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36.契りの腕飾り -2-

 時は自然の連続。自然と繋がる妖精は流れを知っている。


 イリスは宙を飛びながら、さらなる上空を見た。太陽の光が眩しい。


(教えて、妖精(みんな)。映して、水よ。この国の歴史を)


 イリスが願うと、白い雲がどこからともなく現れ、二人を包み込んだ。小さな小さな水滴が顔を湿らせる。


『皆で祝おう。国の誕生だ』


 雲をスクリーンに、過去の情景が映し出される。芝生の上に置かれたテーブルに数々の料理が並べられ、テーブルを囲む人々の手には酒が握られている。


 母国誕生の瞬間だ。初代国王が臣下の為に開いた、小さなパーティだ。最初は国としても小さく、王の周りは親しい者が集まっていた。


『新しい我らが王に贈り物がございます』


 臣下の一人が恭しく頭を垂れて、国王に話しかける。


『よしてくれ、ダヴィッド。お前の伯父ではないか』


 若い黒髪の青年に、国王が気さくに話しかける。ライオンのたてがみに似た頬と顎の髭が、豪快な笑い声と共に揺れる。国王は既に酔っていて、がさつさが際立っている。


『皆で相談して決めたのです』


 甥のダヴィッドは敬意ある態度を崩さなかった。彼に続いて、十一人の男女が片膝を着いて、頭を垂れた。そこに並ぶ者の中には、明らかに人でない存在もいる。


 そして、全員が宝を捧げた。金の布、黒の鎧、銀の盃等、美しい品の数々。


『人魚も、冥府の犬も、魔女も、伯父貴を王と認めました。伯父貴は国に属する全ての種族の王になるのです。ですから、皆、証を差し上げたいと』

『お前達を従わせるつもりはないんだが』

『国民に示すための証です』

『では、忠誠の証ではなく、友好の証として受け取ろう』


 王はダヴィッドが両手で掲げている杖を取った。獅子王の加護を受ける家に生まれた同士だからわかる。甥が贈り物としたのは大して貴重な物では無い。王は力を持たずに生まれたから、特に無用の長物である。


『そうおっしゃると思いまして──』


 ダヴィッドの言葉に重ねて、イリスが語る。


「最初の王様は、人以外の存在も対等に扱いました。互いを利用し合うのではなく、良き隣人として民に迎え入れました。だから、王に捧げられた十二の宝は、特殊な強い力を持つ物ではなかった。友好の証以上の意味はなかったのです」


 女王も空にいることに慣れてきた様子。イリスの言葉を聞き、険しい表情を見せた。


「何が言いたい?」

「特別な力が無くても、宝が使えなくても、女王様はこの国の王様です」


 イリスが答えると、女王は落胆した。まだ女王には届かない。この言葉は響かない。


 互いの顔を見て対話をするため、イリスは女王を体から引きはがした。イリスの肩を食い込むほど強く掴んでいる女王の手を取って、ダンスでエスコートするように女王を遠くに誘導する。


 イリスにくっついていなくても女王は空に立っていられる。とはいえ、自分の力で飛んでいるわけではない女王が不安に思うのも当然である。


 女王はふらふらとバランスを崩した後、つないだままのイリスの手を両手で掴んだ。不安そうな顔でイリスを見ている。図らずも、女王はイリスの言動一つ一つに集中している。


「父が昔から言っていました。女王様は母親のような深い愛をくださる、と。また、こうも言っていました。恋人のように愛しい方だ。女王様にお会いする機会が少ない父も、常に女王様に敬愛を感じていました。その父に育てられた私も」


 この国に生まれた者なら、女王への愛を当たり前に持っている。貴族、平民問わず、女王に尽くす仕事に憧れを持っている子供が多い。イリスもその一人だった。


「女王様を敬愛するのは、国を守り、民を愛しているのを知っているからです。国民(わたしたち)は女王様が何を持っているかではなく、何をしたのかを見ています。女王様が私達の生活を良くしようと考えてくださるから……」

「何故私の願いは叶えない?」

「え?」


 女王の本音が零れる。イリスは話を途中でやめて聞き返した。


 手が震えているのは高所の恐怖心だけが理由ではないだろう。


「従姉の怪我を治した。ヴェルソー公の願いも、バロンス公の息子の願いも叶えた。多くの人間の治療を行ったとも聞いた」


 「なのに」と続ける女王の目が潤む。涙が目から出てこないのは、女王の強い精神力があるからだ。


 国の頂点に立つ者は簡単に感情を昂らせてはならない。簡単に感情を読まれてはならない。


「なのに、そなたは私の願いを叶えてはくれないのだな」


 女王が唇を噛む。肩を震わせて、顔を下げた。


 イリスは、妖精が人の願いを気まぐれで叶える理由がわかった。意図して誰かの願いを叶えれば、それを見た別の誰かが羨ましがる。一度要求に応えれば、応えてもらえなかった者が文句を言う。


「私は……、この力を誰かの役に立つために使います」


 イリスはかけるべき言葉を探す。


 女王は俯いたままだ。イリスには女王の心の機微がわかるので、聞いているのは確かだ。


「けれど、女王様の権威を示すためには使えません。妖精は人の世に干渉しないものだからです。女王様がどれほどの重圧に耐え、期待を背負っているのか想像もできません。支える手が必要なら、妖精の私ではなく、ヴェール伯爵家のイリス・コストが捧げます」


 イリスが言い終えると、女王は大きく息を吐いた。そして、多くの者を虜にした、信念ある強い目を持ち上げた。


「もう良い、イリス・コスト」


 周囲の雲が晴れていく。二人はゆっくり下降する。一番高い塔のバルコニーに足をつけ、人が感じるべき重力を受ける。


 女王はイリスから手を離した。話は終わりだ。自室に戻ろうと、階段に続く扉を見た。


 もう女王には聖騎士も、妖精の力も不要だろう。そんな彼女に、イリスは言っておきたいことがある。イリスが口を開くと、女王は振り返った。


「いつかその冠が不要になったら、オベロンという名の妖精王に返還してください。その時は私が女王様に似合う王冠を作ります」


 イリスは両膝を付き、女王の右手を取った。両手で女王の手を支え、甲に口づけをする。


「これは女王様と私の約束です」


 左手首にあるブレスレットを外し、女王の右手に通す。その際、ブレスレットが黄金に輝いたのは、イリスが装飾を増やしたからだ。石と台座の文様を増やして、女王が身に着けるに相応しい物に。




 謁見の間では、女王とイリスが姿を消したことで騒ぎになっていた。眠らされていた兵士達が目を覚ましたのだ。


 その中、リュドウィックはイリスを信じて待っていた。


 瞬間移動で舞い戻ったイリスは、リュドウィックの頭上で姿を現し、首に抱き着いた。リュドウィックに触れた瞬間に、リュドウィックからイザアクの血を取り除く。


「全部終わったよ」


 リュドウィックを抱きしめながら、耳元で囁く。リュドウィックはイリスを抱き止め、短く頷いた。






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