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17.ファーストダンス -4-

「本校の生徒を狙った誘拐事件、傷害事件が多発しております。帰宅の際はよく気を付けるように」


 冬休みに入る生徒達を集め、校長が休暇の過ごし方と注意事項について話をした。先週の舞踏会から浮ついたままの生徒達にはあまり響かなかった。


 集会から解放された生徒が一斉に騒ぎ始める。


「来年、絶対スポーツ大会で優勝しようね」

「ええ、お父様に新しいラケットをお願いするわ」


「帰るのやめようかな」

「休みが明けたらすぐに会えるさ」


 祭りがまだ続いているかのような興奮状態にある者や、数週間の別れを惜しむ者が友との話に盛り上がっている。


 イリスはリュドウィックと話した。


「この休みも帰省するんだろう?」

「はい。リュドウィックさんは女王様に謁見するんでしたっけ?」

「ああ、新年の挨拶に」

「私もいつか女王様をお目にかかれたらいいなぁ」

「会わずにすむならその方が良い……いや、デビュタントで会えるんじゃないか?」

「え、あー、そうですね」


 二人の横を金髪の女子生徒が通り過ぎる。


「新年会は私の家だからね、お二方」


 通りがかりに、ミレーユが一言だけ残していった。


 今度の新年会はゲラン家で開催される。イリスにリュドウィック、ロベールも招待されている。長期休暇の間にも四人が揃う機会がある。


 こんなふうに、平行世界のイリスがミレーユの家に呼ばれたことなんてない。


 距離をとろうと考えていたはずなのに、いつの間にか、平行世界よりも親しい人が増えている。


「お迎えがきたみたいだぞ」


 リュドウィックがイリスの背後を見ている。そこにはマグノリアが立っていた。


 イリスはマグノリアの姿を確認すると、もう一度リュドウィックに向き直った。


 繋いでいた手を離す。イリスが手を引いてしまう前に、リュドウィックはブレスレットを指でつついた。「誓いを忘れるなよ」と言っているようである。


 イリスは慎ましく、頭を垂れた。制服のスカートをつまんでカーテシーを行う。


「それでは、新年会でお会いしましょう。良い年末を」

「そちらこそ」


 リュドウィックはイリスが雑踏に紛れて見えなくなるまで見送った。


 イリスとマグノリアはコスト家の馬車に乗り込み、実家を目指した。マグノリア一家の屋敷の方が学校に近いので、帰省の時はマグノリアが先に馬車を降りる。


「年明けにはすぐに会えるけれど、しばらくお別れね。宿題をさぼっては駄目よ」

「問題ないよ。もう終わってるから」


 一年の最後に従姉の度肝を抜くことができた。リュドウィックが手伝ってくれて、早々に配られた宿題を休暇が始まる前に終えることができたのだ。宿題のない長期休暇を過ごせるのは、これが初めてだ。


 イリスは驚いた顔を見せるマグノリアに手を振って、御者に出発を命令した。


 友人と離れると、嫌でもバンシーの泣き声が耳に入る。


(ああ、ひめさまぁ……)


 悲劇的に泣くものだから、少し笑えて来てしまう。


「だいじょーぶ。ちゃんとパパとママとお別れするから」


 イリスがバンシー、あるいは自分自身に向けた言葉を発した時、ちょうど車のドアが開かれた。


「お嬢様、何かおっしゃられましたか?」


 一人しか乗っていないキャビンから声が聞こえたので、従者が不思議がった。イリスは首を振って否定した。


 ここに帰って来られるのも残り僅かだ。


 門が開かれ、広大な庭がイリスを出迎える。噴水も草花も、庭にある全てがイリスの帰りを歓迎している。


 イリスはそれらを愛しむように、ゆっくりゆっくり歩いた。荷物を運び、追従する従僕がペースを合わせるのに苦労している。過ごしなれたはずの邸宅を初めて訪ねたかのような行動に疑問を抱いているようでもある。


 長い時間をかけて玄関に辿り着いたイリスを、従僕は決して邪魔をしなかった。久しぶりの帰省で感じるものがあるのだろうと気を遣ったのだ。


 扉の前に立つと、待ちかねていたと言わんばかりに、素早くドアが開かれた。使用人達がずらりと並び、頭を下げる。


「イリスお嬢様、おかえりなさいませ」


 使用人達の合唱の後、先頭の執事が「長旅ご苦労様でした」と労りの声をかけ、素早くイリスのコートを預かった。


「ご夕食の準備が整っております。旦那様もお待ちかねです。どうぞご両親に顔を見せに行って差し上げてください」


 イリスは自室に誘導され、手早く着替えを済ませると、両親の待つダイニングに入った。


「おかえり、お花ちゃん。学校は楽しかったかな?」

「外は寒かったでしょう? 料理が冷める前にいただきなさい」


 二人の顔を見たら、感極まって泣きそうになってしまった。


「パパ。私はもう、お花ちゃんって歳じゃないよ」


 涙が出てしまわないように、目を極力開けて笑う。娘の涙にすぐに気づいたヴァレリーが「おうおう、何か……」と心配して声をかけようとしたところで、カメリアは無言で制した。イリスが触れてほしくないであろうことを察したのだ。


「そうか。もうそんなに大きくなってしまったか」


 ヴァレリーがしゅんとして、寂しそうに言う。


「そうそう、リリは舞踏会に出る年頃ですよ。ドレスは問題なかったかしら?」

「うん。わがままを聞いてくれてありがとう」

「パートナーに合わせて色を選ぶのは当然ですもの。お相手が誰か教えてくれると良かったのだけど」


 カメリアのさりげない追及を、イリスはくすりと笑ってかわした。


 舞踏会用にドレスをお願いした時、色の指定を細かくした。手紙のやりとりを繰り返し、時々、サンプルの布を包んだ。両親は短い期間でも、娘の要望に精一杯応えようとしてくれた。そこまでして用意したドレスが誰のためであったか、両親が気にするのも仕方ない。


「お花ちゃんに結婚はまだ早い!」

「いいえ、あなた。リリの夫になる人は伯爵を継ぐのですから、探すのに遅いということはあっても早いということはありませんよ。この世界は早い者勝ちですから」

「ヴェルソー公は史上初の女性だそうじゃないか。陛下がお認めになったとか。お花ちゃんも結婚せずに……」

「リリには無理でしょう」


 カメリアは娘を可愛く思っているが、同時に、現実主義的でもある。イリスの実力を正当に評価し、女当主になるのは無理だと言う。


 イリスも、自分には向いていないと思った。ヴェルソー公爵を継いだという女性、ベルナデット・ブランシャールは男性に劣らぬ手腕と精神の持ち主で、コスト家のような女性しか生まれない家系でも婿養子に爵位を継がせるよう定めている女王ですら、彼女の爵位継承を認めざるを得なかったと聞く。そんな強い女性と自分が同じとは到底思えなかった。


 そうでなくとも、爵位を継ぐ頃にはイリスはこの世界にいない。


「マギュが伯爵を継いだ方が上手くいきそうだから、心配ないよね」


 イリスは感情を無にして、何気ないように言った。悲しさが溢れてしまわないように、パンを口に入れる。


 両親は、イリスが他所に嫁ぐつもりなのだと受け取った。イリスが家を出て行くなら、マグノリアを養子として迎え、彼女の結婚相手を伯爵とするのが自然な流れ。イリスの意中の相手がヴェール伯爵を継いでくれないような格上の相手なのだ、と。


「そうだね、マグノリアは優秀な子だからね」


 娘には良い顔をしたいという父親心で、少し引きつってはいたが、ヴァレリーは笑顔で答えた。



***



『次に会えるのは一か月後か。明日にでも馬を走らせて会いに行ってしまいそうだ』


 リュドウィックがイリスを抱きしめ、肩に顔を押し付ける。首に髪が当たってこそばゆい。


『あはは。駄目だよ。リュドは溜まってる仕事をするんだから』

『ずっと学校にいたい』

『それだと女王様が困っちゃうよ』


 若くして爵位を継いだリュドウィックが学校に通い続けられるのは、女王の援助があるからだ。子供は学ぶ機会を得るべきとし、領地経営のエキスパートを手配し、金銭的支援も行った。


 だが、さすがに休暇の間くらいは公爵として働かなければ、役目を放棄していることになってしまう。


 五年生が終わって、明日から二か月に渡る長い夏休みが始まる。その期間中に、リュドウィックがイリスの両親に挨拶をしたいと言うので、八月に会う計画を立てている。それまでの一か月は会うことが難しい。


『それならさ、これ預かっててよ』


 イリスは手首からブレスレットを外してリュドウィックに渡した。


『パパが成人のお祝いにってくれたの』

『成人はまだだろう?』

『うん、パパは気が早いから。ずっと前に買って、私が成人したらあげたいって言ってたの。でも、それまで待てないって。結局、入学した時にくれた。つけられるくらい大きくなったし、お守り代わりにつけてあげてるの』

『これをイリスだと思えって?』

『そういうわけじゃないけど、少しは寂しくなくなるでしょ?』


 リュドウィックの手の中でブレスレットの向きを変え、グリーントルマリンを見せた。


『私の目の色と一緒。この色が一番好き』


 イリスが白い歯を見せて笑うと、リュドウィックも『俺も好き』と言った。


 話している二人に向かって、遠くの方からマグノリアが手を振っている。コスト家の馬車が着いたことを知らせてくれているのだ。


 別れの時間だ。


『手紙書くから、お返事ちょうだいね』

『善処する』


 『手紙で我慢するのを善処する』と言っていることは、イリスにはわかった。


 最後に手を握り合い、後ろ髪を引かれつつもイリス達は別々の方向に歩き始めた。


『獅子公爵の恋人よ』


 イリスを見かけた生徒が噂している。最近は、『花の妖精』ではなく『獅子公爵の恋人』と呼ばれることが多い。リュドウィックとの仲が周囲にも認められているということに、照れくささと嬉しさを感じる。


《早く八月にならないかな》


 イリスは足取り軽く、馬車に乗った。



***



 何度も観た平行世界のラストシーン。この楽しげな思い出が、イリスに恐怖を与える。終わるとわかっているのに、その対策の手立てが何一つ見えてこないのだ。






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