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04.新入生歓迎パーティ -2-

「コストさん、時間をいただけるかい?」


 イリスとマグノリアは同時に振り返った。呼びかけた上級生は、イリスだけを見ていた。


 イリスはモグモグとスイーツを頬張りながら「何でしょうか?」と見上げて問う。上級生はただ着いて来るように言った。その上級生の首元には青い石のブローチが輝いていた。


 大人しく付き従っていくと、食堂から二分程歩いた先にある、重厚な黒い扉の部屋に案内された。大きな窓から差し込む太陽光がシャンデリアに反射して、部屋中を煌びやかな空気で満たしている。


 揃えられたテーブルやソファは見るからに高級品だ。テーブルには紅茶やスイーツが用意されている。


 部屋には既に三十人程の生徒がいて、談笑を楽しんでいる。社交界に片足突っ込んでいたイリスだからわかる。そうそうたる顔ぶれだ。


 イリスが迷い込んだのは上流階級のみが参加を許される、ノブルクラブという会だ。会員はこの部屋を自由に出入りすることができる。


 ここでもトップに君臨するのは、リュドウィックだ。上級生達に囲まれ、機嫌を窺われている。当の本人はそれを煩わしそうに、顔をしかめている。


「新メンバーの諸君、会員の証を配る。この宝石を名実ともに汚さないよう頼むよ」


 会長と思われる七年生が皆の視線を集めて言った。


 ブローチの色は赤、青、緑、黄、白の五種。上級生がそれぞれに似合う色を見繕うのが伝統だ。


 イリスのブローチを選んでくれたのは、ここまで先導してくれた青いブローチの上級生だった。彼の手には赤い石がついたブローチが握られている。


「たいていの場合、自分と同じ色のブローチを贈るのだけれどね、君はこの色の方が似合うと思うから。コストさん、改めてようこそ」


 イリスの胸のリボンにブローチを取り付けながら、そう説明してくれた。ちらりと見ると、確かに同級生は皆、担当してくれている先輩と同じ色のブローチを貰っている。


「許可なく私に触れないでいただけます?」


 金切り声が響いた。イリスは顔を見なくても、声の主がわかった。


「失礼。レディに触るのは確かに無礼だったね」


 ミレーユに責め立てられ、ブローチを贈ろうとしていた上級生が両手を挙げて平謝りしている。リボンにつけるのは諦めて、黄のブローチを手渡しする。


 今まで男子生徒しかいなかったのだから、このようなトラブルもなかったのだろう。伝統をそのまま残すのが難しい場面はこれからもあるかもしれない。


 ブローチを受け取ったミレーユは、リュドウィックの方へ駆け寄った。彼は緑色のブローチを黒一色のクロスタイに付けてもらったばかりである。


「リュドウィック様! 私にブローチを付けてくださいませ。これは他の人に付けてもらうのが伝統みたいですから」


 誰もが耳を疑った。今しがた男性には触れられたくないと断っていたではないか。


 リュドウィックも先ほどのやりとりは把握していた。


「女性に触れるのは良くないのだろう?」

「許可があればいいんですよ」


 ミレーユはずいっとリュドウィックに顔を近づけた。リュドウィックは「近い」と強く言って、彼女から距離をとった。


 イリスは無言で彼らの様子を見ていた。視線の先はリュドウィックの緑色のブローチだ。


 リュドウィックのブローチをうらやましそうに見ていると、リュドウィックがこちらに気付いた。


『何をジロジロ見ている。不快だ』

「交換するか?」


 目前にリュドウィックが二人いる。記憶のリュドウィックは今にも嚙みつかんばかりにイリスを睨んでいる。現実のリュドウィックはやや眉間に皺が寄っているものの、優しい声音で尋ねている。


 あまりに態度が違いすぎる。イリスは混乱した。


 ただ一つ確かなことがある。ブローチを交換するわけにはいかないということ。先輩が選んでくれた物を目の前で交換するなど非礼にもほどがある。リュドウィックは物を言わせぬ堂々さで許されてしまうかもしれない。だが、イリスはどうだろうか。


「ごめんなさい」


 イリスが謝罪した瞬間、世界はいつもの形に戻った。


 去年まで男子校だったのだから、当然クラブ会員もほとんど男子だった。この場にいる女性は三人しかない。高慢ちきなミレーユと、彼女と仲良さげに話している一人以外、女子生徒が見当たらない。


 イリスは助けを求めるように周囲を見渡した。世話してくれた上級生は傍を離れているし、数少ない同性の同級生とはいえミレーユには近づきたくない。図太い神経の持ち主でも、居心地の悪さを感じていた。


 パーティに戻ろうかと体の向きを変えたところで、見知った顔を発見した。軽い足取りで駆け寄り、話しかけた。


 その人は公爵家の人間で、リュドウィックの次くらいに地位が高いはずなのに、肩身狭そうに俯いていた。もともと長い紫の前髪が完全に目を隠している。


「ロベールさん!」

「イリスさん、こんにちは」


 ロベールはいくらか落ち着きを取り戻していて、イリスとも比較的普通に話せている。


「ロベールさんは白色なのね」


 ロベールのブローチを見て話していると、不意に首筋に視線を感じた。後ろを振り返ると、リュドウィックがロベールを睨んでいた。


「ひい」


 ロベールが首をすくめて、体を震えさせ始めた。萎縮してしまって、もう話ができそうにない。


 煩くしすぎたかな、とイリスはリュドウィックの怒りを買った理由を不思議がった。ブローチの交換を提案する優しさもあるのだと思ったのは思い違いだったかもしれない。


「あら。コストさん、いたの」


 ついにミレーユの目に留まってしまった。


「私、喉が渇いたわ。紅茶を淹れてくれる?」


 イリスは無視しようとも考えたが、後の報復が怖いので一旦言う事を聞くことにする。


 カップに紅茶を注ぎ、我が物顔でソファに座るミレーユに渡す。ミレーユは一口飲み、すぐさま文句を言った。


「砂糖が足りないわ。ミルクも足して」


 注文の多いお客だ。そのくらい自分でやれば良いのに。


 イリスはしばらくの間、ミレーユの雑用係に徹した。もう二度とここに来てやるものか、と思った。


 マグノリアに合流するなり、イリスは質問攻めにあった。


「ノブルクラブかあ。いいなあ」


 上流階級にだけ許された体験を、マグノリアは心の底から羨ましがった。憧れるほど素敵な世界ではなかったと、イリスは苦笑する。


「代わりに行く? クラブじゃ下っ端だからこき使われるけど」

「それもまた華のある話よ」

「紹介制らしいから、入れなくもないと思う」

「紹介した本人がいないのでは立場がないわ」


 学校生活初日に関しては、勉強嫌いのイリスにとっても刺激的で楽しいものだった。






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