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27.逆行の砂時計 -3-

 その後はイリスも知っての通り。イリスを危険から遠ざけ、隣にいられるよう事を運んだ。


 予定外だったのは、父親を死なせてしまったことだ。


 十四歳で迎える新年会で、火事があることは知っていた。原因が放火犯であることも。だから、自ら護衛を連れて放火犯を探し、捕まえた。


 それでも、一周目と死亡者は変わらなかった。今回の死因はシャンデリアの下敷きになったことにある。


 リュドウィックは運命を変えるのは困難であると悟った。全ての根源を絶たなければ、死の運命からは逃れられない。


 一度目の人生で、父の死がシャンデリア落下に原因があるとわかっていたら、結果は違っていたかもしれない。死因を火事と片付けたが、本当はシャンデリアの下敷きになって逃げきれなかったせいだと、よく調べていれば……。


 イリスが女王に処刑された経緯があまりわかっていない以上、念入りの下調べと、当日の見守りが重要になる。


 それなのに、五年生の終業式後、少し目を離した隙にイリスは帰ってしまうし、誘拐犯に襲われてしまう。犯人逮捕には至ったが、従姉が大怪我を負ってしまった。イリスは負い目を感じて、誰も傍にいさせたがらない。


 何が女王に繋がるかわからない。リュドウィックはイリスよりも、女王を見張るべきだと結論付け、事件の翌日には城に向かった。王城の惨状を見て、既に手遅れである事を知った。城の周りだけ雷雨で荒れ、植物達に取り込まれている。


 一度目の人生で、イリスが処刑を宣告されたのは事件の二日後で、予想よりずっと展開が速かった。これは油断だ。未来を知っているという驕りだった。


 リュドウィックはイリスが生きている事を願いながら、入城した。事態を知っていそうな衛兵に声をかけ、説明を求めた。


「昨晩、宝物庫に侵入者があり、重要参考人としてイリス・コスト嬢が捕らえられました。女王陛下により直接裁きがあり、極刑が下りました……」

「極刑!?」

「が、連行中に逃亡したのです」


 話を聞いた衛兵はちょうど、イリスを拘束・連行した者で、当時の様子を雄弁に語ってくれた。確かに腕を掴んでいたはずなのに、気づいた時には空中を掴んでいて、イリスの姿はなかった、と。


 イリスはまだ処刑されていない。絶望するのはまだだ。生きている可能性が高い。とは言っても、状況は最悪だ。


 その後、数刻もせず、イリスは指名手配された。翌日には十二公爵が集められ、聖騎士結成の命が下った。


「十二の公爵に命じる。イリス・コストを捜索し、身柄確保せよ」


 顕現の玉座に腰かける女王の前に、十二公爵が跪いている。女王が威厳ある声で命令する。


「この件において、王宝の使用も認める。また、対応に動く者には聖騎士という身分と特権を与える」


 軍隊の運用、各領地への自由な出入りを許可する等の具体的な特権については、宰相から説明がある。


「陛下、発言をお許しください」

「リオン公の発言を認める」

「イリス・コストの容疑は?」


 女王、宰相の話に区切りがつくと、リュドウィックから質問を投げかける。女王はリュドウィックを一瞥した後、顎をわずかに上げた。宰相に話すよう指示を出したのだ。


「反逆罪です。かの者はあろうことか、王宝を保管する宝物庫に侵入し、陛下の王冠を盗もうとしました。その罪を問いましたが、イリス・コストは我々の拘束を逃れ、姿をくらましました。その際、城に害をなしたのです」


 城に嵐を呼び、決して枯らすことのできない植物で囲ったのがイリスだと聞き、リュドウィック以外の公爵が静かに反応した。皆が理解した。脅威的な力には異能力で対抗すべきだ、と。そして、それができるのが王宝を手にした十二の家だけだ、と。


 女王の指示で、リュドウィックを司令塔とした聖騎士が結成された。そのメンバーは公爵に限らず、公爵家に属する者が選ばれた。


 会議室に聖騎士メンバーを招集し、リュドウィックは作戦会議を取り仕切った。


「我が軍を使う時が来たな」


 会議が始まると、初老の豪傑が待ちきれないと言わんばかりに最初の発言をした。十一人の視線が集まる。


「わしらロワイエは戦士の一族だ。闘いを待ち望んでいた」


 そう言うのは、ミノタウロスの子孫、トロー公セヴラン・ロワイエだ。


「血気盛んなのは良いですが、目的を履き間違えないでいただきたい。我々の目的はイリス・コストの身柄確保であって、戦争ではない」


 リュドウィックがすかさず間違いを指摘すると、セヴランは両手を挙げて反抗の意思がないことを示す。代わりに、恰幅の良い男が口を開く。


「ロワイエ殿の鎧は特別な物には見えませんがね。鉄製でしょうか」


 太い指で顎をさすりながら、カンセ公爵のバチスト・ルゴフがセヴランの鎧を鑑定する。セヴランは不快に思う様子もなく、「ただの鎧だからな」と答える。


「英雄の盾とは、先陣を切る勇敢な戦士の証。鎧を着た者が無敵になるのではない。最強の戦士が鎧を着ることが許されるのだ」


 セヴランは誇らしげに語る。ただの黒い鎧も、ミノタウロスの一族にとっては価値ある物。そう言いながら、セヴランは既に鎧を身に着けている。気が早い。


「そう言う、ぬしの盾は特別な物なのか?」

「ただの作品です。ミスリル製という意味では珍しいかもしれませんが」


 セヴランは机に置かれた、美しい盾を指さす。無欠の盾の名に背かぬ、傷も汚れも知らぬ盾だ。セヴランの黒鎧と同じ時を経てきたと言うのに、こちらは錆一つない。光沢の強さはまるで、つい今しがた作られたかのような真新しさを感じさせる。


 セヴランは、自らの質問に予想外の答えが返って来たので、口をひくつかせる。バチストは良い機会だと言うように、後ろで手を組み、リュドウィックを真っすぐ見据えた。


「先に断っておきますが、私はこの件に関わるつもりはありません。私らの力は技術です。武術ではありません。戦争は他の者に任せた方が良いでしょう。ああ、ですが、武器も作りませんよ。我が一族が他を傷つける道具を作るのは、これで最後と決めたのですから」


 バチストと、その一族はこだわりの強いドワーフだ。誰が何と言おうと意思を曲げないだろう。リュドウィックはもとより、彼の主張を否定するつもりはない。イリスを傷つける可能性のある者は少しでも減らしておきたいから。


 リュドウィックは聖騎士のリーダーとして、会議を進めている。その裏では、イリスを傷つけさせず、女王より先に見つける方法を考えていた。


「わかった。意思のない者に強制するつもりはない。退室を許そう」


 リュドウィックの言葉を受け、バチストは会議室を出て行った。残念ながら、ここで削れたのは一人だけだ。


「問題は逃亡者をどうやって見つけるかだ」


 リュドウィックが仕切りなおすと、早速、手が挙がった。先ほど話していた男達と対照的な細い腕だ。


「あの、おそらく指輪がお力になれるはずです」


 美しい声だ。会議に参加する唯一の女性。エトワール校の制服を着ている。


 リュドウィックが、どこかで見た顔だなと怪訝に思っていると、彼女は制服の胸に手を当てて言った。


「リュドウィック様はお忘れでしょうが、わたくしはお二人と同じ学年。シルヴィー・ソヴァージュと申します。プワソン公爵家の末娘でございます」


 シルヴィーは片手でスカートを摘まむと、上品にお辞儀をした。兄であるスコルピオン公爵の代役で来たロベールは、たじろぎつつも、美しい所作に魅入っている。


 彼女が制服のままなのは、プワソン公爵領が王城、及び、エトワール校から遠く離れた場所に位置するからだ。緊急招集には、家に向かう途中で、一番近くにいたシルヴィーが応じた。その流れで会議にも参加する運びとなった。


「指輪にどんな力が?」

「標の指輪は、愛する者の居場所を示します。指輪は人魚の歌声に反応します。わたくし達のご先祖様はこれを使って、恋した人間の男性の居場所を常に把握していました。番に選んだ相手が再び海に近づいた時、引きずり込むんです」


 シルヴィーは説明の後、軽く歌を歌った。家に伝わる、人魚の歌だ。彼女の手の中にある赤珊瑚の指輪がチリチリと光を放つ。不安定に細い光線が点滅を繰り返している。光が指す方向は一定で、ベリエ公爵が興味深げに見る。


「イリス・コスト嬢を愛しているのかい?」

「彼女のことを好ましく思っているのは間違いありませんが、愛しているかと言うと……自信はありません。愛が強ければ強いほど、指輪は応えてくれるものです」


 ベリエ公カロル・パストゥールの問いに、シルヴィーは落ち着いて答えた。二人が並ぶと、空が擬人化したように思える。夜明け空の色(オロール)の髪を持つシルヴィーと、空色(ブルーシエル)の髪を持つカロル。


 カロルが空の擬人というのは遠い表現でもない。パストゥールは進化の過程で翼を失くした翼人だ。


「金の矢が役立つかもしれないね」


 カロルの声は女性にしては低く、男性にしては高い。カロルは性別不詳、年齢不詳の謎多き人物だ。


 パンツスタイルが主だが、上半身はゆとりある服装が多いため、体型が見えづらい。その上、トレードマークとも言うべき、男性があまりつけないであろう青色のカチューシャで常に頭を飾っている。爵位を継いでいる以上、男性の可能性が高いのだが、リュドウィックもカロルを「ミスター」とは呼べない。


 年齢がわからないのも、絡みにくさの要因だ。童顔で、十八歳くらいの見目をしているが、十年前からずっと変わらない。前リオン公爵とも親し気に話していたことから、リュドウィックの親世代に当たるかもしれない。


 そんなカロルに話を振られ、金の矢の持ち主、ウジェーヌ・ダシルヴァが鼻を鳴らした。騎射を得意とする彼も、セヴランと同じ戦に誇りを賭ける人間だ。


「この矢について知っているとは、やはり天使の末葉という噂は誠であったようだ」

「天の遣いではなく、ただ翼を持っただけの人だったのだけれどね」


 渋いサジテール公爵と爽やかなベリエ公爵。二人が無言のやりとりを始めたので、セヴランが「わしらにもわかるように話してくれんか」と求める。


「黄金の矢尻は、ただの金色の矢ではないんだよね。キューピッドの愛の矢の話は有名だよね。あれなんだ」

「要するに、わたくしが矢に触れれば、イリス様に抱く愛情も深まると」


 カロルの話を素早く理解したシルヴィーが、名案だと乗り気になる。矢尻で体に傷をつけた者は最初に見た人物に恋をする。ならば、シルヴィーは矢とイリスの肖像画を用いて、指輪の効果を強めることができるという論理だ。


「それが状態異常なのだとしたら、癒しの宝珠で治せるかもしれません」


 続いて話に加わったのは、ヴィエルジュ公ルイ・ボネだ。


「これにそんな力があるんだね」


 カロルは興味津々といった様子で、ルイのそばに置かれた宝珠を眺める。ルイは汚い物を見るように宝珠を見ている。


「癒しの力に偽りはありませんので。回復の見込みなく、無謀な挑戦をしようとお思いでなければ良かったのですが」


 ルイは冷静に苦言を呈する。


 イリスの捜索方法について話がまとまりそうな時、世の注目を集めるベルナデット・ブランシャールが真っ赤な唇を動かした。


「捜索は私の眷属が手伝う」


 真っ白な肌に真っ赤な唇と瞳が浮かび上がっている。特別にヴェルソー公爵を継ぐことを許された女性。その身は吸血鬼で、日の光を克服したものの、いまだ日陰に生きる者の容姿を残している。白銀の髪を高い位置でポニーテールにしており、実に凛々しい。


 リュドウィックはベルナデットに、女王と同じ芯の強さを感じた。二人とも男勝りな女性だから、似た印象を抱くのかもしれない。


「ねえ、そろそろ終わりそう?」

「しーだよ、シー」


 空気を読まずに乱入する子供の声。シモンとディディエだ。二人は同じ学校に通う幼馴染みで、父が公爵という共通点もある。


「だって、飽きちゃったんだもんー」

「そういうこと言わない方がいいよ」


 本音を隠さないシモンと、内気でフォローが上手いディディエ。遺伝的に生まれつき目が弱く、目を隠しているディディエを支えるように、常に隣に立つシモン。互いが互いを助け合って生きている。


「おじさん達だけじゃ心配だし、俺がイリスを捕まえてやるよ」


 根拠の無い底なしの自信がシモンの行動原理だ。変化の首飾りがあれば、人狼の力を呼び起こすことができることを、父から聞いている。自分が活躍できると信じている。


 そして、相棒のディディエにも力があると信じてやまない。


「ケルベロスが守護霊なんだから、ディーディーも戦えるんじゃないの?」

「えー、怖いし、僕はいいよ」


 突如、シモン達の前に黒いフードを深く被った女が迫った。シモンが驚いて体を震わせると、肩をつけているディディエが「何!? 何!?」と焦り始める。


「守護霊と言いましたね?」

「うわ、何このおばさん」

「ケルベロスの守護霊がいると言いましたね?」

「言ったけど……」


 シモンが気圧される。ディディエは見えなくても、息遣いで、すぐ傍に女性がいるのがわかる。不安げにシモンの腕に抱き着きながら、「僕の家はケルベロスに取り憑かれてるんです」と言葉を継ぐ。


「何者なんだ?」


 顔を隠した人物に触れがたく、リュドウィックは無視を決め込んでいたが、ついに尋ねることを決心した。


「自己紹介がまだじゃった。私はユゲット・ロネ。キャプリコルン公爵の従妹じゃ」


 キャプリコルン公爵家はバフォメットと契約を交わした魔女の末裔。確かに説得力のある見た目だ。


「顕現の玉座は召喚の儀に使用する道具でな。その昔、座った者に悪魔を下ろしたというのじゃ。坊やのケルベロスも召喚できるかもしれないねえ」


 ユゲットが興奮して話す。子供達は対処しきれなくなり、「父上に聞いてみるよ」とその場しのぎの返答をした。


 皆のすべきことが明確になってきた。リュドウィックは彼らの力を利用して、イリスを見つけようと考える。


「リュドウィック君はどうするの?」


 これまで黙っていたロベールが話しかけてきた。リュドウィックは肩をすくめて、無力感を表す。


「王笏を陛下に預けたままだ。俺は指示役を全うするまでだ」


 十二公爵はかつての家宝を返還された。リオン公爵を除いて。理由はわかっている。


 支配の王笏は獅子王の加護を受けたクーザン家の子息のために、獅子王の骨を利用して作った杖だ。獣の力を制御できない幼子のための補助具だった。獅子王の力は全ての種族を支配下に置く、強力なものだ。強制力が働く対象には、女王も含まれる。女王はリュドウィックが王家に反逆することを恐れたのだ。


 しかし、イリスの抵抗が激しく、誰も捕らえることができないとわかると、女王は王笏の使用もやむを得ないと判断した。イリスが土の塔にこもった頃の話で、雷が誰の侵入も許さなかった。支配の王笏を持ち出すには遅すぎた。






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