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1)プロローグ




 ルーファスは幼馴染みのジャニス・アルドを嫌っていた。彼女はお喋りで面白い子ではあったがうるさくてしつこかった。

 ジャニスは、母には「明るくて良い子」と気に入られていたがルーファスは嫌でならなかった。それなのに、母親同士が仲が良いために一緒にいる機会は多かった。

 ルーファスはデルヴァス王国の第二王子で、国王になる可能性は低いと思われているが、実は兄のアドニスは持病を抱えている。ゆえに予備であるルーファスの婚約者は王妃に相応しい令嬢しかあり得なかった。

 ジャニスの実家アルド子爵家は力も何もない家だ。夫人と王妃は気が合うので付き合っているというだけだ。それでもルーファスは、ジャニスが万が一、婚約者として名が上がったら気分が悪いので両親にははっきりと言っておいた。

「ジャニスが私の婚約者になるのは絶対に嫌です」

 彼女は決して貧相ではないし顔立ちは美しいのだろう。でも、ルーファスの好みではなかった。性格も好かない。纏い付いて鬱陶しいと思っていた。

 母は「喧嘩でもしたの? 子供のくせに冷たいことを言わないで」と嫌そうな顔をした。

 十歳の子供らしくない言葉だったのだろうか。ジャニスを気に入っている母にとっては冷たく感じられたらしい。でも正直な気持ちだった。

 父と姉はただ苦笑した。兄は「わかるよ」と頷いてくれた。腹違いの末弟はこの場にはいなかった。末の王子は実母である第二妃のそばにいるために疎遠だった。

 ルーファスは以前「ジャニスは友人としても気が合わない」と正直に言ったこともある。もっと本音を言えば「鬱陶しいから会いたくない」なのだが、母には言い難かった。

 母は「ジャニスをあなたのお相手と思ったことはないわ、安心しなさい」と苦く笑った。

 なぜそんな嫌そうな顔をするのかがわからなかった。父も苦い顔をしているが、ルーファスにではなく王妃にその視線を向けている。

 二人の似た表情が違う意味を持っていたことを、ルーファスはこのときは知らなかった。


 それから二年後。

 ルーファスの婚約者を決める茶会が行われた。

 茶会のあと、父に尋ねられたルーファスは「レヴァンス侯爵令嬢が良いと思います」と答え、レヴァンス家からも打診があったと聞いた。そのため、すんなりとシンシア・レヴァンスに決まった。シンシアは白金の髪にスミレ色の瞳をしたレヴァンス侯爵家の長女だった。

 ルーファスはジャニスを避けられたことに心底安堵するとともに、先方からも望まれていたことを喜んだ。これは相思相愛というものではないか、と密かに浮かれた。

 そんな幸せなはずの婚約が、まさかあんなことになるとは思ってもみなかった。


◇◇◇


 馬鹿だった。失敗した、人生最大の失敗だった。

 婚約のことを思い出したシンシアは苛ついていた。

 今朝までシンシアは死にかけていた。もしかしたら一瞬死んだかもしれない。それくらい重症だった。魔力暴走を起こしたのだ。

 魔力暴走は魔導の教師に魔力を上手く放出する方法を習っていれば起こらない。シンシアがそれを怠っていたために上手く流れない魔力が体内で暴走した。

 つまり、自業自得だ。魔力暴走の前にまるで予兆のように体調が悪かったのだが、本当に予兆だった。

 魔導の家庭教師から何度も「お嬢様に真面目に修練するように注意してください」と執事に文句が来ていた。このままでは危険ということで執事から父にも知らせがあったらしい。シンシアは魔力暴走を起こしかねない条件を持っていた。魔力が高いうえに体内に滞りやすい体質だった。

 けれど、仕事で忙しい父は娘を放置した。社交で忙しい母もだ。

 その結果、シンシアは死にかけた。一週間寝込んだが、婚約者である第二王子ルーファスは見舞いに来なかった。

 理由は知っている。ルーファスの婚約者になったのはシンシアの我が儘だ。宰相の父は王宮で影響力を持っている。おかげさまでシンシアの我が儘は通ってしまった。

 それらを今更ながら思い出したシンシアは、己の馬鹿さ加減に辟易した。

 たった十二歳で婚約者を決めるなんて、未来の恋愛の可能性を捨てたようなものではないか。これからどんな出会いがあるかわからないのに。


 寝込んでいる間、シンシアは兄と遊んでいる夢を見ていた。

 懐かしかった。シンシアの大好きな兄。元気な二人の遊びは追いかけっこやキャッチボールだった。

 兄は蛇を見つけると、蛇を掴んでシンシアを追いかけてきた、アハハと笑いながら。シンシアは芋虫を持って対抗した。兄は虫が嫌いだった。妹に弱点を知られるなんて愚かな兄だ。

 ある日、シンシアは毛虫で兄を驚かそうとしてかぶれた。毒虫だった。ヒリヒリと痛んで泣くシンシアを、兄は背負って走った。泣くな、大丈夫だ、と何度も言いながら。

 共働きの両親は留守だった。遠い伯父の家まで走ってくれた。

 目覚めたとき、シンシアは懐かしさと寂しさにしばらくぼんやりとしていた。

 今世には元気すぎる兄などいない。

 兄はいるが、あんな乱暴者ではない。長兄ダラスは五歳年上でシンシアよりも淑女っぽい麗しい青年だ。今は学園の寮にいて年に数回しか会えない。

 シンシアの見た夢は前世の記憶だとわかった。

 前世の記憶を蘇らせたシンシアは少々ガラが悪くなっていた。決して前世でチンピラだったわけではない。少し素行は悪かったが、弱い者いじめみたいな卑怯なことはしなかった。

 一緒に育った兄が言葉より拳で語るような脳筋だったために多少荒っぽい性格だったが、道を外れることもなく普通に生きていた。

 前世の記憶を思い出すのは魔導士ならまれにある。魔力暴走を起こすと変な記憶が蘇るというのも聞いた話だ。シンシアは大して気にしなかった。要するに死にかけたことによる後遺症だろう。

 おかげで少し人格が前世寄りになったとしても仕方がない。思い出す前のシンシアも違う方向でチンピラみたいな女だった。

 我が儘を言って婚約を決めたなんて、自分で己の首を絞めてるようなものだ。

 しかも、婚約相手は人形みたいに澄ました王子様だ。あの茶会も最低最悪だった。まるで令嬢の品評会みたいだった。本当に品評会だったのかもしれないが。

 シンシアたちは保護者と参加していた。まだ十二歳くらいの令嬢を一人きりで出すわけにもいかない。けれど、普通の茶会と違って、庭園の手前で親とは別れさせられ、王妃と王子の前で一人一人お辞儀をさせられたのだ。どの程度のお辞儀ができるか品評するためだろう。

 シンシアは肝が据わっているほうなのでなんとも感じなかったが、他の令嬢たちは緊張で震えたり、よろめいている子もいた。

 そのあと席に誘導されたが、令嬢たちはそのまま親とは離され、丸いテーブルに着いた。令嬢たちが座る幾つかのテーブルの前に楕円形のテーブルがあり、そこに王妃と王子と、お固い雰囲気の男性が並んで座っていた。

 王妃が「よく来てくれたわね」と挨拶というにはお粗末すぎる挨拶をし、王子が自己紹介をし、男性は国王の側近だと名乗った。

 まるで審査員席と審査される令嬢たちみたいだが、実際そういう場だった。今思えば、実に屈辱的な茶会だった。令嬢たちは家畜を品定めするかのような目でじろじろと王妃たちに見られていたのだから。

 王子は王家の色である紅茶色の髪に黄水晶の瞳をした美麗な少年で王族らしい社交用の笑みを浮かべ、王妃は爪の先まで磨き上げられてコロコロ笑う声まで作られたような美女。背筋が寒くなるくらい絵になるロイヤルファミリーだったが、あんな品評会を催す王家に嫁ぐなど考えるだけで虫唾が走る。

 帰りの馬車の中で母が「感じの悪い茶会だったわ!」と文句を言っていた。母の様子を見るにあの品評会は不意打ちだった。時期的に王子の婚約者選びかと大人は予想したかもしれないが、まだ子供の令嬢たちにとっては、ただの茶会に呼ばれてあれはない。

 けれど、正直、前世の記憶を思い出す前はあまり考えていなかった。貴族にとっては王家とはそんなものだ。侯爵夫人で宰相の妻でもある母には屈辱だったというだけだ。

 そもそもシンシアは、隣の席で緊張に震えている令嬢が気になって、王妃たちの挨拶もほとんど聞いていなかった。帰りの馬車の中で母があれこれと文句を言って知ったくらいだ。

 あんな王家、放っておけば関係なしで終わったはずなのに。恋愛小説の挿絵のヒーローにルーファス王子がちょっと似ていて、周りからシンシアは「王子殿下の婚約者に選ばれる可能性が高い」などと言われて調子に乗った。愚かなシンシアが父に頼んで第二王子の婚約者になった。

 馬鹿すぎる。

 それでも自分でやってしまったことは取り消せない。

 さすがに「前世の記憶が蘇ったのでやめます」とは言えない。

 婚約が決まったのはシンシアが体調を崩す前、一か月くらい前のことだ。シンシアは「ひと月前くらいに時間が遡らないかな」と思い付き、その日の夜、神様に必死に祈って眠った。

 けれど、明くる朝になっても時間が遡るような奇跡は起こらなかった。

 シンシアは考えに考えて「もう仕方が無い」と諦めた。受け入れるしかない。

 体調が戻ると王子妃教育なるものが始まってしまった。シンシアは泣く泣く教育を受けた。馬鹿だった自分の尻拭いは自分でやるしかない。

 教育係は王宮からわざわざレヴァンス邸に来てくれた。シンシアは真面目に受けた。せっかく来てくれるのだ、受けるしかない。

 さらに、今までの家庭教師による授業もある。

 せめて侯爵家の家庭教師の分がなくなれば良かったのに、王子妃用の勉強は外交や福祉関係の基礎や王家の仕来りや外国語などとなっていて分野が違う。おかげで勉強漬けだ。さらにワンランク上のマナーやダンスのレッスンもある。マンツーマンだからさぼれない。

 毎日あまりに大変で、一日が終わるころには魂が抜けそうになる。

 他に護身用の体術も受ける。これはかなり楽しかった。

 前世の記憶はおぼろげしかないが、どうやらシンシアは前世でこういう格闘技が趣味だったらしい。身体が自然に動く。武術の教師に褒められた。

 俄然、やる気が出た。シンシアは褒められると伸びる子だった。他の授業は要らないからこういうのばかり受けたいくらいだが、残念ながらそういうわけにもいかない。

 それでも王子の婚約者になったから体術の授業も受けられたのだから、これだけは良かった。

 シンシアの出来が良かったので、ナイフを使った護身術なども習った。

 すごく楽しい。練習用の刃を潰した軽いナイフを握りながら顔が笑ってしまう。

 魔導の授業では攻撃魔法も習った。これも楽しい。

「魔獣の討伐をやってみたい」と教師に頼んでドン引きされた。

「シンシア様、宰相閣下が許すわけがないですよ」

 と苦笑しながら言われた。

「父は私には興味なさそうだけど?」

 シンシアは首を傾げた。

 宰相の父はとにかく忙しい。娘とほとんど話などできないほどだ。

「お嬢様のお願いで第二王子殿下の婚約者になったと伺いましたが?」

 教師に痛い所を突かれた。

 第二王子と「婚約したい」という話は執事に伝えた。何度か執事に訴えた。父とは思うように会えないからだ。朝食の席で顔を見ることはあるが、父は忙しく食事を済ませ速やかに仕事に行ってしまうので話ができなかった。

 忘れたころにようやく父がシンシアの部屋にやってきて「本当か」と確認し、優秀な父はシンシアとルーファス王子の婚約をまとめてしまった。

「それはそうだけど」

 我が儘を言ったのは覚えてる。だが、よくよく考えてみるとおかしい気がする。

 たとえば、魔導の教師から「お嬢様が訓練を真面目に受けない」と訴えられても父は放置だった。シンシアが娘として大事なら放っておかないのではないか。

 シンシアが魔力暴走で寝込んでいるとき、父は何度か様子を見に来てくれたというので最低限の情はあると思う。けれど、前世の記憶にある兄を思い出してしまうと、今世の家族の情は薄い気がする。

 それなのに、王子の婚約者になりたいという願いは叶えてくれた。

 結局、大人の都合で決まったのでは? と思うのだ。

 それに、あの品評会のような茶会で決まったんじゃないの? という疑問も浮かぶ。あの王妃たちの印象からすると、シンシアの我が儘が通るとも思えない。それなのにシンシアの我が儘のせいになっている。

 腑に落ちないと感じながらも、やることが詰め込まれた毎日に忙殺され日が過ぎていく。

 婚約からの二年間はただただ忙しかった。


◇◇◇


 馬車の中でマーシアはほくそ笑んでいた。

 夜会の帰りだった。

 シンシアの母であるマーシア・レヴァンスは社交界では「白薔薇の君」と謳われる美貌で有名だった。傾国の美女に相応しく宰相の妻となり誰からも羨まれた。

 そんなマーシアが自分の誇りを傷付けられたのは二年前だった。娘のシンシアが我が儘を言って王子の婚約者にしてもらった、という噂が流された。

 マーシアは頭に血が上る想いだった。すぐに夫のセイラスに本当かと詰め寄った。

 切れ者の宰相とは思えないほど焦った様子でセイラスは答えた。

「シンシアが望んだのは本当だがそれだけではない。王家に話を付けるとあちらも良いと判断し、私も良縁だと考えた。王子殿下もシンシアで良いと答えた。つまり、皆が望んだ結果だ」

 要するに、噂は真実のほんの一部を切り取ってことさら大きく囃し立てたものだった。まるで誰も望んでいないのにシンシアの我が儘のせいで婚約が決まったと言われている。

 しかもシンシアが茶会でマナーが悪かったとも一緒に語られ、レヴァンス侯爵家の教育がさも問題があるように噂が流れていた。

 シンシアは茶会で隣の令嬢が緊張していたので菓子を勧めただけだ。少しばかりしつこかったかもしれないが、噂で言われるほどではなかった。母親たちも隣のテーブルにいたのだから知っている。

 マーシアは噂の元を探り、王妃の友人であるセリーナ・アルド子爵夫人が発端だと知った。セリーナは王妃がもっとも親しくしている友人だ。

 アルド子爵家は先代までは男爵家だったが先代当主が功績を挙げた。視察中の王女殿下が事故に逢われたさい決死の救助で子爵位へ陞爵した。とはいえ力の無い低位の貴族だ。

 子爵夫人が王妃に気に入られ王宮に出入りし、娘のジャニス・アルドは第二王子の幼なじみとして姉妹のように親しくしている。マーシアが聞き込んだ話では、ジャニスが王子の婚約者になると言われていたとか。

(子爵家の娘は王子の婚約者にはなれなかったのね。だから、手の届かない座を得たシンシアが憎かった。でも、レヴァンス侯爵家を貶める噂を否定せずに放った王家も同罪よ)

 おそらく、王妃は知っている。王妃同意の上でセリーナは噂を流布した。

 マーシアの口元に昏い笑みが浮かんだ。

 我が侯爵家を虚仮にした恨みを倍返ししてやる。

 マーシアは貴族夫人らしい母親で、家族とべったり仲良くという感じではない。それでも、自分の身内は大事だと思っているし、他人が蔑ろにすればプライド的にも腹が立つ。

 シンシアが魔力暴走を起こしたときにはさすがに母親として反省をした。反省したと言ってもまた社交に精を出しているが、社交は貴族夫人の仕事だ。

 マーシアは王家から「王子妃の教育は、教師を派遣しますのでレヴァンス侯爵家で受けてほしい」と知らせが来たときもおかしいと思っていた。なぜ娘を王宮に招かないのか。王子と会わせたくないのではないか。

 でも丁度良いわ、とマーシアは考えた。娘を蔑ろにするのならすればいい。

 それがどんな悪評を呼ぶか、思い知れば良い。

 マーシアは社交界に密かに噂を流した。本当のことを少しばかり歪めた噂だ。セリーナが広めたほどはデマではない。だから信憑性があると思われている。

『ルーファス王子はシンシア嬢を正妃に、ジャニス嬢を妾妃に望んだ。ジャニス嬢のために根も葉もない噂を流し蔑ろにしている』

 レヴァンス侯爵家のささやかな復讐。

 マーシアはこういった謀略は上手かった。新参貴族のセリーナやお嬢様育ちのまま呑気にしている王妃よりも。王妃は詐欺師のような毒婦セリーナ以外にはほとんど付き合いがない。王室管理室が宛がった取り巻きはいるがその夫人らとの関係も上辺だけのものだ。

 もしもシンシアが呼ばれてもいないのに王子に会いに行くような愚かな娘なら復讐など出来なかった。だが、思いのほか常識的な娘に育っていたらしい。シンシアからルーファス王子に会いたいなどという言葉を聞いたことは一度もなかった。

 王子妃教育も真面目に受け、教師からは「体術に才覚がおありです」と、令嬢としてはどうかと思うような評価を受けている。

 他の座学のほうも「よくお出来です」と、体術や攻撃魔法ほど手放しではないが、褒められている。

 王家の仕来りや王家に関わる故事来歴なども教わっているが、まだ王家の機密に触れる内容はない。そういったことは結婚してからか、あるいは結婚間近に学ぶのかもしれない。

「それまでに婚約解消でしょうよ」

 マーシアは「ふふ」と笑みを浮かべる。

 娘が「王家の負担で」上等な教育を受けられるのは良い。

 だが、王妃が自分の娘の義母となるのは我慢ならない。マーシアは王家に腹を立てていた。

 一年ほど前までは、夫であるレヴァンス侯爵はまだ様子見をしている有様だった。マーシアは日和見な夫にも腹を立てたが、宰相という立場もあるだろうと我慢していた。

 夫の様子が変わったのは一年前だ。婚約から一年も過ぎたころだった。

 王妃主催の茶会が開かれたが、シンシアは招かれなかった。ルーファス王子はジャニスという子爵令嬢をエスコートしていたと社交界の話題になった。

 夫は、ようやく王家を見限った。

 国王の能力はそれなりに信頼しているが、レヴァンス侯爵家への仕打ちはそれまで宰相として国に仕えていた夫の信頼を大きく裏切る行為だった。

 このとき、レヴァンス侯爵家と王家は水面下で決裂したのだが、王家はわかっていないようだった。

 その茶会ののちも、催事や社交のたびにルーファス王子は何度もジャニスをエスコートしている。王都の社交界は王家の奇行に目を丸くしていた。

 マーシアがこっそりと流した「ジャニス愛妾説」と「シンシアお飾り妻説」は真実だと、社交界に定着していった。マーシアが想像していた以上に王家は愚かだった。あるいはマーシアの流した噂は真実だったのかもしれない。

 レヴァンス侯爵家の細やかな報復が毒のように染み渡ったころ、婚約から二年近くも過ぎて、ようやくシンシアは王宮から茶会への招待を受けた。宰相である夫の話で、マーシアはそれを知った。

 夫から「招待は断った」という言葉を聞き、マーシアは喜んだ。よくぞ言ってくれたと思った。

 婚約してから今まで王宮から婚約者への茶会の招待はなかった。こんなにも日が過ぎてようやく招かれたところを断ったのだ。

「この二年近くもの間、放りっぱなしだったのにどんな心境の変化ですか」

 とセイラスは冷たく尋ねたという。



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