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14.ファーストダンス -1-

 落葉樹が木枯らしを、剝き出しの枝で受け止める。その足元では、ケープを羽織った女子生徒がコートを着た男子生徒に、舞踏会に誘われている。


 近く、エトワール校では舞踏会が行われる。今年初めての試みだ。


 この学校は紳士、淑女を育てる役目を負っている。カリキュラムの中にはダンスもある。そのお披露目の場も必要だろうと考えたわけだ。


 女子生徒の受け入れから五年。女子生徒も十分に増えた。


 夜の長さを感じ始めた頃、パートナー探しが盛んに行われるようになった。


 在学中にのみ許される秘密のロマンスに、性別問わず多くの生徒達が心を高鳴らせている。窓の外ではその一幕が演じられていた。


 イリスは羨まし気に目をうっとりさせて、木の下で手を取り合う男女を眺める。


 イリスは今日も左側だけ編み込み、飾りをつけている。いつも左側に座るリュドウィックに向けた、精一杯のおしゃれだ。


「手が止まってるぞ」


 リュドウィックが、イリスの途中放棄された宿題をちらりと見る。声をかけてもイリスの反応はなかった。


 リュドウィックはイリスの視線の先にあるものを確かめた。心を通わせた男女がいる。彼らのダンスの相手が決まっただろうことも予想できた。


「誰かに誘われたか?」


 イリスと同じものを見ながら、リュドウィックは問うた。


 イリスははっとして、宿題に視線を戻した。


「……リュドウィックさんには関係ないですよ」


 我ながらつれない返事だと思いながら、イリスは再びペンを動かした。


 こんな冷たい態度では、嫌われてしまっても仕方がない。いや、嫌われるべきなのだ。


「悪かった」


 リュドウィックは謝って、それ以降口を開かなかった。


 イリスの誕生日以来、当人達にしかわからぬ、わずかな隔たりがある。二人きりの時、それはより顕著になる。


 それでもイリスは、リュドウィックの隣を誰にも譲れないでいる。彼を手放したくないと思ってしまう。


 ロマンスの余波はイリスにも届き始めた。


「イリス・コストさん! 僕とパーティに行ってくれないか?」


 一つ上の先輩からお声がかかった。


 どの学年もパートナーがいれば会場に入ることができる。


 学内の生徒だけでは全員がペアを組むことができない。男女比率が偏っているので、校外の友人や家族を呼んで良いことになっている。


 ただ、外部の者を頼るのは格好つかないというのが生徒達の認識だった。婚約者のような決まった相手でもいない限り、学校内で相手を見つけられない奴は負け犬だ。


 そして、せっかく誘うなら好意や憧れを抱く相手が良い。イリスはまさにその標的だった。


「お誘いありがとうございます。でも、ごめんなさい」


 お礼を言った時点で、名も知らぬ上級生は断られることを察したらしい。食い気味に「そうか、わかった」と返事があった。元々成就するとは思っていなかったのだ。


 当たって砕けろの精神の持ち主は彼だけではなかった。毎日代わる代わる男子生徒達がイリスにパートナーの申し入れを行った。イリスはその全てを丁寧に断った。イリスが嫌な顔をせず、やんわり断るために、複数回申し込む者も後を絶たなかった。


 リュドウィックは一度だけ、正式にイリスを誘った。


 季節外れの菖蒲(あやめ)の花束を持ち、イリスの前に跪いた。イリスのために時期を狂わせて用意した特別な花束だ。


「イリス・コストさん、俺と舞踏会で踊ってほしい」


 並行世界のイリスは喜びの涙を溢れさせながら、『はい!』と元気良く答えた。


 しかし、イリスは他の者にしたように断らなければならなかった。


「お気持ちは嬉しいです。だけど、クーザンさんには私より相応しい人がいるはずです」


 菖蒲(あやめ)の妖精達が(ああ~)と残念そうな声を出す。イリスに受け取ってもらえない事が悲しいようだ。


 リュドウィックがパートナーに望む相手を知りながら放つ言葉としては非情なものだった。リュドウィックにとって重要なのが「相応しい相手」でないことは、世界一の愚か者でも理解に至るだろう。


 当然、リュドウィックは反論しようとした。イリスはそれを許さなかった。逃げるようにその場を離れた。


 今度こそ絶対に嫌われた。リュドウィックのプライドを傷つけたのだから。その証拠に、二度とパートナーの申し込みをしてこなかった。


 一方でしつこかったのは、ミレーユだった。


「リュドウィック様のお誘いを断ったって冗談よね?」


 ミレーユは扇を片手にイリスに問う。


 扇は貴女が本心を隠すために使う道具。ミレーユはイリスとの腹の探り合いをお望みなのだろう。


 イリスは特に苦労もせず、偽りの笑顔を浮かべた。表情管理できる者に道具は必要ない。


「リオン公爵のお相手は私には荷が重いです」

「嘘おっしゃい!」


 イリスの返答が気に食わなかった。ミレーユは扇を閉じて、それを軽くイリスの頬に当てた。優しいビンタだった。


 怒っているのかと思ったら、そうではなかった。イリスに悩みがあるのではないかと心配している。その心は、イリスがリュドウィックの申し込みを断る理由がないと信じている。


「私をと、友達と……宣うなら、本当の気持ちを言ってくれてもいいんじゃなくて?」


 ミレーユはイリスの本心を聞き出そうと、根気強く問いかけた。だが、イリスは口を割らなかった。


「リュドウィックさんのパートナーは、私には荷が勝ちすぎてると思っているだけです」


 ミレーユは日を改めて幾度となく確認に来たが、無駄なことだった。


 舞踏会まで一月を切ったところで、イリスは全てに終止符を打つべく動き始めた。


 イリスは何としても舞踏会に行くつもりだ。リュドウィックが踊る姿を見る。それだけのために。


 正直なところ、相手は誰でも良かった。リュドウィック以外であれば誰とでも。


 ただ、後々のことを考えると、後腐れがない方が良い。イリスがいなくなった後、その人と周囲の人間にわだかまりを残さないようにしたい。


 適した相手は誰だろうと考えた。そして見つけた。彼ならきっと都合良く利用しても許してくれる。


 昼休みの始め、講義が終わった直後に、公衆の面前でイリスは皆に聞こえるように、意識して大きな声で言った。


「ロベールさん、私と舞踏会に行ってくれない?」


 並行世界のロベールは、舞踏会に参加すらしていない。他に相手がいないと考えられる。誰かのパートナーを奪うことなく、付き添いをお願いできる。


 ロベールは顔をイリスに向けたまま固まった。前髪の下で目が丸くなっているかもしれない。


「ね、お願い。協力して」


 イリスは椅子に座ったままのロベールと目線を合わせるように、腰を曲げ、小声で言った。訳ありと理解すると、ロベールはコクコクと頷いた。


「よろしくね、ロベールさん」


 イリスは体を起こしてニコリと笑った。


「花の妖精がロベール・ブラックを誘ったらしい」

「リオン公爵ではないの?」


 噂はすぐに広まり、イリスにダンスの誘いをする者はいなくなった。


 皆の前で舞踏会に誘うなんて、大声で告白をしているようなものだ。噂をされるのは承知の上だ。せめてロベールに迷惑がかからないように、噂する者達に向かって「しーっ」と唇の前に人差し指を立てて、本人の前での噂話はやめさせた。


 噂を聞いて騒ぎ立てるのは、いつだってミレーユだ。ミレーユが近づいて来た時、イリスは何と事情を説明しようか考えた。ロベールに好意を寄せているという嘘はロベールのために使えないし、ミレーユが信じてくれるとも思えない。


 だから、ロベールとのことを聞いてこなかったのには驚いた。


「ファーストダンスの相手も決めたの?」


 でも、噂は知っているようだ。ミレーユは、イリスがロベールをパートナーに選んだことを前提に話を進める。


 イリスは首を振った。


「特別に私のパートナーを貸し出してあげるわ」


 イリスとミレーユに許された特別なファーストダンス。二人とも、パーティに共に行く者とは別に、ファーストダンスで踊る相手を選ばなければならない。


 その相手を互いのパートナーで交換しようという提案だ。


 またダンスの相手を悩むのは面倒だ。確かにそれが良いかもしれない。


 イリスはミレーユの提案に乗った。すぐにロベールにも共有した。


 ミレーユのパートナーを確認しなかったのは、そうする必要がないと思ったからだ。相手が誰であろうとイリスのやることに関係ないし、侯爵令嬢の選ぶ相手が悪い人であるはずはない。






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