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24.十二公爵 -4-

(逆行の砂時計について教えて)


 イリスは土の塔で、膝に載るオベロンに話しかけた。


 オベロンは(いいよー)と上機嫌に答えながら、イリスの顔をぺたぺたと触っている。幼い弟ができたみたいだ。


(それを使うと時間を戻せるんだよね?)

(うん)

(いつに戻すかは指定できるの?)

(いいや、砂が溜まった分だけ……そんなに気になるなら見に行こう)


 オベロンの案内で逆行の砂時計があるという町に飛んだ。


 標の指輪を無効化し、オベロンが作った塔にイリスが立てこもっていると思われている今だから、聖騎士に見つかる恐れもなく出歩くことができる。


 かつてエルフの森と呼ばれた場所。都市開発が進み、森の見る影もない。エルフの逸話だけが残る、至って普通の町だ。


 オベロンは教会のそばにある井戸を覗き込んで確認すると、躊躇わず飛び込んだ。イリスもそれに続く。


 光の妖精を呼んで照らしてもらいながら、ゆっくり落ちる。井戸は驚くほど深く、底に近づくにつれて幅も広くなっていく。


(井戸というより洞窟ね)


 自然にできたのではない穴を観察しながら、底に足をつける。水はない。井戸としては機能していないようだ。そういえば、水を汲み上げるためのバケツが吊るされていなかった。


 ドーム型に広がった洞窟をぐるりと見渡すと、人が一人通れるくらいの横穴が見つかった。


 オベロンが滑るように飛び、迷いなく横穴を進む。イリスは歩いてその後ろに続く。


 少し湿っていて、歩くとぴちゃぴちゃと音が鳴る。靴が泥に取られる感覚もある。


 しばらく歩くと、出口に明かりが見えてきた。あまりに強い光量に、外に出たかと思った。


 横穴はもう一つの大きな洞窟に繋がっていた。そこはエトワール校の大講堂に匹敵する広さだった。


「わあ」


 イリスは思わず感嘆の声を漏らした。光の玉が無数に浮遊していて、実に幻想的だ。それらは広い洞窟を明るく照らしている。


 それだけ明るいから、地下にも関わらず植物が育つのだろう。


 足元には青々とした芝生がある。高さを合わせて切り揃えられていることから、誰かが手入れしているのがわかる。


 中央にイリスの探し物があった。巨大な砂時計だ。砂時計と聞いて最初に浮かべる、ごくありふれた見た目だが、とにかく大きい。


 木製の土台にガラスのくびれた容器がついている。中をさらさらと青い砂が落ちている(・・・・・)


 巨大な砂時計にもかかわらず、ひっくり返すための器具はない。


(あと四十年くらいかな、次に使えるのは。まあ、その時巻き戻せるのは一瞬だけど。時守が使わせてくれるとは限らないしね)


 オベロンはイリスと手を繋いで横に立った。頭を精一杯倒して、砂時計のてっぺんを見上げる。


(今、時間を戻すことはできないってこと?)


 頭が重くなったように感じた。あてにしていた道具が使えない。


 オベロンを妖精王に戻すには、聖騎士から追われる状況を打開するには、時間を戻すしかないと思ったのに。


 オベロンはイリスの目論見もわかったうえで、笑って言う。


(それはそうだよ。この時代は二周目だもん。イリスも覚えているだろう?)

(二周目……)


 イリスは頭を抱えた。頭がずきずきと痛む。


 本当はわかっていた。あれは平行世界の記憶ではなく、一周目の自分自身の記憶だと。


 一度目の人生でイリスはリュドウィックに恋をし、妖精の力を目覚めさせることなく女王に処刑された。未練を残して生を終えてしまった。


 一周目の世界、四十年後のここで、誰かが砂時計を起動させた。それによってイリスは死なない今を得たのだ。


(皆わかっていたのね)


 イリスはしゃがみこんで呟いた。オベロンが届くようになったイリスの頭を撫でる。


(自然は流れだ。時と同じ。先も後も流れの中にある。無理やり時を巻き戻したって、自然は覚えている。だから、ボクらも覚えている)


 よくわかった。バンシーが予知能力がないのに、死の時期を知っているのは、二周目の世界だからだ。バンシーの正体は、時戻りをして一周目の運命を知るシルキー。黒い布は喪服を真似ているだけで、彼らは同一の妖精だったのだ。


(最初はデジャブだと思ってたの)

(イリスの記憶が断片的だったのは人間だからっていうのと、死んじゃった衝撃だろうね。どこかで一回目と違う動きがあって、それで生まれた淀みが刺激になったんだと思う。そうやって少しずつ思い出したんだ)

(それってつまり、オベロンが私を助けようとしたってこと?)


 オベロンは首を振った。妖精は歴史改変に関わらないらしい。


(ボクが動いたのは、イリスに初めて会った時だけだ。イリスが自然と繋がったらどうなるか興味があったんだ)


 妖精王は見たかった。自分の血を引く人間が妖精として覚醒した時、自然にどんな影響をもたらすのか。前回はそれを見る前に、殺されてしまったから。


(……そうか。ボクはイリスを助けたかったんだ。気に病まないで、イリス。ボクはあの時から、シルキー(家守)になることが決まっていたんだ)


 イリスのために力を使った。それは宿り先のない、公平な妖精王らしからぬ行動だった。


 金の矢がなくとも、オベロンは妖精王でなくなったはずだ、と。イリスが時間を操りたいと考えた理由の一つを取り消そうとする。


 イリスはオベロンの気遣いが嬉しかった。目の前にあるオベロンの胸に顔をうずめるようにして抱きしめた。


(もう一度言うけれど、その時以外、ボクは変化を起こしていない。原則、妖精(ボクら)は流れに身を任せる)

(それなら誰が? 時守さん?)


 砂時計を守っているというエルフにまだ出会っていない。時守という特別な役目を授かったエルフなら、もしかしたら一周目の記憶を失わずにいられるかもしれない。


 オベロンが首を動かしたのが、体に触れているイリスにも伝わって来た。


(他にも記憶を保持できる者がいるよ。これを使った人間だ)


 オベロンが誰かを見ている。時守が戻って来たのだろうか。


 生きた年月は果てしない差があるが、見た目はイリスよりも幼い。そんなオベロンに縋りついているところを見られるのは恥ずかしかった。


 急いで立ち上がって、トンネルをくぐって砂時計の間に入ってくる人物を見つめた。


「……イリス?」


 声を聞いて、イリスは息をのんだ。ずっと聞きたいと思っていた声で、名が呼ばれる。


「リュドウィックさん?」


 イリスは瞬きを繰り返した。リュドウィックがそこにいることが信じられなかった。


「リュドウィックさんが時間を戻したの?」


 上手く考えがまとまらない。イリスは鈍い頭で問いかけた。他の誰かが発した言葉を聞いているような感覚だった。


 リュドウィックが答えるのを待てなかった。一瞬があり得ないほど長く思えた。


 イリスはリュドウィックの姿をよく見た。最後に会った時より、少しやつれている気がする。綺麗な服を着ているが、泥の上を歩いたせいで靴とズボンの裾が汚れている。そして、長い金色の杖を手に持っている。


 あれは支配の王笏だ。リュドウィックも聖騎士なのだった。


 イリスは咄嗟に逃げることに頭を切り替えた。時計の奥に道があるとは思えなかったが、リュドウィックから離れるために、横穴とは反対の方に駆け出した。


 走り出したのは確かなのだが、ちっとも前に進まない。否、それどころか、足も手も動いていない。


(これが王笏の力?)


 オベロンも身動きが取れないようで、いつものように視界に飛んで入って来ない。


 これでは逃げられない。


 打開策を考えているうちに、瞼が下りて来た。眠気なんてないはずなのに、脳が眠りに誘われている。


(そんなことまでできるのね……)


 イリスの知る中で最強の力だ。あまりに一方的だ。




 目が覚めて、イリスは最初に体の自由を確認した。


 瞼を押し上げて、天井を見つめた。白とほんの少し灰色がかった淡い黄緑色ヴェール ドーで塗り分けられた天井に、凹凸の石膏装飾が模様を描いている。見知らぬ建物の中にいる。


 手の指を動かした。柔らかなシーツを撫でる。ベッドの上に寝かされていることがわかった。


 お腹に力を入れて上半身を起こした。掛布団がふぁさっと落ちる。動きある物につられるように、腰のあたりを見つめた。


 ギシッとベッドが軋む。シーツが左の方向に引っ張られる。イリス以外の人間がベッドに載ったのだ。


 突然、イリスの手の上に男の、少し大きな手が重ねられた。熱い。体温のないオベロンと触れあっていたため、人の熱が実際より高く感じられた。


 リュドウィックの手だ。


 彼はさらにイリスに近づき、左肩をイリスの胸に触れさせた。イリスの視界が黒い髪で埋まる。


 首のあたりでリュドウィックの息遣いを感じたかと思うと、強く抱かれた。息苦しさを感じる程の熱烈な抱擁だ。


 直後、首の付け根に痛みと熱さが走った。イリスは「んっ……」と短く息を吐き、顔をしかめた。


 リュドウィックがイリスを噛んでいる。


 イリスは恥ずかしさと痛みで、リュドウィックのいない右側に顔を傾けた。


「リュドウィックさん、やめてください……」


 消えそうな声で訴える。声が届いていないのか、リュドウィックは噛む力を弱めない。


「リュドウィックさん……、痛い…………リュド、お願い」


 体を震えさせると、リュドウィックはイリスの二の腕を掴んだまま顔を離した。イリスが顔を真っ赤にして、目に涙をためていたので、罪悪感で俯いた。


「悪い。お前がここにいること、お前がいなくならないことを信じさせてほしい」


 リュドウィックの声は別人かと思うくらい弱弱しい。イリスはついに涙をあふれさせて頷いた。


「会いたかった。会いたかったの、リュド」


 イリスは声を上げて泣いた。


「俺も」


 リュドウィックも少し泣いた。


 二人は額と額を合わせ、涙が収まるまで互いの存在を頭に刻み付けた。落ち着くと次第に照れくさくなって、最後は笑い声に変わった。


「痛いよな」


 顔を離すと、リュドウィックはイリスの首に触れた。噛んだところが痕になっている。


 イリスは肯定も否定もせず、朗らかに笑った。治癒の力を使えば噛み跡を治すこともできたけれど、敢えてそうしなかった。


「結局俺は何もできなかったな」


 ベッドの端に座りなおしたリュドウィックは、憑き物が落ちたような顔で言った。


「私を助けるために時間を戻したの?」

「そんなことは気にしないでいいんだ。生きてさえいてくれれば」


 リュドウィックは質問に答えようとしなかった。


 イリスはそれで納得しなかった。怒った顔で言い迫る。


「駄目よ。全部話して。知らないままでいたくないの。リュドが私のためにしてくれたこと。辛かったこと。全部」


 イリスの真剣な眼差しから逃れるように、リュドウィックは壁の方に目を移した。困ったように前髪をいじる。


 しばらくの沈黙の後、観念したようにリュドウィックは口を開いた。


「そう。イリスが死んで、どうにか生き返らせる方法はないかと探した──」


 リュドウィックは全てを語った。






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