39 新たな旅路といつもの日常
頭が痛い。気が付くと、私はノエルの膝の上で眠っていたらしい。いつの間にか宴は終わり、私は客間のソファーにいた。周りには詩音とフィオ、それからアリサがいる。
「うっ、頭痛い……私、何してたっけ……」
「フィオ様にシオン様、それからご令嬢に手あたり次第抱き着いて、そのまま眠ってしまったので運んできました。ご主人様、今後宴の場での飲酒は禁止です」
シオンに連れ出されたのは覚えているけど、予想以上にやら貸していたらしい。
「はい……。ところで、私が寝てる間に何かあった?」
「そうですね、遊撃部隊としてフィオ様の帰還を護送する、という名目で旅行に行くという話がありました。決定権はご主人様にありますが、どうされますか?」
「旅行かー。確かブバルディア帝国だよね」
ブバルディア帝国――ゲームではフレーバーですら出てこなかった未知の帝国だ。もちろんフィオや、ブバルディア帝国の魔王の存在も知らない。それなら、答えは一択だ。
「行くしかないでしょ!」
「では、メンバーはどうしましょう」
「とりあえず家の事はクレオとアルカ、それと追加のメイドに任せて、私と詩音とノエルは確定でしょ。アリサは……来れたらいいんだけど」
「アリサ様、どうでしょう?」
「私は公務があるので、今回は同行で着そうにありません」
「そっか。じゃあ、メンバーは決まりだね。けど、旅行ってのはいいんだけど、護送っているのかな? 多分だけど、フィオってあのグラディオの数倍は強いよ?」
「名目は重要って、リリィお姉ちゃん――魔王が言ってたの。だから、今回はそういう名目で着いてきてもらうの」
「了解。出発はいつ頃?」
「それはルナお姉ちゃんの都合に合わせるの。フィオは今王国とのやり取り以外は自由行動だから、時間に余裕はあるの」
「それじゃあ、準備出来次第出発しようか。早速屋敷に戻って準備しなきゃね」
「帝国は北の方で寒いから、暖かい服をもって行くといいの。あ、でもルナにはちょうどいい気温だと思うの」
「そうなの?」
「吸血鬼は寒さには強い方なの。特にルナは真祖に限りなく近いから、正直服装はそこまで気にしなくていいの」
「……待って、急に衝撃の事実突き付けられたんだけど、真祖って?」
「原初の吸血鬼なの。ちなみにフィオは真祖の娘だから、真祖と同格なの」
「それで最初動けなかったんだ……」
どうやらアレは圧倒的に同格の存在を前にしたから動けなくなっていたようだ。本でちらっと見たが、魔族や魔物は格上の同種族を前にすると、まず本能でああなってしまうらしい。
というか、吸血鬼の真祖なんてゲームじゃ出てこなかったし、本当に異世界なんだなぁ、今更だけど。
「けど、ルナお姉ちゃんも真祖に近いから、実質フィオと同格なの。だから、慣れたらあんな儀式みたいなことしなくても大丈夫なの。それに、覚醒すれば同じことができるの」
「ほえー……」
「でも、話を聞いたところだと、覚醒には程遠いの」
「ですよね」
私はまだまだ力任せに魔術を使っていたり、剣術も全然だしで、魔族以前の問題だ。
「まあ、いい先生もいるみたいだし、精進するの」
「はい、先輩!」
年下の可愛い吸血鬼の先輩、萌えるな。ゲームのストーリーにいた途中で仲間になる敵のロリ枠キャラを思い出す。
閑話休題。
私たちは出発の準備を済ませ、翌日旅に出た。一応数分の食料はあるが、基本現地調達できるメンバーなので、量自体は少な目だ。
それから衣類や武器の手入れの道具なんかを用意している。
「さて、それじゃあ出発しようか」
「クマちゃん、よろしくなの」
フィオがそう言うと、クマのぬいぐるみが大きくなり、馬の代わりに馬車を引き出した。
「すごい、これがフィオの力……」
「フィオは操作系が得意なの。それと、この子はパパがくれた特別製なの」
「はえー、すごい……。そういえばフィオ、荷物は?」
「時空魔法で家から引っ張り出せるからいらないの」
「はえー、便利……」
「あの魔導書に書いてあるから、頑張って覚えるといいの」
「でも魔法かぁ、まだ全然使いこなせないんだよね」
魔法は魔法陣を描いてそこに魔力を流す特別な方法でしか発動できないので、私は魔力を流せる専用のインクで紙に魔法陣を描いて、そこに魔力を流してようやく使えるかどうかというレベルだ。 綺麗に作れたものをスクロールとしていくつか取っているが、それも本当に成功するのかわからない。
「上達したら――こんな感じなの」
そう言ってフィオは光の魔術で魔法陣を描き、易々と魔法を行使して見せた。
相当成功な魔力操作ができるのだろう、一つの絵のように複雑な魔法陣で、そこに手を入れ中から剣を取り出した。これが時空魔法か……。
「ちなみに、光じゃなくて水魔術でも魔法陣は作れるの」
「それ以前にそんな高度な魔力操作はまだできないよ……」
私が出来る範囲だと、水の形を大まかに変える程度で、美しい線をかくなんて到底無理だ。練習すればできるのだろうが、まだまだ道は長い。
「魔族なのに魔力操作が苦手って、珍しいの」
「まあ、この子は魔族としての年齢は生後数ヶ月だから仕方ないわ」
「複雑なお姉さんなの……まあ、精進するの。フィオが帰るまでは色々教えてあげるの」
「お願いします、先生!」
「じゃあまずは、魔力操作からなの。ちょうど移動してるから、自分からの相対座標で固定する練習からなの」
「それなら毎日やってるからね」
「で、それをお喋りしながら出来るようになるの」
「フィオ様、なかなか難しいことをおっしゃいますね」
そう言いつつ、ノエルはちゃっかりこなしている。フィオも当然、そして流石は我が妹、詩音もこなしている。
「これねー、すっごいやらされたよ。ノエルさんは流石って感じですねー」
「ええ、これでも学院を出ていますからね」
「学院ってセレネが――あ、崩れちゃった。詩音は凄いね」
「何回もやったからねー。しかもすっごい詰め込んだから」
「勇者が召喚されてまだ三ヵ月も経ってないって聞いたけど、すごいの」
「セレネ先生に散々扱かれたからね。てかお姉ちゃんには優しいよね。ズルい!」
「だってママみたいなもんだもーん」
「私も先生からもっと甘やかされたい!」
「だったら、もっと成長することね」
突然、馬車の開いた席に金色の魔法陣が現れ、そこからセレネが出てきた。
「わっ、びっくりした……」
そして詩音は今まで維持していた水で出来た兎を崩し、スカートを濡らした。
「せ、先生……」
「心配だから私もついて行くことにしたの。詩音、この程度で心を乱しちゃ駄目よ」
「は、はい」
「ルナちゃんは、まず操作の感覚を覚えるところからね」
「頑張る!」
その後もお喋りしながら魔力操作の練習という、普段と何ら変わらない特訓をしながら、フィオ達と次の街まで向かった。
結果、要領のいい詩音は相当上達し、私はようやく喋りながら簡単な形を維持する程度までは成長できた。




