第1話 プロローグ 在りし日の夢
今でも時折思い出す。
己の無力さを呪いながら、やがて来るであろう死を待ち続けていたあの日のことを──
そして――
『ねぇ、大丈夫?』
死を待つだけの俺に対し、救いの手を差し伸べてきた“誰か”との記憶を……。
・・・
「――なさい」
低く響く声とともに、肩が揺さぶられる。
誰の声だろう。
知っているはずなのに思い出せない。
「――きなさい」
無機質で機械的な声色……あっ……。
そこまで聴いて思い当たるのは1人しか居なかった。
まさか……。
その人物を意識した瞬間、背中の毛穴が急激に開き、冷や汗が背筋を伝って流れてゆく。
未だ起きていない体で少しだけ顔をずらし、薄っすらと瞼を開いて声の主を確認してみるもやはり間違いない。
微睡んでいても見間違えることのないほど見慣れた服装は自分らのクラスの担任である神谷浩一郎に他ならなかった。
「玄野……。起きているなら早く起きなさい」
突然のその言葉に背中がピクリと動いてしまう。
どうやら、さっきの行動でバレたらしい。
「ははっ、すんません」
未だ少しだけボンヤリとした頭を振り払いながら、観念して身体を起こし、周囲を見回す。
薄暗い図書室に、中途半端な頁で開いたままの本。
窓の外の景色が茜色に染まっていることから考えて、既に夕方なのだろう。
……どうやら、俺は調べ物で図書室に来た後そのまま寝落ちしてしまったようだ。
ようやく状況を理解したのもあってか、神谷先生はふぅっと溜息を吐くと、真顔のまま
「図書室では寝ないように」
――と告げてくる。
まあ、当たり前な話だ。
ぐうの音も出ない。
「……はい」
俺は居心地の悪さを感じつつ、返事だけしてそそくさと帰る準備をし始める。
「もう下校時間は過ぎている。戸締りは私の方でしておくから早く帰りなさい」
「あ、ありがとうございます」
相変わらず、ずっと真顔の神谷に俺は適当な返事だけ述べて鞄を手に取った。
席を立ち、そそくさと歩いて出口へと向かう。
もう話すことなど無い。その筈なのに……何故か視線は神谷の方へと向いた。
窓の外をじっと見つめたまま、動かない神谷。
その表情は相も変わらず真顔……というわけでもなく、少しだけ嬉しそうだった。
……初めて見た。
自分の担任であり、まあそこそこは長い付き合いの筈なのに、初めて見る担任の表情。
あまりの不気味さに少しだけ気味悪さを覚える。
……凝視し続けるのは流石に失礼か。早く帰ろう。
そう思って、扉に手を掛けたその時だった。
「あぁ――そうか。今日は……」
誰かの声が背後から聞こえてくる。
すぐ近くなわけでもなく、少し遠い声……。場所的に神谷の声だろうか?
ゆっくりと後ろを振り向く俺の目に映ったのは……
「“神無月”か」
そう呟きながら、少し哀しそうな表情を浮かべる神谷の姿であった。
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