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26.逆行の砂時計 -2-

「なぜ?」


 聞いても仕方がない。イリスは帰ってこない。それでも問わずにはいらなかった。


 女王とまともに口をきけるようになるまで一か月もかかった。


 処刑に至った理由を尋ねた際も、イリスの言い分を聞こうとしなかった女王を許せず、殴りかかってしまいそうだった。血がにじむほど手を握りしめ、暴言がでないように極力短い言葉で話した。


「王冠を奪おうとした。王宝と同等価値がある代物を、だ」


 結論から言えば、納得できる回答は得られなかった。女王もそれはわかっているようで、無理に取り繕おうとしなかった。


 イリスを奪われたリュドウィックこそ反逆の可能性があると思われたのか、女王に距離をとられるようになった。十二公爵の、しかもその頂点とも言えるリオン公爵であるにもかかわらず、謁見の機会が失われた。


 そんなことは大した問題ではなかった。


 リュドウィックはその後の人生を、イリスを取り戻すために費やした。死んだ人間を生き返らせるなんて超常的な奇跡は、科学的には起こせない。十二王宝を含む、かつて世界にいたとされる伝説の生物の力に縋った。


 世界中を訪ね、調査し、辿り着いたのが逆行の砂時計だ。


 エルフの森と呼ばれた町へ行き、古い言い伝えを集めた。


「あの井戸に近づかない方がいい。夜な夜な化け物が覗いては、底に引きずり込む獲物を探している。底は地獄に繋がっている。近づかない方がいい」


 子供だましのような脅しを言って聞かせてくれたのは、井戸の傍に建つ教会の人間で、本当に井戸の中に恐ろしい物がいるかのように語った。


 どんなに小さな可能性も見落とせない。リュドウィックは忠告を無視して井戸に近づいた。従者達に梯子を作らせ、中に潜った。昼間だと言うのに、中は暗かった。


 井戸の穴は秘密の通路に続いていた。その先で目にしたのは、探し求めていた砂時計だった。


 なるほど。確かに逆行している。


 青色の粒が下から上に登っている。まるで砂が落ちて溜まるように。


 上方の底では、全体の三分の一くらいの砂が山を作っている。


 リュドウィックは幻想的な光景に見惚れていると、首筋に冷たい物体が当たるのを感じた。背後に立つ人物が、脅しのためにナイフを当てている。


「お前が時守か?」


 苦労の滲むしわがれた声で、リュドウィックは問う。


 砂時計の事も、それを守る存在も調べてきた。この状況でリュドウィックの命を狙う者が誰か想像がつく。井戸の化け物の正体もこの者だろう。


「時計を使いたい。どうしても生き返らせたい奴がいるんだ。四十年前、非業の死を遂げたあの子を助けたい」


 私利私欲で砂時計を使わせてくれるかはわからない。けれど、嘘が許される相手とも思えなかった。後から嘘がバレて報復を受けるのも恐ろしい。正直さが良い結末をもたらすはずだ。


 リュドウィックは冷静に、かつ、情に訴えるように背中に向けて言葉を放った。時守は静かにナイフを下ろすと、投げやりに言った。


「使いたいなら使えばいい。壊さないでいてくれれば」


 意外にも簡単に使用許可が得られた。リュドウィックは拍子抜けする。解放された体を回して、時守の方を見る。


 時守のエルフは、確かに若々しい姿だった。リュドウィックよりもずっと若く、二十代くらいの青年に見える。背が高く、耳が長い。肌は暗めで、黄土色(マカロン)の髪が特徴的。髪は伸ばしっぱなしで、目の下には隈があるので、とても健全には見えない。


「本当に使って良いのか?」


 時守はどこか自棄になっている気がする。リュドウィックは確認のために、再度尋ねる。すると、時守は砂時計に近づきながら、小さな声で語り始めた。


「約千年に一度、砂が溜まる。誰かが使わねば、時を刻むことができずに壊れてしまう。だがしかし、使用者は記憶を保持することになる。私は何度も二度目の千年を繰り返してきた。誰も覚えていない、無意味な千年を。私は休みたいのだ」


 時守の心からの願いだった。


 砂時計の製作者と契約を交わし、時守は砂時計の守護者となった。最初の頃は、噂を聞きつけ、逆行の砂時計を身勝手に使おうとする輩が度々訪ねて来た。彼らの相手は面倒ながら、刺激的だった。しかし、時の流れと共に次第に、砂時計を知る者は減っていった。それは平穏を意味すると同時に、砂時計の使用者となり得る者が現れないということにもなる。


 そんな時に現れた、数百年ぶりの人間の来訪。どんな目的であろうと、砂時計の使用を許可しようと決めていた。そうでなければ、長すぎる時の呪縛に、時守の心は壊れてしまいそうだった。


「休みたい、か。ならば、時を戻した際は極力早くここを訪ねよう。そして、時守の代役を立てよう」

「それは面白い。期待せずに待っていよう。だが、一つ約束しろ。時計の在処は決して広めるな。使用者たる資格は、己の力で見つけて初めて得られる」

「わかった」


 二人は約束をし、時計に向き直った。


 あれから四十年。ようやくここまで来た。これでイリスを助けられる。


 リュドウィックは砂時計に手を触れた。




 時が戻り、二度目の人生をたどっているのだと気づいたのは、四歳の時だった。物心がつく頃、つまり、己の存在を自覚し、考えることを習得した頃にようやく、脳は一周目の記憶を呼び戻すことに成功した。


 運命を変えるため、すぐに何かを始めたかったが、幼い体では何もできなかった。一人で出かけるのもままならない。今はまだイリスと出会う前。知りもしない令嬢に会いたいと言って、両親に気味悪がられるのも良い判断とは言えまい。


 リュドウィックはじれったさを解消すべく、外出を強請った。屋敷の外に出たからと言って、何か変化が起きるわけでもないのだが。


 忙しい父に代わって、使用人がリュドウィックを外に連れ出してくれた。領内の街に出かけ、様々な店を見て回った。


 使用人の手を引いて歩くリュドウィックの足が、一つの装飾店の前で止まった。


「坊ちゃん、いかがなさいましたか?」


 従者が尋ねる。特別、宝石に興味を持つ子供ではないという認識だったため、装飾店に興味を示したことが意外に思われた。


 リュドウィックが目を奪われているのは、ブレスレットだ。金の腕輪にグリーントルマリンがついている。珍しい点など一つも無い。宝石が身近にある令息が、心奪われる品物ではない。


 だが、リュドウィックは店の前から微動だにしない。従者は購入を提案した。滅多に物を欲しがらないリュドウィックの可愛いおねだりだ。公爵夫妻も叱らないだろう。


 リュドウィックは、イリスの瞳のブレスレットを手に入れた。運命的な出会いに感動したが、イリス側への影響にまで考えが至らなかった。


 五歳になり、いよいよイリスに対面する時が来た。父親と共に、コスト家を訪ねた。待ちに待ったその時が来て、つい逆行の砂時計の作用を忘れてしまった。


「俺のこと覚えてるよな?」


 イリスと二人きりになると、すかさずリュドウィックは問いかけた。


 イリス自身にとっても無念の死だったはず。運命を変えるため、イリスも二度目の人生で画策しているはずだ。


 なぜかそう思い込んでいて、イリスが記憶を保持しているという、ありもしない期待をしてしまった。


「覚えてるよー」


 だから、この返答があった時、リュドウィックは感極まって泣いてしまいそうになった。と同時に、あの時のことを聞かねばと思った。どうして女王に会ったのか、何か誤解があったのか、相談できることはなかったか……。


「良かった。イリスも一度目のことを覚えているんだな。自分が最後、どうなったかわかるか? いや、無理に思い出すことはない。覚えてる範囲で良いんだ。俺は、あの後、逆行の砂時計を探して──」

「五歳なのにすごいねー」


 イリスから間の抜けた声が発せられる。リュドウィックの言っている事を何一つ理解していない。


 リュドウィックは自分の間違いに気付いた。目の前にいるのは、ただの五歳のイリスだ。これから自分の身に起こる事を知る由もない。


 知らないならその方が良い。リュドウィックが勝手に守るだけだ。


 「よし」と気合を入れ、子供らしく無邪気なイリスに向き直った。


「何して遊ぼうか」


 イリスが喜ぶことをしよう。リュドウィックは思考を切り替えて、イリスの遊び相手になった。


 同時期に、リュドウィックは時守も訪ねていた。それらしい理由をつけて、あまり名の知れていない土地に出かけるのは苦労した。五歳の子供というのは出来る事が限られている。


「時守、お前との約束を守りにきた。俺がこれを使った。とりあえず、五十年くらいは休めるぞ」


 一度目の人生で長年付き従ってくれた、信頼に足る従者がいる。その男を連れて、逆行の砂時計がある井戸に潜った。


 侵入者と思われては困るので、洞窟の手前から大声で時守に語り掛けた。意外にも返答はすぐだった。


「いいや、既に休んでいる。三百年程の安らぎだ」


 砂時計の広間の入口そばで、時守は腕を組んで待っていた。あいかわらず、黄土色(マカロン)の髪は手入れされず、伸びている。髪の間から、砂時計の使用者の顔を見、僅かに微笑んだ。


「約束通り、時守代行を用意した。こいつがその代行だ」


 付き添いの従者をエルフに紹介する。彼を教会近くに住まわせ、井戸の見張りに当たらせるつもりだと説明する。


「教会には歴史的価値があり、保全が必要と言って、井戸の管理はリオン公爵の下行うと契約を取り付けた」

「本当に私と約束を?」

「ああ。お前は何千年も頑張ったんだろ? たった数十年、仕事を離れたって罰は当たらない」

「そんな事言われたの初めだ」


 時守はまだ迷うように、首を傾げた。リュドウィックは時守に向かって右手を差し出した。


「俺と一緒に行こう」


 エルフは長い足を曲げて、小さな手を取った。そして、「ありがとう」と心からの感謝を伝えた。


 リュドウィックは時守を屋敷に連れ帰り、両親には恩人だと説明して、客人として滞在を許すようお願いした。






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