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25.逆行の砂時計 -1-

 十二公爵が一つ、リオン公爵家に生を受けたリュドウィック・クーザンは何不自由ない人生を歩んできた。


 否、迷惑していることはある。言い寄ってくる女の対処だ。どれだけ冷たくあしらおうと、不死者のように湧いてくる。


 エトワール校に入学したリュドウィックには、毎日のように女子生徒が付きまとった。放課後も寮に戻るまで、一人の時間は持てなかった。


 毎日毎日、用もなく話しかけてくる女子生徒達にうんざりして、とある日の放課後、図書室に行ってみた。私語が許されぬ場所でなら、彼女らも静かになるだろう。


 話しかけられないにしても、隣を目障りな奴に座られるのは嫌だ。


 都合良く、二人の生徒が一つ飛ばしで並んで座っている所がある。片方は黙々と机に向かっている女子生徒だし、もう片方はわざわざ図書室で話しかけて来るとは思えぬ上級生だ。その間に座らせてもらうと、なかなか居心地が良かった。


 リュドウィックは不意に隣に座る女子生徒が誰なのか気になった。近くにリュドウィックが来ても何の興味も示さない。稀な人間だ。


 彼女は教材とレポート用紙を広げて、一心不乱に宿題に取り組んでいた。だが、速度は遅く、一つの宿題にありえないほど時間がかかっている。


 桃色の髪と黄緑色の目。確か「花の妖精」だったか。


 同年の男の視線を集めていたので、こいつも同じように苦労しているのかもしれないな、なんて同情しながら、名前は何だったか考える。


 ヒントはないかと宿題に目をやると、彼女の答えが間違っていることに気付いた。序盤で計算ミスをしているために、その後の回答も間違っている。それなのに、彼女自身は気付く気配がない。


「……そこ、計算ずれてるぞ」


 何のきまぐれか。自分でも驚いたが、無意識に話しかけていた。


 教育機関は女性を受け入れた。反面、女性の意識改革が進んでいない。学校に何をしに来ているのだと思わずにはいられない女子生徒ばかり。辟易していた。


 その中で勉強に励む女子生徒は珍しかった。皆、短時間で終わらせられるような簡単な問題に時間をかけていただけなのだが、熱心に宿題に取り組む彼女には感心させられた。


 だから、これくらいの手助けなら受ける権利もあるだろう。


 間違いを指摘すると、イリスは素直に解きなおし始めた。その問題が終わると、席を立った。


 宿題は置いて行ったので、文句は言わなかった。隣を埋める役目さえ果たしてくれれば、それで良い。彼女の用事が何かなんて興味もなかった。


 読書に戻って数分、背後の本棚の方からガタンという大きな物音がした。


 気にしないようにしていたが、少しずつ騒ぎが大きくなっていった。本に集中しているふりをして聞き耳を立てた。


「気絶してる!」

「頭を打ってるかもしれない。動かすな」


 生徒が騒ぎを聞きつけて、本棚の向こうへ集まっていく。人が倒れたらしい。


 リュドウィックは担架で運び出されるのをチラ見した。騒ぎの中心にいたのはイリスだった。


 耳に入れた情報から、リュドウィックを追う女子生徒の一部が暴走して起こした事件であることは推測できた。


 クーザン家が懇意にしている家の者に犯人捜しと制裁を依頼した──この時、犯人が誰だったのかしっかり聞いておかなかったのを後悔することになろうとは思わなかった。


「今日からお前の勉強を見てやる。放課後、ノブルクラブ室に来い」


 治療を終えて、クラスに戻って来たイリスを、放課後、ノブルクラブ室に呼び出した。リュドウィックに関わったことで負った傷の罪滅ぼしのつもりだった。


 こうして宿題を見るようになったが、とにかく手のかかる奴だった。覚えが悪い。


 ミレーユが邪魔に来たり、部屋に勉強用の机が増えたりした。イリスと仲が良いのか、ロベールも視界に入ってくるようになった。


 惰性で一年も付き合ってしまった。一年の最後にミレーユが、ヴェール伯爵領近くの狩りを見に行こうと誘った時、こいつらに付き合うのは終わりにしようと思った。


 三年生の時、十四歳になった彼らは試練を与えられた。


 リュドウィックの父が亡くなった。ブラック家で行われた新年会で、火災に巻き込まれたためだ。放火犯がいたと聞く。


 父の葬儀にはイリスもいた。号泣していた。イリスの涙がどうにも心に刺さった。


 忌引き明けは、いつにも増して機嫌が悪かったので、いつもは鬱陶しく付き纏ってくる女子生徒達が近づいてこなかった。逆に、いつもは逃げて行くイリスの方が離れていかなかった。


 物憂げな顔で様子を見ては、悩ましそうに首を振る。それでも話しかけてはこなかった。


 一定の距離を保たれたまま、見られていることはわかっていたので、他の生徒をストレス発散に使いづらかった。


 苛立ちは放課後まで消えなかった。文句を言ってやるつもりで一年半ぶりにノブルクラブに行った。


 リュドウィックの顔を見るなり、イリスは泣き始めた。


 あまりに予想外で、しばらく何も言えなかった。その間もイリスは泣き続け、リュドウィックの心をかき乱した。


『次期公爵たるもの、どんな状況でも冷静に対処できなくてはならない』


 もう二度と聞けない父の言葉を思い出す。


 教えの通りにできていない自分に腹が立つ。


 一度怒りを覚えると、理由も解決策も言わないで泣くだけのイリスに腹が立って仕方がなかった。


「泣き止むまで顔を見せるな」


 後から来たのはリュドウィックだが、イリスを部屋から追い出した。


 疲労感に苛まれて、リュドウィックはイリスが座っていた椅子に腰を下ろした。


 目に手を当ててため息をつくと、手のひらに熱い液体が触れた。慌てて手を見ると、透明な液体が一雫分ついていた。


 父を失ったことに想定以上の喪失感を抱いていた。


 一日中苛立ちが収まらなかったのも、イリスが泣いていたのも、自分ですら気づかないところで傷ついていたからだ。


「いやあ、面倒な女子ですね。泣いて気を引こうとか。よろしければ、私が代わりに指導してきますよ」


 名も知らぬ上級生がリュドウィックの理解者のふりをして近づいてくる。


 そんなに恩を売りたいなら使ってやろう。


「街で一番美味い菓子を用意しろ。五分以内にだ」


 その上級生は使いパシリの命令に嫌そうな顔したが、リュドウィックが時計を見てタイムリミットを意識させるとあっという間に駆け出して行った。


「馬鹿な奴だよ。獅子公爵に近づくから」

「虫の居所が悪いのなんてわかりきってたのにな」


 姿を消した生徒を嘲笑う声が聞こえてくる。権力者の反感を買った愚か者に味方はいない。


 公爵として帰ってきたリュドウィックは、牙を剥いた獅子のように獰猛で、早くも獅子公爵なんて呼ばれ始めている。うるさい奴らを黙らせたいところだが、口を開くのも面倒で、この場は放置することにした。


 要望の品を手に入れると、リュドウィックはイリスを探しに行った。イリスは女子寮近くの花壇の前に座っていた。


「どうしたら会える?」


 イリスが上を見て話していたが、相手の声は聞こえなかった。


「ようやく泣き止んだのか」


 声をかけると、イリスは肩を震わせた。


「誰かと話していたのか?」

「ううん、なんでもないです」


 イリスが誤魔化したのは簡単にわかった。それを指摘する労力は割かなかったが。


「……やる」


 リュドウィックは目線を合わせるためにイリスの横にかがんだ。小包を差し出した。


 イリスは包みを受け取って中を確認した。そこで初めてリュドウィックも、中身がクイニーアマンであることを知った。


「どうして?」


 大きな目をしばたかせて、イリスが尋ねる。リュドウィックはやりにくさを感じながら質問に答えた。


「騒ぐ奴らに買いに行かせた」

「じゃなくて、どうして私に?」

「菓子、好きだろ?」

「そうですよ。じゃあ、どうして今?」


 しつこい奴だ。


 リュドウィックは少し黙って、柄にもないことをした理由を考えた。


 そうだ、イリスの涙を止めたいと思ったのだった。


「……泣いてたから」


 こういうことを素直に答えるのも自分らしくない。リュドウィックは照れが顔に出ないように力を入れた。


 対するイリスは、笑顔だった。


 クイニーアマンを美味しそうに食べるイリスは、見ていて飽きなかった。


 四年生では、イリスと共に過ごす時間が増えていった。リュドウィック自身はそのことに無自覚だった。


 五年生直前の夏休み、仕事のために女王に会った。女王は心を見透かしたように言った。


「最近、学校が楽しいようであるな。恋人でもできたか」


 エトワール校に通い続けられるのは女王の援助のおかげだ。近況報告、もとい下世話な話の相手にもならざるを得ない立場だ。


「学生の身ですので」


 暗に否定すると、女王は意味ありげに笑った。


「学生こそ羽目を外すものだろう」

「そうおっしゃる陛下こそ、思い当たることがおありで?」

「さてね」


 女王がはぐらかすと、壁に沿って立っている近侍が「んん」と声を漏らした。


 学生時代の女王は気さくで、自由が服を着たような人であったと、彼女を知る者は言う。それゆえに彼女に仕える者は大変困らせられたらしい。


「生涯の伴侶を見つける機会は夜会だけではない」


 女王は意にも介さず、従者の反応を無視した。代わりに、リュドウィックに挑発的に笑いかける。


「そのために女性を学校に行かせたのではないでしょう?」

「だが、そうは考えない者もいる」


 リュドウィックは呆れていたが、女王の言葉を否定することはできなかった。恋愛に現を抜かす女学生の何と多い事か。リュドウィックも、散々巻き込まれた人間の一人だ。


「うかうかしていると、あらぬ所からかっさらわれるぞ」


 女王はいかにも楽しそうに笑った。


 女王の読みは当たっていた。夏休みが残り半分になった頃には、イリスに誕生日プレゼントをあげることを考えていた。


 何をあげるか、どうやって渡すかを大いに悩み、贈ったリボンは毎日イリスの髪を飾った。冬の舞踏会でパートナーになるのも当然だった。


 全てが完璧だった。


 「クーザンさん」が「リュドウィックさん」、「リュド」に変わり、「コストさん」が「イリス」に変わった。


 星座の探し方もたくさん知った。


 五年生が終わり、夏休みを前に別れを惜しむと、イリスはお守りのブレスレットを貸してくれた。


 グリーントルマリンがあしらわれた金のブレスレット。イリスの輝く瞳と同じ色。


「私の目の色と一緒。この色が一番好き」


 イリスが可愛らしく笑う。


 確かに、これがあれば少しは頑張れそうな気がしてくる。リュドウィックは八月に再会することを楽しみに、公爵としての務めに励むことを誓った。


 夏休み二日目。女王からの招集がかかった。


 十二公爵をはじめとする、貴族達が王城前の広場に集められた。騒ぎを聞きつけた平民も野次馬になって、人の輪を太くした。


「これより、反逆者の処刑を執り行う」


 女王が姿を見せ、その代弁者が集会の目的を語った。


 大罪人を見せしめに処刑するのは、国の歴史として珍しいものではない。面白がる民も少なくない。とはいえ、リュドウィックは悪趣味な催しだと思った。


(こんなつまらない用事で呼び出すくらいなら、休みをもらってイリスに会いに行くんだった)


 欠伸をかみ殺していると、件の罪人が舞台に連れ出された。


「え……」

「あの子が……?」


 見物人が戸惑う。現れた反逆者が若く、無害そうな人間だったからだ。


 リュドウィックも周囲の空気に違和感を覚えて断頭台を見上げた。


「イリス?」


 目を疑った。断頭台に押さえつけられているのが、一昨日まで笑い合っていた恋人にしか見えない。


「女王様、聞いてください! 誤解なのです。私は決してあなた様を害そうなどとは……」

「妖精の末裔などとほざき、陛下を惑わそうとした。紛れもない魔女である!」


 処刑人の拘束に必死に抵抗するイリスの声は、女王の代弁者の言葉にかき消された。


「陛下! これはどういうことなのですか? イリスが反逆するはずがありません。間違いがあったのではありませんか⁉」


 リュドウィックはたまらず、女王に向かって大声で問いかけた。だが、届かなかった。


「魔女を消せ!」

「魔女は危険だ! 排除しろ!」


 群衆の興奮した叫びが必死の訴えを隠してしまう。イリスの声も、リュドウィックの主張も、誰の耳にも届かない。


「時間だ」


 女王が声を発した一瞬だけ、街中が静まり返った。直後、処刑人の手によって斬首刑が行われた。


 涙に濡れた顔が絶望に染まり──落ちた。


「ああ、……ああああああああ!!!!」


 最初は誰の叫び声かわからなかった。自分が叫んでいるのだとわかった時、リュドウィックは兵士に両脇を抱えられていた。イリスの体に触れようとし、止められたのだ。


 狂ったように泣き叫ぶリュドウィックに興味を示す者はいなかった。唯一、女王だけが冷ややかに見ていた。






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