03.新入生歓迎パーティ -1-
「我らが誇り高きエトワール校は、女王陛下の革新的なお考えに基づき、生まれ変わりました。新たに女子生徒を迎え入れることで、弊校はより一層輝かしい栄誉を手にするでしょう。新入生諸君は……」
校長の長い話が始まり、意識を飛ばしそうになるイリスの肩を、隣の女子生徒が指で突いた。
「陛下は素晴らしいお考えをお持ちだわ。女性にも学問は必要ですって」
声を弾ませるのはイリスの従姉、マグノリアだ。
勉強の機会は平等にあるべきという女王の方針で、男女ともに身分にとらわれず学べる学校が作られた。長い歴史の中で優秀な貴族を輩出してきたエトワール校もその波に乗り、今年から女子生徒の入学を認めた。
イリスとマグノリアは、記念すべき初の女子エトワール校生の一人として、入学式に出席した。
エリート校に入れた喜びと、女王に対する共感で、マグノリアは誇らしい気持ちに満たされている様子だ。エトワール校生の模範的な姿勢である。
一方、イリスは退屈そうな顔を隠そうともせず、前のめりな従姉にたじろいでいる。優秀な人材を集めるエトワール校には、当然入試がある。イリスは力及ばず、それに落ちた。にもかかわらず、制服を着て式に参加できているのは、伯爵家の力があるからこそだ。
「私からしたら、いい迷惑よ」
イリスは勉強が大の苦手だった。入学できないならそれでも良かったと、イリスは本気で思っている。
毒づく従妹に、マグノリアは呆れた。イリスの入学の経緯も、勉強に身が入らないことも承知の上で、窘めようと試みる。
「もうリリったら」
「それよりマギュ、歓迎パーティには幻のマカロンがあるんだって。食べると願いが叶うらしいの」
イリスが興奮気味に語る。イリスは、勉強の話を忌避するが、食べ物の話には目の色を変える。特に甘い物には目が無い。
「どこで聞きつけたのやら」とぼやくマグノリアも、不本意ながら興味をそそられる。
突如、悲鳴が上がった。事態が飲み込めないコスト家の二人は事件が起きたのかと驚いたが、悲鳴は黄色を帯びていた。
いつの間にかステージ上に校長の姿はなく、代わりに新調したばかりの黒い制服を着こなす男子生徒が立っている。式が進行し、新入生代表の挨拶が始まっていた。
「リュドウィック様だわ」
マグノリアも感嘆の息をもらした。彼女はリュドウィックと会ったことがないはずだ。判別できたのは、リュドウィックの特徴的な黒髪と金色に輝く瞳のおかげだろう。支配者の一族、獅子の公爵が持つに相応しい力強い瞳だ。
女子生徒の黄色の歓声はやむことを知らない。進行役の教師が「静粛に」と厳粛に呼びかけたが、誰も言うことを聞かなかった。それほどまでに、リュドウィックの美貌とカリスマ性は人を惑わす。
この状況にリュドウィックは苛立っている。額に青筋を立てているのが、イリスにもわかった。
ついに我慢ならなくなったリュドウィックが目を光らせて言った。
「騒々しい!」
十一歳の子供だと言うのに、大人までも震え上がらせた。リュドウィックのたった一言で会場は静まり返り、椅子の軋みや衣服の擦れる音等、どんな物音も立てることを禁止されたかのような緊張感が走った。
リュドウィックは面倒そうに挨拶の言葉を述べ、颯爽とステージを後にした。誰もが身動きできないまま、リュドウィックの動向を見守っていた。
リュドウィックが去ってから数秒の間があいた後、勇気ある誰かが拍手を始めた。まばらだった拍手は次第に大きな歓声に成長した。
きつい態度をとられても、大多数の人間はリュドウィックを支持し続けている。マグノリアなんかは「痺れるお方だわ」と言って、頬を赤く染めている。どこかで倒れた生徒がいたらしく、対応に追われる教師陣の姿もある。
イリスはそれらを冷めた目で見ていた。リュドウィックのことは嫌いでも何でもないが、他の者がするように崇拝する気にはなれなかった。
「君も懐疑的な意見をもつ人?」
左隣から低く、少しだけ枯れたような声が聞こえた。
イリスが純粋無垢な顔を向けると、彼は面食らったように明らかに狼狽した。可憐な少女に見つめられ、隣の男子生徒は顔を耳まで真っ赤にする。
「なあに?」
「あ、ああ、ぼ、僕はロベール・ブラック。よ、よろしく」
「イリス・コストよ。こちらこそ」
二人はリュドウィックのスピーチに盛り上がる観衆の中、穏やかに握手を交わした。
彼の名はイリスでも知っている。かの十二公爵の一つであるスコルピオン公爵の次男だ。貴族ならば誰でも知っている。
ロベールは人見知りなのかしら、とイリスは思った。相手があまりに尻込みするものだから、思わず敬語を使わずに話してしまった。だが、ロベールは不快な顔をしないで、むしろ、触れ合った手を嬉しそうに見つめている。
「ブラックさんは……」
「ろ、ロベールでいいよ」
「それなら私もイリスで。ロベールさんはクーザンさんのことが好きじゃないの?」
「他者を寄せ付けない人だからね。あまり良い印象がないんだ。イリスさんは?」
「好きでも嫌いでもないかな」
「興味がないって感じ?」
「そうかも」
イリスは白い歯を見せ、その隙間から息を通して笑った。こうして高貴な同級生と胸の内を語れるとは思ってもみなかったのだ。
イリスの無邪気な笑顔に、ロベールはまた顔を赤くした。
格式ばった入学式の後は、新入生の歓迎パーティが行われる。黒とグレーの制服を着た集団がぞろぞろと大講堂から食堂に移動していく。
食堂には色とりどりのお菓子とジュースが用意されていた。イリスはそれらに宝石を見るように目を輝かせた。
「マギュ、マギュ、マカロンよ」
イリスは早速例のマカロンを見つけた。従姉を引っ張って陳列されたマカロンを確認しに行く。
幻とは名ばかりで、マカロンは大量にあった。しかも、ハート型。叶える願いというのも、恋愛成就と見受けられる。
マカロンの噂を知るのは何もイリスだけではないようで、女子生徒達がはしゃぎながらマカロンのテーブルを囲む。
エトワール校における女性の比率は一割にも満たない。学校は女子生徒が新たな門出に臆しないように、工夫を施したのだ。
頭の回転が速いマグノリアは、すぐに大人達の意図を察した。
「いっぱい食べれば、いっぱい叶うかな?」
食い意地の張ったイリスは、控えめに一個ずつ取る他の生徒とは違い、お皿にいくつもマカロンを取った。躊躇うことなく一個目のマカロンを口に入れ、「おいしー」と舌鼓を打った。
さすがは貴族の子女が通うエリート校の食堂。雇われたシェフやパティシエも一級である。
呑気なイリスは、自分が注目されていることに気付いていない。ビスキュイローズ色の髪に、木漏れ日の瞳をもつヴェール伯爵令嬢は「花の妖精」と呼ばれ、その特異な美しさを人々にもてはやされている。ここでもイリスは目を引く存在だ。
恋愛成就を願うマカロンを、そうとも知らず食べまくるイリスに、男子生徒達は釘付けになった。あれほど必死に成功を願う恋心は誰に向けられているのか、と関心を注ぐ。
「必死すぎて憐れだわ」
そう言って嘲笑するのは、フレーヴ侯爵家のミレーユ・ゲラン。上品に扇で口元を隠しているが、目は下品に歪んでいる。
「ごきげんよう、ゲランさん」
「ええ、コストさん」
ミレーユは三人の令嬢を引き連れて現れた。彼女の仲の良いお友達だ。そのうちの一人が持つミレーユの皿には、ハート型のフランボワーズのマカロンがたくさん載っている。
「ゲランさんもお好きなんですね、マカロン」
イリスが皿を指さして言うと、ミレーユの癇に障ったのか、眉がぴくりと動いた。
「あなたには関係ないでしょう」
イリスは純粋な甘味好き仲間としての共感で話しかけただけだったので、ミレーユの反応には意表をつかれた。
「リュドウィック様にちょっかいをかけたら許さないからね」
ミレーユは言いたい事だけ言って行ってしまった。イリスは突然リュドウィックの名が出て来た訳がわからず、首を傾げて女帝を見送った。
二人の会話に聞き耳を立てていた男子生徒達が、イリスもリオン公爵令息に気があるのだと勘違いしたのは言うまでもない。
「リリは怖いもの知らずなんだから」
「怖いものは私も嫌よ。それより甘い物が好き!」
固唾をのんで見守っていたマグノリアは、巻き込まれかけたことを恨んでいた。向こう見ずな従妹の道連れにされるのはごめんこうむりたい。
そんなマグノリアの気も知らず、イリスはマカロンをつまんで天井に掲げてから口に運んだ。花のような可愛らしい笑みをこぼす。
肝が据わっているのか、鈍感なだけなのか。マイペースなイリスに毒気を抜かれて、マグノリアはイリスのために飲み物をもらいに行ってあげることにする。
マグノリアがグラスを手に取った時、突然部屋が暗くなった。照明が落とされたのだ。唯一ピアノが置かれたステージだけが煌々と光を放っている。
皆が視線を移したステージには、白いローブをまとった聖歌隊が規則正しい列をなして立った。そして、美しい合唱が始まった。
歓迎の歌だ。
マグノリアは誰のために飲料を取りに来たのかも忘れて聞き入った。声変わり前の少年と第二次性徴を経た青年が生み出すハーモニーは大聖堂にいるかと思わせるほどの神秘的な力があった。
聖歌隊の歌が終わると、続いて、弦楽部の演奏が始まった。
ひときわ目立つのは、コンサートマスターだ。リュドウィックとは系統が違うが美形であることは間違いない。微笑みながら演奏する彼はさながらライアーを奏でる天使のようである。音には芯があり、優しさだけでなく、皆を率いる頼もしさも兼ね備えていた。
女子生徒は皆、彼のバイオリンの弓の動きを目で追った。
その後、サッカークラブやラグビークラブ、演劇クラブなどによる恒例のクラブ紹介が続いた。自分の所属先を決めることは今後の生活に大きく関わっている。新入生は食い入るようにステージを見た。
全ての催しが終了すると、食堂に明かりが戻った。
ステージに立っていた上級生達も新入生の傍に降りて来た。後輩達の質問や相談に対応してくれるのだ。
マグノリアは照明の光を反射するグラスを見て、ようやく自分の目的を思い出した。ジュースを持ってイリスの元へ戻ろうと一歩目を踏み出した。
そこへマグノリアを呼び止める者が現れた。あの、皆の視線をかっさらっていたバイオリニストの彼だ。
「マグノリア・コストさんだね? これを」
先輩は黒色のリボンを差し出した。成績優秀者に与えられる特別なリボンだ。
男子生徒はクロスタイを、女子生徒はリボンを制服の襟につける。通常、それは黒と白のストライプ柄だ。
成績優秀者、主に上位十人は別のデザインのタイやリボンを付けられる。マグノリアが受け取ったのは、黒一色で、よく見ると細かな刺繍がされている上質なリボンだ。
上級生と下級生の交流を増やすため、成績優秀者の証明を上級生が渡す伝統がある。
マグノリアは憧れの先輩を前にして、心臓を打ち鳴らした。指を震わせながらリボンを受け取る。
「ありがとうございます」
先輩はマグノリアの蚊の鳴くような声もしっかり聞き取ってくれた。一つ深く頷くと、笑顔で去った。
リボンを手に惚けているマグノリアの横に、イリスが立った。
「どうしたの?」
戻りが遅いことを心配し、お菓子片手に様子を見に来た。マグノリアが見つめる先を一緒に見るが、そこには何もない。
「名前をお聞きすれば良かった」
「え?」
頑なにマカロンを口にしなかったマグノリアが、イリスの皿から一個取った。




