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プロローグ 既視体験

「リリ、こうなの知ってたよ」


 三歳の娘の発言に、カメリアが底知れぬ興味を抱いた。カメリアはもう一度、どういう意味なのか説明を求めた。


 会話の流れやその後の展開を事前に知っていたのだとイリスが主張すると、両親は予知能力があると思い、先祖返りだと喜んだ。イリスが生まれたヴェール伯爵家は、妖精の末裔と言われている。その血が娘に力を与えたと期待したのだ。


 しかし、それは幻想に過ぎなかった。イリスの「知っていた」は、事象が発生してからのみ発せられる。両親は、それが予知ではなく、デジャブであることに気がついた。


 以来、イリスは度々デジャブを体感することとなる。


 例えば、四歳の時。従姉のマグノリアと庭で人形遊びをしていると、従僕の手から逃れた番犬が二人を襲った。襲ったと言っても、犬自身は可愛らしい子供達にじゃれているつもりだった。


 番犬の恐ろしい顔がイリスに迫った瞬間、脳内にもう一つの情景が浮かんだ。全く同じ景色で、全く同じ登場人物が、全く同じ行動をする。視界に映る現実の世界に、薄い紙に描いた絵を透かしているように、重なって見える。見えている物全てが同じだが、イリスは確かに、別の時間の自分が得た経験だと理解していた。現実に合わせて、いつかの記憶が放映されているのだ。


 イリスが獰猛な牙に食われる──もとい、愛嬌ある舌に舐められるすんでのところで、犬の首輪がぐいっと引かれた。従僕がなんとか犬に追いつき、手綱を引くことに成功したのだ。哀れな獣はそれ以上少女達に近づくことが許されなかった。


 従僕が犬を遠ざけながら、令嬢達に声をかける。その時、イリスは「知っている」と思った。


『お嬢様、マグノリア様、お怪我はございませんか?』

「お嬢様、マグノリア様、お怪我はございませんか?」


 ほんのわずかだけ、記憶の中の従僕の方が早く言葉を発した。差は人にわからぬほどで、イリスには二人の人物が同じセリフを吐いたように聞こえた。


『びっくりしたぁ』

「びっくりしたぁ」


 続いて、従姉が安堵の声をもらした。それも二重に聞こえた。


「だいじょーぶ」


 イリスが無事を伝える頃には、記憶の上映は終了していた。世界が一つに収束する。


 このように、デジャブはたいてい短い時間で終わった。


 これも慣れてしまえば、生活に支障はなかった。そもそも、イリスは異様にデジャブが多いことに気付いていなかった。両親が予知ではないと認めてから、イリスは体験を語ることをしなくなったからだ。


 初めに異変が起きたのは、五歳の誕生日だった。


 一人娘を溺愛するヴァレリーによって、大量のプレゼントに囲まれたイリスは、幸せな誕生日を過ごしていた。一つ一つ贈り物を見せ、どれだけイリスのことを思って選んだか説明する父を横目に、新しい玩具で遊んでいた。最後のプレゼントの説明が終わったところで、ヴァレリーはポケットから大事そうに小箱を取り出した。中身は、五歳の少女に与えるには早すぎるであろう、アクセサリーだった。


「実は商談の帰りに良い物を見つけてね。成人の祝いに渡そうと思っているんだけど……」


 ヴァレリーは、娘の喜ぶ姿を見るのが待ちきれないと言わんばかりに、宝石の包みを見せた。成人は十五年も先だ。それまで寝かせておくことができなかったのだろう。


 金の腕輪に可愛らしい石が控えめに散りばめられている。宝石が過度に大きくないのが上品で、イリスも大人になった自分が身に着けるに相応しいと思った。


 その瞬間、またあれが始まった。


 知らない記憶が先行して脳内に流れ、後を追うように現実が動く。


『装飾店を通ったら、ストロベリークォーツとグリーントルマリンのブレスレットが置いてあってね。リリの髪と瞳に似た色だったから、運命だと思ったよ』

「装飾店を通ったら、このストロベリークォーツのブレスレットが置いてあってね。リリの髪に似た色だったから、運命だと思ったよ」


 父の手の上にあるブレスレットが二つ重なって見える。それらは驚くことに、別の物であった。


 現実のヴァレリーはピンク色の宝石があしらわれた腕輪を持っている。不規則なインクルージョンが水晶を甘く染めている。


 一方、記憶のヴァレリーは黄緑色の宝石がついた腕輪を持っている。小さい石ながら、深く吸い込まれるような魅力がある。


 また、父の言葉も記憶と現実では異なっていた。同時に二つの話を聞いているのに、イリスはどちらの内容も完璧に理解できていた。不思議な感覚だった。


『どっちにするか、すっごく迷ったけど、ほら。リリのお目目にそっくりだ。可愛いだろう? こっちにして正解だった』

「リリにもわかるかな? ほら、リリのピンクのふわふわの頭にそっくりだ。可愛いだろう? 買って正解だった」


 記憶の父がブレスレットをイリスの目元に近づけ、現実の父がブレスレットをイリスの顔の横に持った。イリスは照れたように「イヒヒ」と白い歯を見せて笑った。


 次にヴァレリーが腕を引いた時、手にはストロベリークォーツのブレスレットしかなかった。


 それが単なるデジャブでないことは、幼いイリスにもわかった。だが、いつの記憶が交ざっているのかはさっぱりわからなかった。






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