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32.力と責任 -1-

 イザアクが取って来た本は、かつてブランシャール家が行っていたと言う実験について書かれた物だ。


「眷属にする方法は事細かに書かれているけど、元に戻す方法は調べてもないみたいだ」


 イリスは資料を受け取り、簡単に目を通す。横からリュドウィックも覗き込んで、一緒に内容を確認する。


「先程も話したが、眷属にする方法は一つ。相手に血を飲ませる事だ。飲んだ血の量が多ければ、主であるイザアクの強制力も強く働く。持続時間は半永久的で、摂取量に依存しない。眷属までもが吸血鬼に変化していた頃を思えば、不可逆かつ自然治癒不可の性質も当然と言えるだろう」


 既に何度も中身を確認しているベルナデットが、眷属解除に関わる概要を説明する。


「バイイさんが眷属をやめてーってお願いしても、皆が戻るわけではないってことですよね?」

「そうだな。イザアクが命令に従う必要ないと眷属に伝えようと、それもまた命令しているのと同じだからな。根本的解決にはなっていない」


 ベルナデットがイリスの確認に応じ、足を組み替えた。すると、イザアクが立ち上がって、ベルナデットの為にお茶のおかわりを注ぐ。二人の中で話が長くなりそうだという考えが共有されたのだ。


 言葉ではない、二人だけの独自の言語があるかのようだ。自然で、とても息が合っている。互いにそうる事が当然のような、阿吽の呼吸。


「夫婦みたい」


 イリスが無意識に呟くと、ベルナデットがふっと笑った。


「事実上の夫だ。表に立たせない為に今は婚姻を結んでいないが」

「子供もいるしね」


 ポットを持ったイザアクも話に加わる。「お子さんがいらっしゃるんですか⁉」と驚くイリスに、二歳の可愛い娘だと教えてくれる。


 リュドウィックも驚いており、特に、一人で生きていけそうな、それを美徳としていそうなベルナデットが家庭を築くことに意外性を感じている。リュドウィックの視線に気付き、ベルナデットは若干照れたように口をすぼめる。


「女として生きることに恥はない」


 返答として合っているのか微妙だが、ベルナデットには正解と思わせるパワーがある。


「不躾に聞くが、子供にも力は遺伝したのか?」


 リュドウィックが尋ねると、ベルナデットは「いや」と首を横に振った。それは否定ではなく、わからないという意味だった。


 ベルナデット達にとっても、娘が吸血鬼の性質を色濃く引き継いだのか気がかりな点である。だが、不用意に確かめられないのも事実だ。ブランシャール家の先代達が行ったように、無意味に眷属を増やす事になりかねない。


「私が見れば、少しはわかるかもしれない。今ここでは確かな事は言えませんが」


 オベロンは一目で、イザアクを吸血鬼と見破っていた。イリスにも種族の違いを感じ取る事ができるかもしれない。その時は血の濃さで、力の有無も判別できるだろう。


 イリスの頭の中にオベロンが登場したので、オベロンは嬉しくなったのだろう。他の皆に見えないのを良い事に、イリスの目の前に飛んできて、満面の笑みを見せている。


「本当に? なら、もし……」


 イザアクが期待に満ちた目で見てくる。オベロンの全身で隠れて見えないが、向こう側ではベルナデットも同じ顔をしているだろう。


 イリスは申し訳なさそうに視線を落とした。


「私達は自然と繋がり、力を借りる事ができます。自然の一部である、人間の怪我を治す事もできます。ただ、元々備わっている吸血鬼のお力を取り除くのは──」

(無理だろうね)


 オベロンがイリスにしか聞こえない声で引き継ぐ。それをイリスが翻訳するまでもなく、二人は希望を失った事を悟った。


 一方で、リュドウィックは腕を組んで思案を始める。テーブルの角を見つめたまま、イリスに問いかける。


「子供と眷属の違いは、どのように感じられる?」

「取り込むのと遺伝では別物だよ」

「『元々備わっている』のとはやはり違うんだな?」


 イリスは頷きながらも、リュドウィックの意図が読み取れず、疑問符を頭に浮かべた。


「そういうことか!」


 最初に気付いたのはベルナデットで、興奮気味に顔を紅潮させる。


「なんでその事に気がつかなかったんだ。力を消し去る事ばかり考えていたせいだな。そうか、目的を履き間違えていた。私らの目的は、村の人を救う事だった」

「そう言う事ね。それがお願いできるなら……」


 ベルナデットの発言を聞いて、イザアクも理解した。皆、核心には触れないものだから、イリスはじれったく思う。


「どういうこと?」

「イリスは眷属と、そうでない人を見分けられるよな?」

「うん」

「それって、吸血鬼の血を感じ取っているんじゃないか?」

「そうだと思う」

「だったら、吸血鬼の血だけを取り除く事もできるはずだ」


 理屈はこうだ。感じ取れるということは干渉できるということ。遺伝をいじる事は不可能でも、後天的に付与された生物の血には触れられる。体内に流れる吸血鬼の血を取り除く。できない作業ではないはずだ。


 イリスもようやく理解が追い付いた。早速、イリスをベルナデットに引き合わせた、クーザン家の侍女で試す事になった。


 侍女を椅子に座らせ、イリスは彼女の額あたりに手をかざした。目を閉じ、彼女の体内を巡る流れによく集中する。眷属たらしめる吸血鬼の血を確かに感じる。イリスは虚空を摘まんだ。水の中に混じる異物を手で急き止め、かき集めるようなイメージ。


 目を開くと、指の間に小さな、小さな赤い石があった。感触を確かめるように指の腹で転がした瞬間、霧散した。


(たぶん成功だ)


 イリスは成果をほぼ確信してイザアクを見た。イザアクは侍女が眷属でなくなったのを感じて、口を開いた。驚いたような、感動したような表情の後、朗らかに微笑んだ。






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