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20.妖精王の冠 -3-

 イリスは、マグノリアが眠る病院に行った。


 日が落ちて、街は夜を迎えていたが、看護師と医師はイリスの来院を拒まなかった。


 病室には、片時も離れずに付き添うマグノリアの両親がいた。


 疲れの見える顔で叔母はイリスを迎えた。


「叔母様、私もマギュと手を繋いでいい?」


 イリスが控えめに尋ねると、叔母はベッドから離れ、イリスのためにマグノリアの左手を譲った。


 マグノリアは怪我のせいで高熱を出していた。布団の外に出ている手に触れると、火照った体の熱が伝わってくる。


 息苦しそうな呼吸音が暗闇の中に響く。


 イリスはマグノリアの手を両手で包み込み、祈るように目を閉じた。


(お願い、マギュを助けて)


 イリスは誰かから方法を教わったわけではないが、自然の力を借りる方法を知っていた。


 マグノリア自身の治癒能力を高め、植物や大気、水の力で支援をする。


 窓も開いていないのにどこからともなく風が吹き、イリスの髪を揺らす。静かに持ち上げられた瞼から、わずかに発光する瞳が現れる。


「イリス?」


 叔母が渇いた声を発する。


 イリスの周りだけ空気が違うのか、景色がぼやけて揺らめている。白い光に包まれているようにも見える。


 十秒ほどその状態が続き、イリスがマグノリアから離れると収まった。


 次第にマグノリアの呼吸が正常のものに変化し、苦痛に歪んでいた表情が穏やかになった。ついに目を開けた。


 意識を取り戻したマグノリアは、ごく自然に体を起こした。どこにも痛みを感じていない様子だ。


 叔父がすぐに医師を呼びに行き、傷の具合を診てもらった。包帯がするすると解かれ、健全な肌が顕わになる。痣どころか、擦り傷の一つも残っていなかった。初めからなかったかのように。


「奇跡だ」


 医師が言ったのか、叔父が言ったのか。誰のものかわからない呟きがさまよう。


 マグノリアが両親に抱きしめられながら、イリスをじっと見ている。眠っていた彼女には何が起こったのか知り得ないはずだが、イリスに救われたのだとどこかで理解していた。


「良かった、マギュ。守ってくれてありがとう」


 ほとんど声を出さず、口の動きだけで告げた。イリスの言葉はきっとマグノリアに届いたはずだ。


 イリスは微笑み、マグノリアと、回復を喜ぶ叔父と叔母の方を見たまま、一歩後ろに下がった。その瞬間、目に見えぬ空気の層のようなものを通り抜けた。空気と水の境界面を潜り抜けたかのような感覚があった。


 イリスの目には景色がぼやけて映る。ベールの中から世界を見ているようだ。


 他の者には、マグノリアにはイリスが一瞬にして消えたように見えた。マグノリアは大きく目を開いて、現実に起こったことを理解しようと努めている。


(これでイリスの願いは叶ったわけだ)


 イリスの右肩のあたりに浮遊するオベロンが、次はどうするか問う。


(かくれんぼかな)


 妖精と言葉を持たぬ相手に声を出す必要はない。心の中で念じるだけで会話ができる。


 以前は妖精と語る時、虚空に話しかける人として奇異の目で見られたが、発話する必要などなかったのだ。


 イリスはオベロンを見上げ、視線を交わす。


(妖精の得意分野でしょ?)


 イリスが去った城には、黒い雲が集まり、嵐が吹き荒れた。雨風の中、植物達は不思議と成長し、城を緑で覆いつくした。


 イリスは、女王から死刑を宣告された身でありながら姿をくらました。その上、城に災いをもたらした。


 ゆえに、イリスは反逆の罪で指名手配されている。そのことが国中に伝わるのも時間の問題だ。こうして人前に姿を現せるのはこれが最後だった。


(行こう。皆がイリスを待ってる)


 オベロンがイリスの二の腕を引っ張る。イリスの体が宙に浮く。風がイリスを支えている。


 イリスはオベロンに連れられて、ヴェール伯爵領の湖に移動した。そこは妖精の故郷とも言うべき場所で、多くの妖精達がイリスと交流しようと集まっていた。


(あなたもここにいたのね)


 イリスはいつも傍にいたバンシーを見つけ、声をかけに言った。


(ひめさま、生きてる……)


 バンシーは泣くのをやめた。


 もう不要と言わんばかりに黒い衣を脱ぎ捨て、滑らかなシルクの服を舞わせた。今までフードの下に隠されていた顔は、儚げで生気は感じられないけれど、優し気だった。


 バンシーは初めてその顔をイリスに見せた。


(私は死ぬ運命から逃れられたってこと?)


 イリスが尋ねると、バンシーは困ったように微笑んだ。


バンシー(それ)は知り得ないことだ)


 オベロンが代わりに答える。


 ふよふよと空気に漂っていたオベロンは、イリスと話すために近づいて来た。妖精達が(おうさま、おうさま)とオベロンに群がる。


(ボクらに予見の力はない。流れを知るだけだ)

(王様にもわからないの?)


 オベロンの振る舞いを見て、彼の能力の幅と知識量を感じ取っていた。予知も可能ではないかと、イリスは考えていた。


(ボクばかりが全能なのではない。宿る先を見つけた者が、他との関り方を忘れていくだけだ。皆、ボクと同じように全ての自然に関わる力を持っていた。そして、ボクだけが宿る先を見つけられないまま。皆がボクを王と呼ぶのは、何者にもなれないボクに居場所をつくるためだ)


 オベロンは妖精の行きつく先の姿ではなく、むしろその逆。幼体なのだ。


 妖精は生まれた時、オベロンのように人間の子供に似た姿をとる。風や水、花などの宿主を見つけると、それに適した姿に形を変える。その過程で、以前はあった他の属性との繋がりが薄れてしまうので、オベロン以外の妖精は種別に力を借りられる自然の範囲が限られてしまうのだ。


(イリスも似た状態だ。ボクの半身なんだから当然だけど)


 イリスは改めてオベロンの姿を見た。自分と同じ髪と目を持つ妖精の王。コスト家が何世代にもかけて血を繋ぐ間、彼はずっと変わらずいたはずだ。


(ずっと気になっていたの。私は本当に王様の子孫なんだよね?)


 イリスが問いかけると、オベロンは目を細めた。


(うん。半身(ティターニアア)の子供の、その子供の、そのまた子供の……うーんと後の子供だ)


 オベロンは少し昔話をしようと言って、湖に飛び込んだ。飛沫をほとんど上げず、静かに入水すると、空を飛ぶ時と同じように意思だけで進む。


 イリスも倣って頭から水の中に入った。


(ひめさまだわ)

(ひめさまねえ)


 水の揺らぎと共に、ウンディーネ達の言葉がイリスに届く。彼らはイリスをオベロンの元まで運んでくれた。形を目に映すことは叶わないが、自分の周りにいるのであろうことは、心が温かく感じることで察することができる。


(あの子は特別な子だった。ボクらを見ることのできる稀な存在だった。だから、友好の印として冠をやった)


 オベロンが話し始めてすぐ、なぜ水中に誘ったのかわかった。オベロンの思い出が映像として、水という全方位にあるスクリーンに映し出される。


 オベロンの言う「あの子」はコスト家の始まりにいる人、妖精と交わった人のことだろう。


 イリスの前に大きく映し出された人間の顔は、ごく普通の少年のものだった。茶髪に黒目という特別な見た目ではなく、顏も特段美形と言うわけではなかった。ただ愛嬌があり、愛らしい笑顔を向けている。


(あの子はすぐに大きくなった。ボクよりもずっとずっと大きくなった。あっという間に死ぬだろうこともわかった。ボクらと時の流れが違う)


 少年が青年になり、顔つきが明らかに大人のものになった。体格も立派に成長している。


(ボクはあの子を失いたくなかった。だから、時守の所に行って、時を超える方法を聞いた)

(それが子孫を残すこと?)

(そう。命の短い者は子を残すことで時を超える。ボクはあの子の子供が欲しかった)


 妖精に性別はない。言い換えれば、両方の性を持つとも言える。


 オベロン──かつての名もなき妖精王は、自身の体を二つに分けた。人で言うところの男と女に。


 「あの子」にそれぞれをオベロンとティターニアと名付けてもらい、それぞれ別の生き方を選んだ。


 (オベロン)は妖精王として妖精の世界に留まり、(ティターニア)はかの少年と交わり人として生涯を終えた。


(だから、うちには女の子しか生まれないんだわ)


 コスト家は女系一族だ。代々女しか生まれず、彼女らが家を守ってきた。女性にしか血が継がれないのは、ティターニアの影響もあるのだろう。


(時守って?)

(逆行の砂時計を守るエルフのことだ)

(エルフとも交流があるのね)

(ボクらと近しい生き物だから。彼らも自然と少しだけど繋がりを持っている)


 時守と思われるエルフと大きな砂時計が映し出される。


 エルフは長寿だから、今もほとんど変わらない見た目で時守を続けているだろう、とオベロンは言う。


(最近会ってないの?)

(用事がないから。時守は砂時計を離れられないし)

(大事な物なのね)

(らしいね)

(……王冠は? お友達はどうして冠を人間の王様に渡しちゃったのかな)

(渡したのは子孫だ。あの子じゃない。人の心が読めるのが価値あるらしい)


 冠の目的は自然と心を通わすこと。妖精と同じ世界を見ること。それが時代を経て、人の心を読む便利な道具に成り下がってしまった。


 ティターニアの子孫は、冠の意味を正しく理解せず、他者に譲ってしまった。イリスはそのことがどうしようもなく悲しかった。


(ねえ、王様。いつか冠を取り返しに行こう)


 盗みを働こうという話ではない。女王と話し合い、理解の上で返してもらいたい。


 女王は可哀想な人なのだ。王宝の力を得られず、妖精王の冠に縋るしかない、気の毒な人なのだ。


 女王の不安を知ったイリスなら、彼女に寄り添うことができる。


 それがどれほど先になるかわからないが、いつか実現したい目標だ。


(イリスならできるかもね)


 イリスの心意を理解し、オベロンは何と感じているかわからない表情で言った。






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