと同じくらいの丈だ。
もっと小さい膝丈くらいのも、よく見るとけっこういた。
小さめの連中は雑草に紛れているらしく、草を掻き分ければもっといるのかもしれない。考えたくない。
色は青紫で、気色の悪い色だ。
群れているわけではない。
奴らは、くるくると頭頂部を振り回しているからだ。
だから、くっついて群れることができない。
「こ、こいつらは」
呆然としていた受験者の一人が呟く。
「くるくる草だ」
隊長が振り返って答えた。
そのまんまやんけ! キャリーは心中で突っ込みを入れる。
「亜種だからな。正式名称なんかない。くるくる草が正式名称になりそうなんだよな」
リンクスがいつの間にかキャリーの近くにいて、不本意そうにぼやく。
「殲滅しちゃえば名前、要らなくないですか?」
「いや、殲滅はしない。素材が使えるからな」
「へぇ。食べられるんですか?」
「まぁな、茎は食える。好んで食べる魔獣もいる」
くるくる草のくるくる部分は車輪に使えるが、領地の秘密なのでリンクスは言葉を濁した。
それに、茎が食えるのは本当だ。
「あのキモいやつを食うんですか」
キャリーの眉間に皺が寄る。
「奴らのツラを見ながら食うわけじゃないしな」
キャリーは、故郷の森の土タヌキどもも醜悪だったな、と思い出した。
「そりゃそうですね。でも、残しておくのならもっと格好良い名前にしたほうがいいのでは」
「どんな?」
リンクスに真顔で尋ねられ、キャリーは慌てて考えた。
「怪奇植物ぐるぐるん、とか」
「では、そろそろ討伐に向かおうか。受験者は前に」
「無視かよ」
キャリーたちは渋る足を動かして前に進む。
「集合!」と隊長が仁王立ちする前に並んだ。
「くるくる草は討伐したのち素材を使う。ゆえに、討伐するさいに注意する必要がある」
くるくる草は、頭頂の部分は激しく回転運動をしており、触手の届く範囲に近付くのは危険だ。
腕のような枝も鋭いが、くるくる草の主たる武器は、くるくると振り回してくる触手だ。触手の先は粘っこい毒が付いていて、触れると強烈な痛痒さに襲われる。
粘ついているために触手を剥がせず、そのまま枝葉に突き刺されながら喰われる。
くるくる草の餌になるのは、通常は虫や鳥、ネズミなどの小動物だ。武器を持った人間であれば、触手を切り裂けばいい。
ただし、薄い衣服くらいなら触手の毒で溶けるので、無傷では済まない。討伐には、弓や投げナイフを使う。
茎は硬いので、普通の矢やナイフだと弾かれる。
くるくる草の触手が回転している部分は傷を付けたくないので、攻撃する箇所も注意が要る。
「案外、面倒かも」
キャリーは思わず呟いた。
「くるくる草を食う魔獣は、触手を掻い潜って近付き、茎の節目を狙って切り裂く」
と隊長がくるくる草を指し示す。
見ると、竹のような節がある。竹の節目は硬いが、くるくる草の場合は刃が入るらしい。
隊長は、私兵の一人が荷物から取り出したものを手に取った。
「侯爵家で開発された防護服があるので、これを着込む。十分くらいは触手に粘着されても溶けない。素早く近付いて、素材を残しながら討伐してもらう」
隊長が広げたのは雨合羽のようなものだった。
キャリー以外の受験生たちは一様に嫌そうな顔をした。
キャリーは、防護服があるのなら有り難いよね? と思う。
なぜ嫌そうにしてるんだろう。
雨合羽が暑いからか?
素早く斃せば大したことはないはずだ。今は季節的にけっこう涼しい。問題ない。
さらに、マスクや帽子や眼鏡まである。
完全防備だ。至れり尽くせりではないか。
隊長の「装着」の号令で動く。
防護服を着込み、帽子とマスク、眼鏡も身に付ける。
「作戦開始!」
六人はくるくる草の様子を見ながら早足で近付く。
と、その時、
ヒョヒョヒョヒョヒョォオォ。
身も凍るような不気味な甲高い声が辺りに響いた。
「うわ」
「ひぃ」
受験生たちがびびって足を止める。
驚いて尻餅をつく者もいた。
シンシアは「アハハ、すんごい鳴き声」と笑っている。
さすがレヴァンス侯爵家のお嬢様だ。
「怯むな! 討伐すれば黙る」
受験生たちは隊長に発破を掛けられ、何とか足を進ませるが、
「ヒョヒョヒョヒョヒョォオォ」
と怪奇植物に叫ばれると足が止まる。
キャリーは焦れったくなり、動かない受験生の脇をすり抜けて、背の高いくるくる草を狙って走り出した。
触手が防御服に絡みついてくるが、すべすべした素材だからか、絡み取られることもなく近付けた。
防御服は使ってみるとますます優れものだと実感する。
これなら討伐は楽勝だ。
キャリーはくるくる草の口を狙った。一番わかりやすい節だったからだ。
口の真ん中を剣で突き刺す。
ヒョヒョヒョヒョヒョォオォ、と魔獣が断末魔の叫びを上げた。
根元の節も切り裂き、討伐したくるくる草を担いで帰還すると、他の五人のうち、なんとか戦意を取り戻した四人もくるくる草を切り裂いていた。
最後までびびっていた一人は小さめのやつの首を切り落とすのがやっとだった。
キャリーは悟った。
不気味系の魔獣に関しては、大事なのは慣れだ。魔獣はどれも醜悪なものだが、やけに気味の悪い見た目のものがいるのだ。
竜や狼型は、怖ろしいが不気味とは違う。ウサギやタヌキでも、角ウサギや炎タヌキは見た目は物騒だが、不気味さはあまりない。
そういうのばかり見ていると、不気味系には慣れない。
キャリーは醜悪な土タヌキで慣れていた。
土タヌキはパッと目はタヌキだが、目は血走ったトカゲだし、背中にひび割れた煉瓦みたいな鱗があるし、口は裂けてるし、夜中に思い出すと震えるくらいに不気味だ。
でも、肉が美味いから、キャリーは嫌いじゃなかった。
くるくる草は、不気味路線で生き残ろうとしているらしいが、連中の思惑に反して、レヴァンス領がくるくる草を殲滅させないのは素材が使えるからだ。
あいつらは、やり過ぎないほうがいいんじゃないだろうか、とキャリーは思う。
あれ以上、不気味になったら、いくら有益素材だとしても「もう鬱陶しいから皆殺しにしよう」と思われないか。
教えてやる手立てはないが。
討伐試験が終わり、近くの村まで帰還すると昼食が振る舞われた。
面接官の隊長やシンシアやルーファスも同じ室内で昼食なので居心地が悪いが、腹が空いていた。
昼食は素朴な感じの煮込みと、木の実入りパン。パンに木の実を入れるのがこの辺りの特産らしい。あとは、角ウサギ肉の焼き肉だった。
どれも美味しかったが、角ウサギ肉は絶品だ。角ウサギは、新鮮なものが手に入る場合は焼くと美味いというが、初めて食べた。
もうここで暮らしたい。朝昼晩、ウサギ肉でもいい。
数日後、キャリーの居候している家に「採用」通知が届いた。
キャリーは嬉しさのあまり通知を抱きしめた。
半年後。
キャリーがいつものようにくるくる草を討伐していると、くるくる草の鳴き声が進化していた。
ピヨピヨピヨピョョョヨォ、
と、微妙に可愛らしくなっていた。いつも通り討伐したが。
健気さがいじらしい。
危険物でなければ飼いたいくらいだ、と言ってリンクスに嫌な顔をされた。
リンクスはたまに視察に来る。
相変わらず腹黒そうだが、今はあんまり嫌いではなかった。
お読みいただきありがとうございました。
おかげさまで一迅社様の賞をいただき、書籍化のお話もいただきました。
心より感謝申し上げます。
早田結




