表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

31.世界の中心

***



 女王の地位を脅かすつもりはなかった。あの場で王冠を奪うつもりもなかった。


 リュドウィックがイリスの潔白を説明する。女王は言葉と心の音に耳を澄ませ、結論を出した。


『わかった。指名手配は取り下げだ』


 女王が右手を軽く挙げると、傍に控える秘書がペンを持った。すぐに兵と国民に伝達するために告知の作成を始めているのだ。


『イリス・コストは今、そなたの元にいるのだったな』


 女王が暗にイリスを連れて来いと言っているのを読み取り、リュドウィックは顔をしかめた。


『イリスの罪は晴れました。なおも彼女を探し求めるのはなぜでしょう?』

『力ある者は、責任を果たさなければならない。私はイリス・コストにその機会をやろうと言っているのだ』

『それをあいつが望んでいると?』

『本人の意思など関係ない。この国に生まれた以上、国のために尽くすのが道義であろう。聖騎士に加えるのが良いかもな。そうすれば、そなたも恋人と一緒にいられて良いだろう』


 女王は上機嫌に笑う。何もかも思い通りになると思っている人間の笑い方だ。


 聖騎士を結成してから、好調に事が進んでいる。王宝を用いて国を導く聖騎士の存在は、民の支持を高めるに働いた。そこにイリスという強い力を持った人間が加われば、さらに女王の地位は確かなものとなるだろう。


 リュドウィックは女王のことをそれなりに理解しているつもりだ。今、何を期待してイリスを取り込もうとしているのかも。


(陛下の望みのためにイリスの自由を奪われてなるものか。イリスの力はイリスの為の物だ)


 リュドウィックは女王にいかめしい顔を見せた。


『陛下、俺は忠義を捧げてきた。陛下があいつを無意味に処罰してもなお、逆らうことはしなかった。ですが、イリスに同じ忠誠を強要することはできない』

『まだ罰は下していないぞ。だが、そうだな。処罰を免れるには、我が聖騎士になる他道はないと言っておこう』

『信じなかったのは陛下の方ではありませんか。イリスが無実を訴えても、聞く耳を持たなかった。そうしてあいつは……! イリスが国を裏切ろうと、それを咎められる謂れはないと思います』


 気持ちが高ぶって、思わず声を荒げてしまった。リュドウィックは意識して、声のトーンを落とす。


 リュドウィックの頭の中には、思い出したくもない、イリスの処刑シーンが流れている。それを女王は読んだ。


『そなたは時折、私も知らぬ私を前提に話をするな。何を抱えている? どんな力を持っている?』


 女王はリュドウィックが二度目の人生を送っていることに勘付き始めた。そこでもまた彼女の考えを占めるのは、特殊な力のことだ。


 女王は哀れにも、力に囚われている。


『陛下は国の為に尽くすべきだとおっしゃる。ですが実際、力が欲しいのは陛下の方では? イリスを手元に置いて、それで満足ですか』


 リュドウィックは女王を諭そうと思ったが、言葉は響かなかった。女王は頷いて聞いている素振りを見せるが、聴いてはいないだろう。リュドウィックがどれほど見つめても、目が合わない。


『国民に愛されるあなたが、民を信じていない。さらなる力を得ずとも、あなたは十分忠義を集めているのに』

『確かに私はそなたの、この国随一の忠誠心を買っている。であるから、そなたに支配の王笏と、聖騎士を託したのだ』

《半分嘘だ。俺の目的がイリスの保護で、陛下に引き渡す気がないのを知って、ぎりぎりまで王笏を渡さなかったくせに》

『そなたの今後の活躍も期待している』


 女王は無理やり話を終わらせ、家を検めると言った。が、リュドウィックは拒否した。リオン公爵にはそれができるだけの力がある。『イリスは謂れもない罪で追われ、疲弊している。回復するまで会わせるつもりはない』と言って、女王を追い返した。


 女王はイリスがこれ以上姿をくらますことがないなら、この場は去っても良いと答えた。この時、イリスは屋敷の中にいなかったが、リュドウィックはまだ知らなかったので、嘘をつくことにはならなかった。



***



「普通に生きてたら、責任なんて言葉は出てこない。人は普通、何の大儀も持たず生まれ、何を成せずとも死んで良いんだ」


 リュドウィックの望みはイリスが幸せに生きてくれることだ。たとえ、女王の意思に背く事になろうとも構わない。そのためだったら、国を出たって良い。


 リュドウィックはイリスの両手の温かさに安心と不安を同時に募らせた。イリスが自ら危険の中に飛び込もうとしているのが見ていられない。せっかく助かった命なのに、本人が自分を大切にしてくれない。


「リュドだって、貴族として生まれた責任を果たそうとしているでしょう?」


 イリスの純粋無垢な瞳に見つめられては敵わない。


「一晩だけだぞ。明日には帰るからな」


 リュドウィックが負けを認めると、イリスは両手を挙げて喜んだ。


「ありがとう、リュド!」


 シモンも一緒に万歳をして、「見直したぜ、怖い兄ちゃん」と言っている。


 イリスの笑顔を見て、彼女の幸せを願っていることを思い出す。イリスが望むなら、できるだけ叶えてやるのも愛だろう。


 この日はイザアクの家に泊まることになった。コスト家の屋敷にも決して及ばないが、貴族の血縁者であることがわかる程度には大きい。村においては異質の存在だ。いくつか部屋があって、皆を泊めるのに十分な備えはあった。


 イリスがディディエの様子を見に行きたいと言うので、リュドウィックも着いて行った。


 ディディエは客室のベッドで眠っている。その表情は穏やかとは言い難いもので、悪夢を見ているらしいことは明らかだった。時々、苦しそうな寝息に混じって「主人(あるじ)」と特定の誰かを呼ぶ声が漏れる。


主人(あるじ)主人あるじって。ディーディーじゃないみたいだ」


 シモンはディディエに勝るとも劣らない苦し気な顔で、相棒の手を握る。以前は「シー、シー」とシモンのことばかり呼んでいた。大好きな人の心の多くを占める人物が自分でなくなるのは、辛く、寂しい。


 リュドウィックにも人の心はある。ベッドの横で力なく項垂れている十三の少年に、心を痛める。


 イリスが試しにディディエに触れてみたが、変化を与える手がかりはなかった。


「やっぱり私一人でできる事ではないかも。他の聖騎士さんに会うことはできないかな? ヴィエルジュ公爵の方とか」


 ディディエの部屋を出て、ダイニングに戻る道中、イリスが言う。なんでルイ・ボネの名前が出て来るんだとは思ったが、確かに、彼の力は有効な可能性が高い。癒しの宝珠は、黄金の矢の力を消し去ることもできると言っていた。王宝で得た力は王宝で打ち消すのがセオリーなのかもしれない。


(根本的な解決をするなら、聖騎士で議題にした方が早いな。陛下が許すとは思えないが)

「そうだね。……あ、ごめん」


 リュドウィックの心の声に反応してしまって、イリスが謝る。リュドウィックは不快に思っていなかったが、イリスは人としてのマナーとして弁えようとしている。妖精の尺度ではかろうとしないのは、リュドウィックにとっても悪いことではない。イリスが力を得て、遠くに行ってしまったように思うのは一度や二度ではなかったから。


 二人がダイニングに入る直前、イザアクがリュドウィックを呼び止めた。リュドウィックにだけ話があると言うので、イリスだけを先にベルナデットがいるダイニングに戻らせた。


 日が落ちて、必要最低限しか灯りをつけていないイザアクの家では、廊下が暗い。ダイニングから漏れる明かりがリュドウィックとイザアクの足を照らすだけ。互いの顔はあまりよく見えない。


「閣下は、前リオン公爵の嫡男なんだっけ?」


 ヘラヘラと笑って、細めた瞼の間から闇に紛れそうな真っ黒な瞳がリュドウィックを見つめている。相変わらず掴めない男だ。


「藪から棒に何だ」


 リュドウィックは腕を組んで、壁にもたれる。一応は聞く姿勢になる。


「べべが当主を目指したのは俺のためだったりするんだよ。ブランシャールの家で一番偉いのは結局、爵位を継いだ人だ。あの実験を辞めさせるには、俺かべべが当主になるしかなかった。俺は本家の人間ではないし、べべは女の子だしで、色々大変だったけど」


 リュドウィックが黙って聞いていると、イザアクが突然近づいて来た。リュドウィックの横の壁に手を付き、顔を寄せる。


「だからさ、あんまりべべをいじめないでくれるかな?」


 低い声だった。


 上半身を起こして、リュドウィックから離れると、イザアクは最後に笑顔を残して去っていった。軽やかなステップでダイニングに入った。


「お待たせー、お嬢さん方」

「本一冊取りに行くのにどれだけ時間がかかっているんだ」

「いやあ、道に迷っちゃって~」

「バイイさんのお家でしょ」


 イザアクの調子の良い声と、女性二人の笑い声が聞こえてくる。


 リュドウィックも溜息を一つして、ダイニングに入った。イザアクがふざけた様子で盛り上げているので、一人増えても、空気は変わらなかった。


 イリスの隣に腰を落とし、ベルナデットにどつかれて笑っているイザアクを眺める。そんなリュドウィックに、イリスがこそっと話しかける。


「何話してたの?」

「脅された」

「え」

「あいつとは仲良くなれそうだよ」

「ええー?」


 イリスは理解できないという風に首を傾げる。


 好きな者を中心に世界が回っている感覚には覚えがある。イザアクとは境遇も敵も違うが、彼の行動理念に共感できそうだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ