13)理由
今日、二話目の投稿になります。(一話目は朝9時に投稿済みです)
明くる日。
ルーファスは「お洒落で動きやすい訓練着」などを買いに行った。
リンクスが女性騎士に聞き込みをしたところ「マジな武闘派ならそういうのが嬉しい」という幾つかの情報を手に入れた。「お洒落な訓練着」や「名匠の手によるナイフ」や「格好良いデザインの水筒」などだ。
ナイフは討伐訓練で狩った魔獣の解体に使うという。女性はやはり力で劣るので切れ味の良いものが喜ばれる。
シンシアが使ってくれれば嬉しいが、どれも便利で実用的なものだ。デザインも格好良い感じのものを選んだ。
レヴァンス侯爵家へ向かう馬車の中。
「セリーナという女はとっくに離縁されていたそうだな」
ルーファスがぽつりと愚痴のようにこぼす。知らなかったことを恥ずかしいと思う感覚はとうに鈍くなっている。あまりにそういうことがありすぎた。
「カシュアに聞いたんですね」
ルーファスはのちにカシュアから追加情報をもらっていた。リンクスは王とルーファスの会談に立ち会うことはできなかったが必要な情報は話しておいた。
「聞いた」
「子爵はずいぶん早くから離縁の準備をしていたようですね」
「ああ。セリーナが王妃の手紙を盗み始めたころには離縁の手続きは終わっていた。おかげで、子爵は例の事件の巻き添えにはならずに済んだ」
ルーファスはそのことは良かったと思っている口調だった。
「庭師の見習いたちを救ったアルド子爵家の姉弟はお咎めなしですね」
リンクスもほっとした口調で相槌を打った。
もしも子爵の離縁が遅れていたら、国王は子爵が報復に巻き込まれることを躊躇しなかっただろうな、とリンクスは思った。
「ああ。離縁の証拠もずいぶん前から集めていたらしい。離縁を望み始めたのはさらに何年も前からだろうという話だった」
「そこまでですか」
リンクスはそれほどとは聞いていなかったようだ。
「彼が集めた証拠は、セリーナがジャニス一人に金をかけすぎるのと、家政を一つもしないことと、王宮へ向かう馬車を勝手に借りた費用がかさんで家計が苦しかったこととか。多岐に及ぶ証拠が揃っていたようだ」
「それは、離婚にもなりますね」
「子爵がジャニスの親権を放棄したので、セリーナはあまり抵抗しなかった。セリーナは家から追い出されて実家が持っていた貸屋の一室で暮らすようになっていた。ジャニスもだ。今はセリーナはそこにはいない。ジャニスは学園の寮住まいだ」
「そうですか」
セリーナがどこに行ったのか、リンクスは尋ねなかった。
レヴァンス侯爵家に到着した。
先触れを出してあったからかすぐに門が開かれ、エントランスでは侯爵夫人とシンシアが出迎えてくれた。
ルーファスはこの日、にこやかながら冷たい雰囲気の侯爵夫人にひたすら低姿勢で過ごした。
「シンシア嬢の体術の試合は素晴らしかったです」
ルーファスが述べると、夫人は「まぁ、ありがとうございます」とあまり嬉しくなさそうに答えた。
「あんなに動きが滑らかで、野性動物なみに敏捷に体術の技を繰り出せるなんて、よほど身体能力が高くないと出来ませんよね」
「や、野生動物? そう仰ったのかしら?」
マーシアが片眉を上げて王子を見る。
笑顔が怖い、と後に控えるリンクスは思った。
「見惚れました」
ルーファスが朗らかに頬笑む。
「そう、かしら」
「天性の才能を感じました」
「シンシアは娘なんですけれど?」
マーシアの細めた瞳に剣呑さが見え始めた。
「さすが宰相家のご令嬢です。才能をよくご存じです」
「ま、まぁね」
マーシアは手放しの褒め言葉に思わず視線を泳がせる。
「シンシア、その才能をどこで生かす予定なんだい?」
シンシアは突然、話が振られて「え?」と王子に顔を向けた。
正直、あまり真面目に聞いていなかったのだが、
「そう、ですね。魔獣の討伐で使い」
と言いかけたところで、
「シンシア、あとで話し合いましょう」
母に言われ、シンシアは口を閉じた。
「魔獣の討伐か、いいね。どこで?」
「あの、ええ、シフロアの森、とか」
本当は領地の森と言いたいところだが、領地に行くのを母に止められそうな予感がしたために無難な近場の森を告げた。
「ああ、あの森は難易度は中級だよね、私はシフロアの森の村を挟んだ隣にある異界の迷宮に行ったことがあるんだが」
「え? ヒーマスの迷宮ですか。あの、なかなか入る許可が下りないという」
シンシアは思わず身を乗り出した。
「そうだね、死霊系の魔物が多いからね」
「危険だから、ですよね」
「危険度はそうでもなかったよ。でも、死霊系の魔物が多いとお宝が多いとかいう迷信というかデマが根付いているものだからね」
「デマなんですか」
「うん。まるきりのデマだね。そんな統計データないからね」
「そうだったんですね」
シンシアはデマを信じていたので、目から鱗だった。
「おまけに魔力持ちの人間が死霊系が多いところで死ぬと魔物が活性化してしまうというのはデマではなく事実だから」
「活性化すると、手強くなるわけですか」
「そうなんだよ、難易度が変わってしまうんでね」
「死霊系って、討伐に」
「シンシア、殿下、そういう物騒な話題を当家でしていただきたくないんですけれどね。そもそも殿下はどういったご要件で?」
マーシアが不機嫌に口を挟む。
「もちろん、純粋にお祝いの気持ちで来させていただきました。今日のところは」
「今日のところは?」
「はい。込み入った話は、シンシアの活躍を祝いに来たのに相応しくないと」
「死霊がどうのという話題も相応しくないと思いますけれどね」
「それは申し訳ない。シンシア、迷宮の話はまた今度にしよう」
「え?」
「今度というのは?」
マーシアが娘の代わりに尋ねた。
「愛しい婚約者に会いに、またうかがいます」
「は?」
「え」
「また訪問させていただきます」
ルーファスは二人が呆けているうちに繰り返し述べて暇を告げた。
□□□
「で?」
嵐のような王子の訪問騒ぎが済んだ後、マーシアは放心状態のシンシアを横目で睨んだ。
「なんでしょう? お母様」
「瀕死状態だった婚約が復活して良いのかと訊いているのよ」
「私の第一希望としては、レヴァンス侯爵領のお手伝いに生涯を捧げようかと」
「ダラスのお嫁さんの小姑になるつもり!」
「じゃ、邪魔にならないように気を付けます。あるいは、お飾りの第二王子妃」
「それは辞めなさいと言ったでしょう! アレン君はどうなったのよ!」
「ですから、アレンは見込みがないと」
「その理由は! はぐらかさずに白状しなさい!」
母に詰られ、シンシアは「はぁ」とため息を吐いた。
「話すと長くなりますが」
「かまわないわよ」
「私は、騎士科では仲良し四人組でいつも一緒にいるんです。聖騎士の家の令嬢で姉妹のネリーとロジーナと、それから、王国騎士団第二部隊中隊長家の令嬢のモナです。それで、アレンのほうは寮の部屋が近い同士のキースとヨアン、レセルたちと一緒で、けっこう八人で喋ってるんです」
「あらまぁ。グループ交際というものね」
マーシアは微笑ましく「青春ねぇ」などと言っている。
残念ながら、母の思うような桃色の展開はない。母は学生のころにすでに父と巡り会っていたがシンシアは違う。
「それで、キースはモナに惚れてて、ヨアンはネリーが好きなんです。もう、態度でばればれですから。で、レセルはロジーナが気に入ってるみたいなんですけどね、でもレセルは、ちょっとキースやヨアンとは違うんですよね。アレンも、もちろん違うの」
「そうなの? どう違うのかしら」
マーシアが首を傾げる。
「うちのクラスにはキャリーっていう可愛い系の女子がいるんですけど。彼女、男子から大注目の子なんです、それはもう、彼女がいると視線がすごくて。だって、なにしろ、巨乳ですから」
「きょにゅう」
マーシアが唖然として呟く。
「雌牛も真っ青なくらいの巨乳。で、キャリーが近付くと、アレンとレセルの視線もその胸元の肉塊をガン見してて」
「がんみ」
初めて聞く言葉でありながら、なぜかなんとなく意味がわかった。
「レセルのほうがまだ視線を逸らそうという努力がうかがえるっていうか、ガン見はやばいな、っていう自覚がある感じなんですけど、もうアレンは、恥も外聞も無い、ガン見」
「なるほど、ね」
それは確かに問題だわ、とマーシアもさすがに思った。
「キースとヨアンは、ぜんぜんキャリーなんて見向きもしないの。キースはモナの顔ばかり見てるし。ヨアンもネリーのほうずっと見てるから。だから、わかるんです」
「わかったわ、シンシア。もっと良い嫁ぎ先を選んであげるわ。お話は来てるのよ、王子の浮気の噂がすごいから」
「えぇ?」
「セイラスが選り好みし過ぎてるのよねぇ」
「マジですか」
「気に入った相手が見つからなかったら、二人でダラスの嫁の姑と小姑になりましょう」
シンシアは久しぶりに母に髪を撫でられ、目が熱くなってしまった。
ありがとうございました。
また明日も朝9時と夕方20時と、二本投稿する予定です。




