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33.力と責任 -2-

 イザアクの家を訪ねて来る眷属達の治療に区切りが着くと、イリスは再びクーザン家の屋敷に戻った。イザアクによって眷属には、イリスの治療を受けるべきという認識が浸透しているので、これからも実験の犠牲になった者達はイリスを頼って現れるだろう。


 次なる課題はディディエだ。イザアクの家で目を覚ました彼は、意識が混濁しており、シモンの呼びかけにも答えなかった。聖騎士に関わる問題はリュドウィックの管轄ということで、リュドウィックは異常な状態にあるディディエを屋敷に連れ帰った。


「なあなあ、ディーディーは大丈夫だよね? イリスの姉ちゃんが治してくれるんだよね?」


 ディディエの傍を離れたがらないシモンも、自然とクーザン家の屋敷に着いて来た。


「全力を尽くすよ」


 不安がるシモンの頭を撫でてやると、シモンはすぐにイリスに懐いた。イリスのドレスにしがみついて、必死に涙をこらえる。


(こら、人間。イリスから離れろ)


 自分の場所が奪われたとでも言うように、オベロンが怒る。シモンの服を引っ張る。姿を見せないオベロンのいたずらは風に間違われ、シモンは全く気にする素振りを見せなかった。


 オベロンも彼なりに気を遣っているのだ。本気でシモンを遠ざける気があるなら、力づくで実行することもできる。姿を見せ、人の言葉で語り掛けることだってできる。そうしないのは、傷心している子供に多少なりとも同情しているからだろう。


「あいつの場合、イリスより先に頼るべき奴がいる」


 リュドウィックはそう言って、シモンの首根っこを掴んで出かけた。


 女王の招集による、聖騎士の正式な集まりがあるのだ。主たる目的はイリス捜索の任の解除。女王はこれ以上イリスの反感を買うまいと、指名手配の撤廃を急いでいる。


 任務失敗の報告が残っているのもあって、シモンは行くのを相当嫌がった。それでもリュドウィックは強引にシモンを連れ出した。


 リュドウィックの用事は聖騎士のメンバーにある。謁見の後、キャプリコルン公爵の従妹ユゲット・ロネに接触した。


 ディディエの事情を話し、打開策を尋ねた。


「多くの研究が失われた。今は召喚の儀式しか残されていない。召喚したモノを還す方法も知らぬ」


 ユゲットは微塵も責任を感じていなかった。ディディエを救う手立てはないと平然と言ってのけた。


 リュドウィックは僅かな希望を胸に、ヴィエルジュ公ルイ・ボネにも相談を持ち掛けた。


「後先考えないからこうなる」


 と、軽蔑してはいたが、子供が困っているのに見捨てられる性分ではない。ユニコーンの癒しの力を試す事に同意した。


 リュドウィックに招かれて、ルイがクーザン家の屋敷にやって来た。


「またお会いできて光栄だ」

「こちらこそ。ヴィエルジュ公爵とはもう一度お話したいと思っておりました」

「堅苦しいのはいらないよ、コスト嬢」


 久々に貴族らしい挨拶をすると、ルイは陰のある笑顔で答えた。


 ルイはイリスを追わなかった数少ない聖騎士で、優しい心の持ち主である。イリスは彼を密かに親しく思っており、尊敬できる大人の一人と思っている。


 イリスが心底嬉しそうに「ありがとうございます」と言うのを、リュドウィックは良く思っていなかった。相手は十三も年が離れているというのに。


「早く本題に移るぞ」


 ルイをイリスに会わせたのは、イリスの無罪放免が告知され、イリスの居場所が明らかにされたからだ。イリスがいると知られていながら挨拶させないのは、無作法だったというのに過ぎない。


 リュドウィックはルイをディディエが休んでいる部屋に誘導した。ルイも世間話が好きな人間ではないので、素直に従った。


 面識のあるルイが現れて、シモンは少なからず緊張を緩めた。ディディエから僅かに離れ、ルイのために場所を空けた。


 ディディエは相変わらずベッドに横たわったまま、時々うわ言のように「主人(あるじ)」と呟いている。


 希望に満ちた目で見つめられながら、ルイは嫌そうに癒しの宝珠の本体、ユニコーンの角の結晶を取り出す。球体を顔の前に掲げ、僅かに握る力を強めた。


 すると、水晶玉に似た球体からキラキラとした煌きが発せられる。波状に広がった光はディディエまで届いた。


 深緑の髪が、光合成した葉のように元気を取り戻した。ディディエはゆっくり体を起こした。


(成功?)


 誰かが喜びの言葉を最初に発しかけた瞬間、ベッドの上からディディエが消えた。ガリガリガリという音につられて背中の壁を見ると、ディディエが爪を立てて壁をよじ登っていた。


「ディーディー?」


 シモンが呼びかけると、ディディエは壁にへばりついて、低く唸った。怯えているようだ。四つん這いで姿勢を低くしたかと思うと、跳躍した。壁から壁へ、天井、家具と、部屋中の物を荒らしながら逃げ惑う。


 ディディエが部屋の中で暴れ始めた。リュドウィックはイリスを背中に隠した。守られながらも、イリスは事態をよく見ていた。


 速すぎる獣の動きを目で追えず、身動き取れずにいるルイが襲われかかる。イリスはルイと、噛みつこうとするディディエの間に風を送り、二人を引き離した。


「やめろ、ディーディー!」


 シモンは急いで変化の首飾りを身に着けた。月光の力を受けてブルブルと身震いすると、強く床を蹴った。


 風で吹き飛ばされたばかりのディディエに飛びつき、顔に手を伸ばす。抵抗するディディエに顔や足を引っ掛かれたが、気に留めずにシモンはディディエの目隠しに手をかけた。


 布が外され、ディディエの瞳孔の大きな目が露わになる。光を吸収しすぎて、窓から差し込む昼の光はディディエには眩しい。目の痛みに、ディディエは泣き叫んだ。


 ディディエはシモンを背負ったまま、よろめき、倒れ込んだ。それを見て、イリスはリュドウィックの個室に飛んだ。そこから支配の王笏を持ち出すと、皆の元に戻ってリュドウィックに渡した。


 リュドウィックはイリスの考えを即座に理解した王笏をディディエに向かって使った。目を両手で覆って、興奮しているディディエに掲げた。王笏の白い石がほんのり光る。


「騒ぐな」


 リュドウィックが一言告げると、ディディエの動きが止まった。手がぱたりと落ち、瞼が落ちる。強制的に眠らせたのだ。


「本来の使い方をする時が来るとは」


 力を制御できない子の訓練用に作られた杖。今になってそれを、暴走する少年に使うことになろうとは思いもしなかった。


 リュドウィックの言葉を皮切りに、他の三人もほっと息を吐いた。ルイがシモンに駆け寄り、傷を癒す。


「私は霊体に干渉できない」


 癒しの力を使いながら、ルイは言う。ルイに出来たのは、体力回復だけ。


 ディディエがケルベロスの記憶に支配されているのだという事は、イリスによって明らかになっている。予想できていた結果だった。


 悔し気な横顔を見て、イリスはやはり彼を優しい人だと思った。






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