21)その後
本日の二話目になります。
「アレン、頑張ったな」
仲間たちに肩を叩かれアレンは言葉もなく項垂れた。
「やるだけやって、砕けたんだ。思い残すことはないだろ」
周りに勝手なことを言われ、アレンはさらに項垂れた。
ルーファス王子は断られたあともしつこく迫って婚約続行を取り付けたと、早くも噂になっていた。
もっと早く自覚できていれば違っていたのだろうか。
アレンがもたもたしていたから愛する女性を逃したのだろうか。
最後まで駄目だった。
とてもお似合いだったのにな、と友人らはがっかりしていた。
二人、気が合っていた。きっと最強の辺境伯夫婦になれただろう。
シンシアは朗らかにアレンを支えただろう。
もう少しだった。
ルーファス王子が復活するのがあと一年、あるいは半年だけでも遅れていたら。
そうしたら、邪魔などさせなかった。ヨアンたちも必死にフォローしただろう。
あと一歩が足りなかったのだと思う。
ルーファスはそんな風には思っていないし「圧勝だ」と思っていそうだが。
モナたち三人は男子らの様子を若干、冷めた目で見ていたが、それでもアレンに「ガン見はやめろ」と忠告しなかったことは少し後悔していた。
女心の初歩くらい、彼らは学習すべきだろう。
「アレン」
キャリーが嬉しそうに声をかけてくる。
アレンはびくりと肩を揺らした。
モナたちはシンシアから話を聞いてキャリーを疑っていた。
キャリーはアレンを填めたんじゃないか。アレンも警戒心が足りなすぎたが、わざと胸を不自然にして誘って見せた。引っかかるほうがどうかと思うが、こんな子供だましの出来心くらいシンシアが普通の状況だったら笑い飛ばせたかもしれない。
もしや、それに王子が加担していないかと、モナとネリー、ロジーナがリンクスに問い質したところ、リンクスは「填めてはいませんよ」と言う。単にキャリーとアレンの噂を聞き、シンシアにチクろうと仲間としばらく張っていただけだ。
すると、アレンはあっさりキャリーに填められ、あの画像を撮られた。それだけだった。
リンクスは「アレンくんとキャリー嬢が付き合っているような様子は他ではまったくなかったですねぇ」と屈託無く教えた。
未来の辺境伯がそんなんで大丈夫かと驚愕するような真相だった。
むしろ、脳筋気味のシンシアがアレンとくっつかなくて良かったかもしれない。辺境の守りが心配な夫婦だ。それでも、モナたちはキャリーに腹を立てていた。モナから話を聞いたキースたちもだ。
友人らが眉をひそめる中、ロジーナがアレンを守るように立ち塞がった。
「キャリー。あなた、ホント、デリカシーがないのね。どっか行きなさいよ」
「あんた関係ないでしょ」
「関係大ありよ。アレン、一緒に打合いやる約束でしょ、行きましょ」
ロジーナはアレンの訓練着の襟元を掴んで引き摺っていった。
「ロジーナはヘタレが嫌いじゃなかったっけ」
モナがこそこそとネリーに尋ねた。
「アレンは最後はヘタレじゃなかったから。それより、ロジーナはキャリーに腹を立ててるみたい」
もともとロジーナはアレンのガン見はアホだから隠せないだけだと思っていた。うっかり視線がいっちゃったーみたいな事故は別として、ロジーナにはチラ見もガン見もどちらも同じだった。
けれど、シンシアが気にしているのを気付かないアホさ加減がどうにも苛ついただけだ。アレンはシンシアへの恋心を自覚すればやめるし、やめるべきだと理解できるだろうと思っていた。
アレンは恋愛に関してシンシアの言うとおりミジンコで、あまりに不憫だった。
「なる」
立ち直ってくれればいいけど、とモナは思いながらそっとレセルを見る。
レセルはアレンとロジーナの後ろ姿を切なげに見詰めていた。
□□□
アノシュ・ジェンセン改め、勘当され平民となったアノシュは王都の宿に泊まっていた。
手切れ金のような金を渡され屋敷を追い出されるときに、執事から「くれぐれも一晩でお金を使い切ってしまうようなことはなさらないでください」と言われていた。
腹立たしかったが止むなく中級の宿に泊まった。
アノシュは王子に薬を盛ろうとした件で廃嫡となった。
苛つきながら歩いていると、よく知っている男を見かけた。
「ゲイル!」
アノシュはゲイルに駆け寄り思い切り殴ろうとして避けられ、よろめいた。
「ああ、アノシュさん」
ゲイルはにこりと頬笑んだ。
学園ではゲイルが避けると余計にアノシュがいきり立つので大人しく殴られていたが、これからは幾らでも避けられる。アノシュの拳など隙だらけだ。避けるのは簡単だった。
「なにが『アノシュさん』だ! 貴様」
体勢を整えたアノシュは周りの通行人にじろじろと見られていることに気付き、さすがに声を落とした。苛ついたがそれ以上ゲイルに殴りかかるのは止めておいた。
「えっと、アノシュさんはお屋敷を出ていると聞きましたが? 何か用ですか」
「貴様! お前が裏切ったおかげで!」
アノシュの声が怒りで震えた。
「裏切ってなどいませんが? 護衛がいつもいて、なにも出来なかったんです。そのうちに教師に目を付けられて。大会当日は自宅で謹慎だったんですが。あれからどうなったんですかね」
ゲイルはしらを切った。ゲイルが寝返った王子たちは情報提供者の秘密は守ると約束してくれた。彼らはうまく誤魔化しているはずだ。ゲイルの代わりに王宮の諜報員が活躍したことになっているだろう。
「それならそうと報告しろ!」
「アノシュさんとは少しもお会いできなかったじゃないですか。ああ、そういえば、学園をうろついているときにジャニスとかいう娘の噂を聞きましたが」
「ジャニスの?」
アノシュはにわかに顔つきを変えた。
「ええ。ご存じないんですか」
「知らない。なんと聞いた?」
「たぶん、彼女の取り巻きの誰かでしょう。コーアル領のギズンという町の作業場にいるとか言ってましたっけ」
「本当か」
「いや単なる話ですから。例の工作のために動いているときでしたから確かめられなかったし」
「そうか」
アノシュは考え込んだ。ジャニスの行方は幾つか候補があったが、その一つは作業場だった。人の婚約を駄目にしているジャニスが慰謝料の借金を抱えているのではないか、とアノシュの侍従が推測していたのだ。
「じゃ、私は用事があるんで」
「あ、おい」
ゲイルは速やかに人混みの中に消えた。
「コーアル領のギズンと言ったな」
アノシュは恋人に会いに行くことを決めた。
ゲイルはアノシュが考え込む様子で宿に戻るのを人混みに紛れながら眺めていた。
半月ほど前、ゲイルはルーファス王子の側近から声をかけられた。ゲイルはすぐさま彼の要請に応じてアノシュの情報提供をし、アノシュを填める手伝いをした。
その際、王宮諜報部の職員と知り合った。
彼はジャニスの情報をくれた。ゲイルが情報提供のために守秘義務契約をしたからだろう、使える情報をくれた。アノシュが探していた女だ。ゲイルは実のところ、彼女の末路はおおよそ推測できていた。裏でなにをやっているのかわからない女だった。王子に付きまとっていたが、王子は嫌がっていた。表情でわかった。なぜ二人が恋仲などと噂になるのか不思議だった。
あの女は排除されたのだろうと思っていた。
ジャニスは娼館には売れなかった。人と会う仕事は危険と判断された。
「あの女は希代の詐欺師でしたよ、才能があったんです」
欺されたのは馬鹿な男ばかりではない。切れ者さえもいた。
共通点などは不明だが、隙を見て心に入り込むのが上手いのか、閨が良いのだろう。
一度牙が食らいつくのを許すと、徐々に深く食い込ませてくる。才能としか言い様がない。
「あの歳でなかなかのものですよ。まだ芽のうちに摘み取れて良かった」
諜報部の者にそう言わしめる女だった。
ぞっとする。ゲイルは幸いにも目を付けられるような男でもなかったため、あんな女のどこがいいのかわからなかった。可愛らしくも綺麗な女ではあったが、他にももっと美女はいる。
才能というのは怖ろしいものだ。
作業場で働く女にアノシュが会えるかわからないが、もしも面会できたら当分コーアル領から出てこないだろう。さらに身を持ち崩せばいい。ジャニスが作業場にいることは今はもう、さほどの機密ではない。訳ありの作業場だからだ。まともな貴族令息なら口を噤みジャニスは忘れる。
「でも、アノシュはどうかな」
さんざん殴られたゲイルからすれば足りないが、自分に出来うる限りの復讐だった。
□□□
夏の休暇でルーファスとシンシアはレヴァンス領へ向かった。
「へぇ。そんなに角ウサギが増えてたのかい」
「そうなんです。大規模討伐をやった日は山盛りのウサギを焼き肉にして領地の皆と食べ放題しました」
「そ、そうか」
「塩と香味を振ったあぶり焼きがそれはもう、絶品で! 角ウサギは新鮮なときは血抜きしてあぶり焼きが一番美味いんですって! それで、少ーし時間が経って堅くなり始めたときは煮込みにするそうです。煮込みにするときに肉を柔らかくするコツがあって。ちょっと叩いてうちの領で採れる果菜の汁に浸けるんですよ。最高の煮込みになります! 柔らかくて美味しくて! 手間がかかるみたいですけど」
「ぜひ賞味したいな」
「ですよね! うちの領民は優秀なんですよ、角ウサギが増え始めたのはここ一年くらいだというのにもう美味しく食べる工夫を調べ尽くしてて」
「そうだね、優秀だね」
「あ、領地についたら秘密がありますからね、殿下も守ってください」
「もちろんだよ! 絶対に守るからね。それから、シンシア。私のことは殿下ではなくルーファスと呼んでくれ」
「え、そ、そうですか、ルーファス様と」
「様は要らないから。愛称のルーでもいい」
「え、るー? なんか、可愛い愛称ですね」
「そう? ルーって、もう一回」
「あ、はい、ルー」
「うん、いいね、シア」
ルーファスに手を握られてシンシアは頬を染めた。
一緒の馬車に乗せられたリンクスが嫌な顔をしている。砂糖を喰わされた顔だ。この側近は優秀だが主への態度に関しては甚だ問題があった。
ルーファスは前の二人の側近よりマシなのであまり気にせず、シンシアも細かいことは気にしない、というより気付けない性格なので何も思わなかったが。
レヴァンス侯爵の領地に着くと、ルーファスはのんびりと走る魔導車がやけに多いことに驚愕した。
まだ安全対策が低速用なので、牛や馬の代わりにゆるやかに畑を耕す魔導車しかないが、数は多かった。ダラスが張り切って作った結果だ。
「こ、こんなに魔導車が」
ルーファスは呆気にとられた。
「うちの秘密の魔導車です。耕運機なんですよね。角ウサギのやつらに子牛や子馬がやられちゃって。農耕馬とか数が減ってしまったんです。その代わりです」
「すごいな」
「ゆるい速度用の安全対策しができていないので畑限定です。それでも、おかげさまで、王立研究所が幾ら我が儘を言っても領地で作られた車輪は使い道があるんで安泰ですからね!」
シンシアは「ほほほほほ」と高らかに笑った。悪役令嬢っぽかった。
ルーファスはそんなシンシアの笑顔がまぶしく見惚れていた。
アレンくんはきっと巨乳恐怖症になるでしょう。
お読みいただきありがとうございました。
感想もありがとうございました。嬉しく読ませていただきました。
(o゜▽゜)o(こんな感じでした)
ご支援、誤字などのお気遣い心より感謝いたします。
<(_ _)>
明日くらいからまた新作を投稿しようと計画してます。お時間ありましたらぜひいらしてください。
早田




