22)番外編、対決!
番外編のリクエスト、ありがとうございました。
この日、夜会の場に激震が走ったという。
激震は大げさ、とシンシアは思うのだが、王家の世代交代を予感させる出来事だったらしい。
王妃が実家に帰ったきりとなり三年になろうとしていた。
昨今、シンシアの母マーシアは、社交界の頂点に立っている。
ここ数年は公爵夫人で幅を利かせるものがいないため、自動的にそうなった。マーシアはあからさまに牛耳るような真似はしないが、聡明で人柄的に問題もないのでわざわざ敵対しようという夫人もいない。
そこに、王太子妃のリズベラが加わって双璧をなしているのが今の社交界だ。
王家主催の夜会で、リズベラはマーシアに礼を述べた。
限りなく謝罪に近い言葉だった。
「シンシア嬢とルーファス王子との婚約継続を許してくださって、こんなに嬉しいことはございませんわ。心からお礼を申し上げます」
二人の会話に耳を澄ませていた貴族たちは一様に目を剥いた。
リズベラの隣では王太子が頬笑んでいた。
マーシアは顔色一つ変えなかった。頬笑みが僅かでも歪むことはなかった。
ただ優雅に美しく、社交界の頂点に相応しい笑みで「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。ルーファス殿下はシンシアと気の合う親しげなご様子で、微笑ましいと思っておりますの」と答えた。
この件では、マーシアのほうが上に立っている。そう思わせる会話だった。それを王太子は認めていた。
本来、社交界の頂点は王妃だ。王妃でなくとも、王太子妃だろう。あるいは王弟殿下の妃か。けれど、王妃が使い物にならないために二人の妃は多忙だった。
王族が外国を訪れることはそうないが、外交官の訪問はかなり多い。外交官夫妻のもてなしはこちらでも夫人を伴う。けれど、王妃はすべてパスだ。
内務で妃が活躍する場も多い。王妃がポンコツだと、その代行で余計に手間暇がかかる。
こんな状況でリズベラ妃は気の毒なくらいに多忙だった。ここ三年ほどは、続けて二人の王子を懐妊、ご出産された。
その穴埋めは王弟の妃がされておられたが、もともと研究者として務めていた妃で、かなり無理に公務をされていた。
マーシアはそのような経緯で、たとえ君臨したくなくとも社交界の女王的な立場になっていた。
そのマーシアに、リズベラは謝罪した。王太子も隣でにっこり頬笑んで肯定した。
これで決着が付いたんだな、と貴族らは理解した。
国王が天より高いプライドの持ち主であることも密かに知れ渡っている。やらかしが多かったので自然と広まったのもあるが、王太子がわざと広げた。
王妃が王国の歴史上、汚点となるレベルの愚妃であることも、彼女が王太子妃に決まったころから知られていた。
ほんの数分でも会話すれば「この妃の可愛らしい頭の中身は十二歳児くらいだな」とわかる。
今どきの十二歳児のほうがよほどしっかりしているかもしれない。十二歳の少女たちに悪かった。
王太子夫妻の私室で、リズベラは夫アドニスに頬笑んだ。
「やっと産後の体調ももどってきたわ」
「無理をしなくていいんだよ」
アドニスはリズベラをそっと抱き寄せる。
「無理ではないわ。じっとしているほうが辛かったもの。これからは心置きなくあなたを支えるわ」
「ありがとう」
「ルーくんのお嫁さんとも仲良くしたいわ」
「ハハ。楽しいお嫁さんらしいよ」
「ふふ。嬉しいわ」
王家の妃がようやく本格的に社交界に顔を出す。
これまで、王妃は夜会に出てもろくな会話ができなかった。
国王は「社交など無駄話の場だ。そんなものに時間を割く暇はない」と側近に本気でぼやくほど社交嫌いだ。
実際、彼の妃は夜会で情報収集や人脈を広げたことなどない。王妃が実家に引っ込んでも差し障りなどなかった。
喋るのは会議で充分だ、と若いころから国王はそう言って憚らなかったが、歳を取るにつれ酷くなった。
リズベラが復活し、社交界は賑わいそうだった。
王太子夫妻がレヴァンス侯爵家に謝罪したことなど、だれも国王の耳に入れなかった。
□□□
シンシアの兄、ダラスが宰相室勤務に決まった、とルーファスはシンシアから報告を受けた。
王太子アドニスからも「ダラスの宰相室入りが決まったね」と機嫌良く教えられた。アドニスはダラスと同級生だった。彼は優秀で面白いんだよ、とアドニスは楽しそうだ。
将来、宰相が代替わりするときは、ダラスに宰相になってほしいらしい。宰相室は、宰相が人選しているので優秀な人材だらけだ。それでも、気が合うという点でダラスが一推しだった。
ルーファスは王家から領地と爵位を賜ることになっていた。候補は幾つかあがっている。
国王が選ぶのは不安なので、義父となる侯爵からも意見をうかがい自分で決めようと思う。レヴァンス侯爵領にも益となる領地をもらうつもりだ。
レヴァンス領の領地の手伝いはシンシアが望んでいるので、領地で代官をしている家臣とともに行うと侯爵家では決めていた。ルーファスはシンシアの補佐と、王太子の補佐と、どちらも務めたいと望んでいる。上手く両立させようと考えていた。
レヴァンス領は、くるくる草という有益魔獣が増えている。国に変な横やりを入れさせないためにも内部にルーファスがいたほうがいいだろう。
ルーファスが任される役割が決まれば、公務と兼任できるように調整していこうと思う。
ルーファスには側近のリンクスがいる。さらに信頼できる者も見つけてあるし、アドニスが推薦してくれた人材もいる。あとは彼らが自分の部下を選ぶだろう。
シンシアとの婚約披露の宴があと半月ほどというところで、ルーファスはシンシアとともにレヴァンス領に来ていた。
「私は認めていませんからね、殿下」
ふいに声をかけられて振り返ると、シンシアの兄ダラスがいた。
彼には珍しい怒り顔だったためにシンシアが目を見開いた。
ルーファスはシンシアの驚く顔も可愛いな、と場違いなことを思った。結婚前で浮かれている時期なので仕方がない。
「お兄様、どうなさったんですか」
「可愛い妹が不甲斐ない婚約者とよりを戻してしまったのは、私の本意ではないことをとりあえず伝えておこうと思ってね」
「ふ、不甲斐ないなんて。ルーが可哀想ですから言わないでください」
シンシアが一応、婚約者の肩を持つが、「可哀想」と言われてルーファスは眉が下がりそうになる。
「其の節は、レヴァンス侯爵家には多大なご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」
「謝罪の言葉など、軽いものは要らないな。なにしろ、その謝罪は四年も前に必要なものだったからな」
「私もそう思っているところです。それで夜会での謝罪を」
「経緯は聞いたが、謝罪は王家からの正式なものではなかったな」
ダラスが目を眇める。
「お兄様、お母様が報復をしていると」
「シンシア、確かに母上は返り討ちにしてやったらしいが、それとこれとは別だ」
「確かにそうですね。ですが、リズベラ妃は社交の場でマーシア夫人に謝罪をいたしましたが、あれは、王家なりの正式なものです」
ルーファスの言葉をダラスは鼻で笑った。
無理矢理ではあるが、ルーファスの婚約問題は決着がつきつつある。せっかく平和な流れができているのに、ダラスはなにを思って喧嘩を売っているのだろう。
ルーファスは眉を下げているし、シンシアはおろおろしている。
リンクスたち側近や護衛たちは固唾を呑んで見守っていた。
「勝負だ」
ダラスが言い放った。
「えぇ!」
シンシアが戦き、ルーファスは即座に「受けて立ちます」と答えた。
ダラスはルーファスと側近や護衛らも引き連れて草原にやってきた。
これから畑にする予定の草原で、整地がほとんどできている。まだ耕しが充分ではない状態だ。
そこに二台の魔導車。
「これで競走をする」
ダラスがおもむろに告げた。
安全確認はできている魔導車だった。王都の商人組合で認可されている。
それらの書類を王子の側近たちは確認し、魔導車のほうも細かく見ていく。
魔導車は速度が出ないようになっていて、案外、単純な造りだ。確認は速やかに終わった。
「どちらの魔導車でも好きな方を選ばせてあげましょう。あの旗のところまで先に着いたほうが勝ちだ。負けたらシンシアはやらん」
「お、お兄様、ルーファスはド素人なんですよぉ」
「ふん。うちの領地では農家の子供でも楽しく乗っているものに、良い年の騎士の卵が乗れんとは。それだけで婚約破棄案件だな」
「んなむちゃくちゃな」
シンシアが思わずぼやき、リンクスたちも頷きそうになる。
けれど、ルーファスは「子供でも楽しく乗っている」という馬鹿にした台詞に反応した。
「やります!」
かくしてレースの開催が決まった。
なぜか情報を知っていた領民たちまで集まった。
シンシアに心配そうに見詰められ「大丈夫」とルーファスは頬笑む。
万が一、負けることがあっても、あれこれと文句を言いまくって再戦に持ち込もうなどとルーファスはすでに姑息なことを考えていたが、これで決まれば格好良いだろう。
見物客の中には子供たちも多くいて「どっちが勝つかな」「ダラス様に決まってるよ」などという台詞も聞こえてくる。
負けられない。ルーファスは聞こえてきた言葉に燃えた。
「用意」
と、村長がいつの間にか審判をやらされていた。
「始め!」
旗が振り下ろされる。
二人は魔導車をスタートさせた。
二人ともに意気込みはあったが、なにしろ低速用だ。
スピードが出ないことを知り尽くしている領民たちは、皆、敷物持参だった。おやつや飲み物を持ってきている者も多かった。
そこだけ見るとのどかなピクニックだ。
魔導車の二人は必死にアクセルを踏んでいた。
歩くよりは速い。走るよりは、ちょっと遅いかな、くらいのスピードで魔導車はがたごとと草原を走る。
「シンシアお嬢様、おやつ、ありますよ」
村長に声をかけられて、シンシアはおやつタイムに気持ちを切り替えた。
まぁ、どっちが勝ってもいいか、婚約はどう足掻いても決定だし。と開き直る。
おやつの素朴な焼き菓子は美味しかった。
忘れた頃に決着が付いた。同着だったらしい。
「いや、私だ」「ちょっと私が速かった」と見苦しくほんの少々もめたが同着で良かった。仲良く同着だ。
そもそも性能は同じなので同着の可能性は高かった。
領民が楽しめたのでよしとしよう。
ありがとうございました。




