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失せ物

「今日は外出しない方がいいぞ」


寝ぼけ眼で顔を洗っていたら、父に声を掛けられた。


「今から仕事なんだけど…」

「できたら早退した方がいいぞ。物とか失くしそうだ」

「何それ怖い」


じっと見詰めながら言われるとこわい。

ちょっと具体的なのがまたこわい。


「まあ、危険は無いだろう。強くは言わんが、気をつけなさい」



父はたまに、何か見えてるのではと思うほど、的確な忠告をしてくる。

とりあえず物を失くさないように気をつけよう。



ーーゴーン、ゴーンーー

業務開始の鐘が鳴る。

よろず屋の窓口に座り、依頼の受付をはじめる。


「お久しぶり、望月(もちづき)さん。素材集めの依頼をしたいんですが」

「お久しぶりです。一ヶ月ぶりですね。素材の量は前回と変わりませんか?」

「全て前回と同じでお願いします」

「かしこまりました」


業務開始後すぐに仕事が入り、そのまま忙しく午前中を過ごした。



「つっかれたー」

「今日はいつもより、忙しいですね」

「息つく暇も無いとは思わなかったな」


昼休憩になり、盛大なため息を吐けば、同僚も同意する様に話しかけてくる。


「さっき、珍しいお客様が来たんですよ」

「どういうお客様?」


役人か、上流階級の貴人か。それとも他の誰かか。


「着物を着た、お嬢さん。まだ十歳にもなってないくらいじゃないかな」

「一人で来るには、幼過ぎでは」

「ま、実際何歳かはわかりませんけどね」


それでも、十かそこらの子どもが、一人で依頼に来るなど普通ではない。


「そのお嬢さんは、どんな依頼をしたんだ?」

「それが、イマイチ思い出せないんですよね…」

「ついさっきの事だよな…?」


依頼内容を忘れるなんて、いくらなんでもボーッとしすぎではないだろうか。

同僚も首をひねっている。


「何かが欲しいって言ってたような、その何かが思い出せません」


これは駄目そうだ。何らかの切っ掛けが無いと思い出せないだろう。

私は悩む同僚を尻目(しりめ)に、昼ご飯を食べた。




午後の仕事が終わると、お客様もまばらになっていた。

手持ち無沙汰そうにしている同僚を見る。


「昼休憩の時に話してた依頼内容、思い出せたか?」

「全く思い出せません。それどころか、依頼を受けた書類すらなくて。あれは夢だったんじゃないかと」


さすがに心配になる。


「疲れてるんじゃないか?今日はゆっくり休めよー」


しばらくすると、終業の鐘が鳴った。

私は荷物を持って、職場を後にした。


夜の街では、ガス灯が辺りを照らし、家路につく人々を見守っている。

煉瓦造りの建物が並び、路面電車が各地を巡っていた。




家に着いて、着替えをしてるさなか、ふと気がつく。


「お守りが無くなってる…」


幼いころ、父から渡された大切な物だ。肌身離さず持ち歩けと言われていた。


「落としたか?」


良くない気がする。早く見つけた方がいい。訳もなく、気が焦る。


その夜、夢を見た。

私は見知らぬ森の中に居る。

しばらくさまよい歩くと、鳥居を見つけた。


「おいでませ」


鈴を転がしたように、澄んだ女性の声に促される様、その門をくぐる。

目の前には、天を衝くほどに大きな樹が生えていた。

樹には、無数の実が成っている。


「その実を食べてください」


一つの実が、目の前にふわりと移動してきた。

薄い桃色をした果実だ。

私はボーッとした頭でその実を食べた。



目覚めた私は涙を流していた。


「何か大切なものを失った気がする」


なんだったんだろう。

甘い果実の味だけが、記憶に強く残っている。



洗面台で顔を洗っていると、背後から父の険しい声が聞こえた。


「はるとき。寿命を失くしたな。どの神にとられた?」

「え、私死ぬんですか」

「逆だ。死ねない身体にされている」


驚いたことに、私は今、不死の身体になっているらしい。


「お守りも失くしたのか。だから気をつけろと言ったのに」

「父さんには全てお見通しですか。すみません」

「仕方がない。寿命がないのは不便だろうが、しばらくは我慢しなさい」


しばらくとはどのくらいですか父さん。


後日私は、父から新しいお守りを渡された。しかし、私の寿命を奪った神はまだ分からないようで、当分の間、私は不死の人間のままらしい。

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