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第22話 未経験という怖さ




「うぉぉぉぉぉぉぉおお!逃げろ逃げろ逃げろ!」


両腕を大きく振ってダンジョンの通路を爆走する。

彩さんを前に走らせて坂道を下る俺たちの後ろには、巨大な物体が転がりながら迫ってくる。


初めて遭遇する魔物、ダンゴムシ。

その形状と特性からそう呼ばれるが、大きさは本物のダンゴムシの比ではない。

丸まって転がり落ちてくる後ろのダンゴムシは、直径にして3メートルほど。

他の通路より道幅の狭いこの通路ならはぼ埋まってしまう大きさだ。

当然体重もそれに比例して重く、硬い土の地面を削りながら転がっている。轢かれたらタダでは済まないのは言うまでもない。


「右行きます!」


彩さんがそう叫んで通路の曲がり道に飛び込む。

俺も追従して右に曲がると、その後ろをダンゴムシが通り過ぎていく。

風が巻き起こり、その風圧に頬を叩かれて、もし轢かれていたらと冷や汗が流れる。


何とかダンゴムシをやり過ごして一息つきそうになるが、飛び込んだ先の通路に新たな魔物が一体。


「サムライだ!」


警告を発して、彩さんの前に出る。

すぐに剣を構えてサムライと対峙する。


大丈夫だ。

だいさんとの特訓で、サムライの対策はしっかりとやった。

焦る必要は無い。


サムライも俺も、正中線に剣を構えて向き合う。

お互い自然と近づき、一足一刀の間合いへと入る。


相手の動き出しを狙い、素早く剣を振る。

最小限の動きで振るわれた剣は相手の腕へと吸い込まれる。金属同士の甲高い音が聞こえて剣が跳ね上がる。


相手の振るってきた剣に対してすぐに防御を取る。

何度も何度もお互いの剣がぶつかり合い、ダンジョン内に甲高い音が響き渡る。


サムライは攻撃力も防御力も非常に高く、剣の扱い方も非常に上手い。

しかし動きがかなり遅く、非覚醒者の一般人よりもなお遅い。

そのため相手の攻撃をしっかりと受け止め、生じる僅かな隙に素早く反撃を加えていくのが定石の戦い方だ。


その中でも狙うのは胴体への大打撃。

相手が剣を頭上に振り上げた瞬間、素早く突進しながら剣を振るう。


「【強攻撃(クリティカル)】」


会心の一撃が敵の胴体へと吸い込まれて、鈍い金属音が響き渡る。


受けて、受けて、受け止めて。

作り出した隙へと着実に攻撃を当てる。

その繰り返し。


事前の対策が高じて安全に立ち回れた。

3度の【強攻撃(クリティカル)】攻撃を当てたところで、相手はかなり動きが鈍くなっていたので、即座に四発目を当てて倒しきった。


本当はサムライに対する短期決戦の方法も学んでいたが、直前のダンゴムシとの戦いで体力が削られていたため、安全策をとった。


塵になっていくサムライを見下ろしながら、疲れを逃がすように息を吐く。


「お?」


と、サムライの塵化を見ているとその中に異物が混ざり出した。

俺が前まで使っていたのと同じ木刀。サムライのドロップアイテムだ。


「木刀出た」


そう呟いて、木刀と魔石を塵の中から拾う。


「初めてのドロップアイテムですね」

「あぁ、ラッキーだな」


近づいてきて、木刀を見た彩さんがそう言って頷く。

魔石と木刀を彩さんに預けて、水分補給をした後引き続き探索を続ける。


そして開けた通路に曲がりこんだ瞬間、何体もの魔物を目にする。


「!!」


グールとウルフ、その奥にも別の魔物。合わせて10体くらいか。

慌てて元の通路に戻るが、敵は俺たちをしっかりと認識してこちらへと向かってきていた。

回避はできないか。


「魔物の集団だ。いける?」

「はい。サポートかけます。【防殼(プロテクト)】【攻撃力強化】【持続回復(オートヒール)】」


急いで彩さんに魔法をかけてもらい、俺もスキル【攻撃力増加】を使用する。


この通路で戦うか、曲がった先で戦うか。

この通路の方がずっと狭いが、多数の魔物相手に明確な有利を保てるほどじゃない。それ以上に、敵の全貌が見えない方が危険だ。

魔法をかけられる数秒の間にそう判断して、曲がり角へと飛び込む。


瞬間、目前に迫る黒い身体。

突進してきたウルフだ。


咄嗟に剣を構えて防ごうとするが間に合わず、身体に突撃される。

重い衝撃が腹に響くが、【防殼(プロテクト)】が何とか攻撃から身を守る。しかし戦闘が始まって早々に【防殼(プロテクト)】が砕けてしまった。


間髪入れずに突進してきた別のウルフを、慌てて剣の柄で受け止めて跳ね返す。

しかし同時に、最初のウルフが横から噛み付いてくる。【防殼(プロテクト)】の剥がれた生身の横腹に、ウルフの大きくて鋭い牙が突き刺さる。


「ぐあゎッッ」


鋭い痛みに歯を食いしばって、噛み付いてきたウルフを蹴り飛ばす。


「【回復(ヒール)】」


予めかけられていた【持続回復(オートヒール)】が発動して傷を癒すが、それだけでは足りないと判断したのか彩さんが追加で回復をしてくれる。


いきなり後手に回った。

この場から離れようと、地面を蹴って通路の先へと飛び込む。

飛び込んだ先にいた一体のグールを一閃して塵に変える。


後ろにウルフ、前方にも魔物。挟まれた形になったがウルフと距離を置くためだ。仕方がなーー


「【防殼(プロテクト)】ッ!!」

ーーバリッンッッ!!!!


彩さんの叫びと共に、何かが割れた甲高い音がすぐ側で聞こえる。

何かじゃない。【防殼(プロテクト)】だ。


すぐにゴトッと大きな石が地面に転がる。赤子の頭ほどもある巨大な石。


視線を通路の先へと向けると、今の事態の犯人がいた。

巨大な粘土板のような形をした魔物、カタパルト。

粘土板のような身体をぐにゃぐにゃと曲げることが出来、その身体で石を弾くことで強力な投石攻撃を繰り出す。


乱戦が始まればまず、戦場にカタパルトがいるかいないかを確かめないといけない。

仕込まれた知識だったが、奇襲にやられて認識できていなかった。

その結果が今の不意打ちだ。


カタパルトの投石に気づいた彩さんが【防殼(プロテクト)】で防いでくれたみたいだが、非常に危なかった。


「【防殼(プロテクト)】」


続けて彩さんが、俺の身体に再び【防殼(プロテクト)】をかけてくれる。

初っ端からウルフに破られた分だ。


一息付く間もなく、戦いは続く。


複数のグールが間髪入れずに襲ってくる。

今の俺からすればグールの速度はもう大して早くないし、剣の一振りで簡単に倒せる。

しかし、周りに気を使う余裕は無い。


未だに敵の状況を確認できていないのだ。

ウルフとグールが真っ先に襲いかかってきた。カタパルトもいる。

他は?通路の奥の方にもっと魔物がいたはずだ。

カタパルトや遠距離攻撃をする魔物は他に何体いる?


乱戦状態。一体一体相手には遅れを取らないつもりできたが、こうなれば余裕はほとんどない。

敵の詳細な位置を把握して冷静に立ち回らなければ行けないはずなのに。


なのに、絶え間なく襲いかかってくるグールがそれを許してくれない。


焦る気持ちを抑えて、グールを順番に対処していく。

全てのグールと、一体のウルフを倒したところで視線を奥に飛ばす。


カタパルトは幸い一体。

スケルトンとスカルシープ、それと...シャーマン!あいつか!


と、奥にいる魔物を確認した瞬間、俺の頭上を大きな身体が通り過ぎていく。

滲んだ茶色の、硬い鱗肌。薄く角張った羽。

鳥類の雛と爬虫類を掛け合わせたような、それでいて人間と同じくらいの大きな体をもつ魔物。


ーーリトルドラゴン!


背後を取られるか、と思い咄嗟に振り向くがリトルドラゴンはそのまま後ろへと飛んでいく。


「.........!彩さんっ!」


一瞬怪訝に思ったが、すぐにリトルドラゴンの狙いを悟る。

視線を飛ばすと一体のウルフと戦っている彩さんがこちらを振り向いて驚いていた。


慌てて飛び出そうとする。が、その瞬間に俺の足首を掴まれて盛大にコケてしまう。

地面が迫り来る中受身をとって、すぐにひっくり返る。背中を地面に向けて魔物に対応できるようにするためだ。


足元には地面から生えた黒い腕。

シャドウという魔物だ。認識できていなかった。


瞬時に剣を振るいシャドウの腕を切り離して飛び上がる。

対策通りの素早い対応。しかしこの状況でこの数秒はあまりにも痛すぎる。


ヒュンッと音が鳴って微かな風が顔を叩く。


リトルドラゴンの突進。


続いてバリンッとバリアの割れる音がなり、


プシッと何かが吹き出す。


続く音の間隔から数瞬遅れて視覚がそれを認識する。

視線の先で、左から血を吹き出すーー


「彩っ!!」


思わず叫びながら飛び出し、彩の方へ向かう。

途中向かってくるウルフを突進で吹き飛ばし、脇腹に噛み付いてきたグールを振り払いながら彩の元へ。


視線の先では、切り返したリトルドラゴンが今度こそ彩にトドメを刺そうと切り返している。

全力で走り、スライディングで何とか彩の前に躍り出る。


剣を切り上げてリトルドラゴンの一撃を受け止める。


「【強攻撃(クリティカル)】」


体勢不備と威力不足をスキルで補い、リトルドラゴンを跳ね返す。

いくらかのダメージは入っただろうか。


追撃など考えない。

即座に切り返して彩の方へと突進する。


「ごめん彩っ!」


一言断りを入れてから、彩の胴体へと突っ込む。そのまま腹を抱き抱えて持ち上げる。


「えっ、えっ!!」


困惑する彩を無視して、そのまま戦場を退避する。

後でいくらでも怒られよう。


全ての魔物の間合いから離れたところで彩を下ろす。


「走れる!?」

「う、うんっ!」


彩の右手を取って、引っ張りながら走る。


方向的に迷宮の奥に進むことになるが、今はあいつらから逃げるのが最優先だ。


慣れていない魔物達、経験したことの無い集団戦。

サムライとシャーマンの特性から生まれてしまった異常難易度の敵。

彩は左肩を、俺は脇腹を大きく怪我をして出血している。あのまま戦っても食い潰されるのがオチだ。


臨死体験に高鳴る心臓と、冷や汗の止まらない身体を必死で動かす。

出血の痛みと、初めての敗北の苦味を味わいながら、俺たちは迷宮の奥へと逃げ続けた。






第22話 未経験という怖さ

デバイス・環境・モチベーションの不調で更新が長らく空いてしまいました。申し訳ありません。

批評でも構わないので、是非コメントよろしくお願いします。

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次回

第23話 前進か、後退か

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